底辺冒険者のS級グルメ冒険記 ~チートスキルはいらないので異世界でも日本料理を食べさせてください~
羽田遼亮
第1話 転生と牛乳ラーメン
俺の名は吉田裕太、どこにでもいるような社畜だ。
今日も朝から満員電車に揺られ、終電まで仕事に勤しんでいると過労のため倒れた。
町中で倒れた俺は救急車に乗せられるとそのまま意識を失うが、気が付けば雲海の中にいた。
どこまでも広がる青空、足下に広がる雲。
どうやらここは天の上であるらしい。
そのことに気が付くと同時に、ファンタジックな衣装に身を包んだ女性が現れた。
「じゃじゃーん、呼ばれて飛び出て参上!」
そのような軽口を言うと俺の名を呼ぶ。
「社畜・吉田裕太よ。死んでしまうとは情けない」
どうやら俺は死んでしまったようだ。そして神様である彼女に新たな人生を与えられるという。
「君はとてもラッキーな存在なんだよ。死んでしまって異世界に転生できるのは数千人にひとりなんだ」
死んでしまったのにラッキーとは意味が分からないが、俺が過労死したという事実は揺るがない。どんなにだだをこねても生き返ることはないそうなので自分の運命を受け入れる。てゆうか、蘇ったとしてもまたあの社畜の日々に戻るのは嫌だ。
「幸運の持ち主にさらなる激運が発動! 君はこの女神イシュタル様からスキルをひとつ貰えます」
「へえー、異世界転生によくあるやつか」
「そうそう、神様にスキルが貰えるっていうお約束のイベントだよ」
「どんなスキルがあるんだ?」
「そうだね。岩をも切り裂く『剣聖』のスキルに、無詠唱で魔法をぶっ放す『賢者』のスキルなんかがあるよ」
「それはすごいな。しかし、俺は別に異世界で無双なんかしたくないんだよな」
「え? なにそれ、普通異世界にいったらチートスキルで無双するのが定番でしょ」
「俺はそれよりも快適さを求めたい」
「変わった人だね、ユウタは」
「異世界には電気もガスもないんだよな?」
「ないね。剣と魔法のファンタジックな世界だよ」
「ならば冷蔵庫もないか。それじゃあ、通販のスキルがほしいな」
「通販?」
「現代社会の日本の物資を手に入れる能力がほしい」
「まあ、それくらいならばできるけど、『勇者』のスキルとかはいらない? 魔王も倒せるよ」
「いらない。俺は社畜だがグルメなんだ。日本の料理が恋しくなるはず」
「まあ、そこまで言うならばその能力を付加するけどさ。えい!」
女神はそのように言うと俺に魔力を付与する。
「おお、なんか身体が輝いている」
「これで異世界でも日本のものを通販で買えるよ」
「なんでも無限に買えるのか?」
「さすがにそんなに都合よくはない。お金が掛かるよ」
「俺は異世界のお金を持ってないが」
「しょうがないな。初回だけはただにしてあげる」
女神がそのように言うとチャリン! という効果音が。手の中には銀貨が三枚握られていた。
「おお、これで通販が使えるんだな。通販画面を表示してみるか」
すると見慣れたネットスーパーの画面が。
「すげえ、現実世界と一緒だ」
「日本のスーパーで売られているものならばなんでも買えるよ」
「それはありがたい。銀貨三枚はおよそ三千円分の価値があるんだな」
ちなみに価格は日本のネットスーパーに準じている。
「さっそく、なにか注文しよう」
「お、いいね。ボクもお腹ペコペコなんだ。なんか作ってよ」
「零細転生者にたかる女神って……まあ、もとでをくれたのはあんただしいいか、それじゃあ、牛乳ラーメンでいいか?」
「牛乳ラーメン?」
「インスタントラーメンを牛乳で煮込んだものだ。美味いぞ」
「よくわからないけどそれで」
「あいあいさー」
と牛乳とインスタントラーメンとカット野菜と豚肉を注文する。
「牛乳が200円、インスタントラーメンが300円、カット野菜と肉で500円、あとは鍋を買ったら銀貨が尽きる」
3000円とは微妙な金額である。
「よし、それじゃあ、鍋に牛乳を入れて煮た足せたらカット野菜と肉を投入。火を入れる」
「ほおほお」
「肉と野菜に火が入ったらインスタントラーメンを投入。ちなみに塩だ」
味噌、醤油、様々なラーメンを試したが牛乳でラーメンを作る場合は塩が一番美味い。
「三分ほど茹でれば完成だ」
「これだけでいいの?」
「これが現代社会の文明の力だ。インスタントラーメンは三分で出来る。ある意味魔法だろう?」
そのように言うと箸を女神に渡し、インスタントラーメンを食させる。
彼女は「こんな簡単なものが美味いわけない」と疑念の表情を浮かべながらフォークでずるずるとラーメンをすすったが、一口食し終えると表情を緩ませた。
「なにこれ、うま!」
「どうだ、美味いだろう」
「まじで美味いよ。まろやかな牛乳のスープにほどよい塩味と旨味が濃縮している!」
「インスタントのスープなのにコクがあるだろう? 牛乳でスープを作るとこうなる」
「ばりうま! これならば何杯でも食べられる」
はふはふ、とラーメンをすする女神様、美しい姿には似つかわしくない食いっぷりであるが、美味いものを食べているときは人間、皆同じ反応をするものだ。
「ユウタ、すごすぎ。君はいつもこんな美味いものを食べていたのかい?」
「まあね。社畜で休日も少ないから食べることくらいしか趣味がない。あとゲーム」
「そうか、君は料理の天才なんだね。……ということは君と同伴すればこんな美味いものが毎日食べられるってことか」
彼女は「ふうむ……」と唸ると己の顎に手を添え、考え始めた。
「…ボクは転生を担当する女神だけど、チート能力を付与するだけの生活に飽き飽きしていたんだよね。てゆうか、刺激がほしい」
「女神様も大変なんだな」
「そうなんだ。転職しようかとも迷ってたんだけど、いい機会だ。決めた。ボク、君のパートナーになるよ」
「一緒に冒険に付き合ってくれるのか?」
「そうだよ。冒険者ユウタの仲間だ」
「女神様が冒険に付き合ってくれるのか。ある意味チートだな」
付いてきたいというのだから断る理由もなかったので受け入れる。
俺は手をふきんで拭くと女神様に握手を求めた。
「俺の名は吉田裕太。ユウタって呼んでくれ」
「ユウタ、よろしくね。ボクの名前は女神イシュタル、イシュタルって呼んで」
こうして俺は女神イシュタルを仲間にすることになった。
社畜として死んでしまったのは不幸以外の何物でもないが、スキル「通販」の能力があれば異世界でも現代日本と変わらぬ生活が出来るだろう。
そう思った俺は突然訪れた新たな人生に期待で胸を膨らませた。
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