NO探偵 ニューロン

村田鉄則

スラッシャー山本殺人事件

1-1 スラッシャー山本殺人事件①

 俺は、警察署の喫煙室で今回の事件に対して頭を抱えていた。


 ―――くそお…、今回もあいつを頼らないといけないのか…


 俺の名は、間口宏まぐち ひろし。30歳。刑事をやっている。

 つい数時間前、関西某所のマンションの一室で殺人事件が起きた。


 第一発見者はマンションの大家、第二発見者は被害者の友人であった。友人は夕飯のみではあるが、被害者の食事の世話をしていたらしく、その日もいつものように食事を持っていく旨を伝える電話をかけたが、被害者は出ず。結局数回かけても出なかったため、心配した友人は被害者宅に訪れるも鍵が開いておらず。電話をかけたら部屋の中から着信音が響くのみ。そのため、友人は被害者宅のマンションの大家に相談。友人と大家は顔なじみだったこともあり、大家が被害者宅の鍵を開けることになった。そして、大家が鍵を開けた際、リビングの床にあおむけで倒れこんでいる被害者がいた。被害者の左胸には包丁が突き刺さっており、上に着ていたチェックシャツが血で染まっていた。誰か脱がせようとしていたのかシャツのボタンは全て取れていた。死因は失血死であった。


 被害者は男性であり、名前は山本権太やまもと ごんた、またの名を…

 スラッシャー山本。彼は昔プロレスラーだった。今は引退している。

 何でスラッシャーというのかはプロレスをあまり見ていない俺にはわからない。チョップがうまかったのだろうか。ただ、彼の顔は何度かテレビで見たことがあった。普段あまりテレビを見ない俺でも覚えていたのは、顔つきが特徴的だったのも関係しているだろう。顎が長く、額が狭い、眉は全剃り、目は死んだ魚のような目、鼻はいわゆる鉤鼻というやつで、髪型は金髪のオールバックだった。

 元有名人が殺されたわけで。現場には、どこから噂を聞いたのか…テレビ局や記者等がわんさか訪ねてきて、うっとうしくてしかたがなかった。

 

 現場は6畳程のリビング1室と備え付けの小さなキッチンや洗面所、トイレ、風呂がある1室があるという感じで、元有名人が住んでいるとは思えないようなこじんまりとした物件だった。

 ミニマリストだったのだろうか。リビングにはベッド以外の家具が無かった。また、テレビと洗濯機以外の生活家電は何も置かれておらず、キッチンには食器類も包丁も何も置いていなかった。ハンドソープやボディーソープ、洗濯洗剤などの最低限の生活必需品や衣類、タオル類はあったが、ビジネスホテルみたく生活感の無い部屋であった。


 今回、事件を調べていくうえでスラッシャー山本が現役を引退した理由を俺は初めて知った。彼は、ヒール役の相手にパイプ椅子を頭部にぶつけられた際、当たり所が悪かったため気絶。病院に運ばれた。そして、運悪く脳に後遺症が残ったため引退したらしいのだ。

 

 事件はすでに迷宮入りに近かった。現場はマンションの4階で窓の鍵もドアの鍵も開いていなかった。そして、ドアの鍵は被害者のズボンのポケットに入っており――

 つまり、現場は密室だった。俺の足りない脳みそだと全く彼の死の原因がわからなかった。そして、逡巡したあげく俺は最後の手段に出ようとしていた。


 ―――やっぱりあいつに頼るしか…


 電話をかける。

 奴が出た。

「どうも、神細寺しんさいじ探偵事務所です。ご用件をどうぞ!」

 よそ様向けにわざとらしく明るくあげた抑揚のある声が耳障りだ。

「俺だ!間口だよ!!」

 俺はそう叫んだ。

「間口?ああ、宏か。なんだよ。俺は名探偵だから忙しいんだぞ!!」

 声の主が俺とわかると、急に横柄な態度を取り始めた奴に俺は腹が立ち、大声で怒鳴りつけた。

「お前に頼みがあるんだよ!!」

「うるさいなぁ…いや…まさか…」

 奴はそう面倒くさそうに言ったと思いきや…

「また、脳に関する事件か!だったら大歓迎!!」

 急に声を明るくし、そう続けた。その声はまるでナンパ師が自分の好みの女性を見つけて話しかけるようなアグレッシブさがあった。

 そう、神細寺…神細寺経太きょうた、彼は脳オタクなのだ。

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