夢でもし逢えたら

@seruly

夢でもし逢えたら・・

(19歳)

 青空に入道雲が浮かんでいる。今は夏休みだ。

 今日は友達と一緒に虫取り網を持ち、山の中を駆け回っている。特に何を捕まえるというつもりもなく、トンボやセミを見つけては追いかけ回していた。

 暑くて汗だくだが、そんなことは気にならない。一緒に遊ぶのが楽しいからだ。

 さんざん走り回って、斜面を滑り降りて、木に登って、小川をバシャバシャ渡って。思い付く事を何でもやった。友達もしっかりついてくる。


 こんな事が何故楽しいのか?それは友達がいるからだ。

 何故だか理由は分からない。ただ、この友達と一緒に過ごせるのが凄く楽しい。こいつが笑っているとどうしようもなく自分も楽しい。

 友達は同じ小学校の制服を来ている。ただし半ズボンではなくスカートだ。女の子だから。

 女の子なんだけど、探検みたいな事をしたり、虫を捕まえたり、何をしても楽しそうにしていて、それを見ただけで自分も楽しくなってしまう。


 しばらく走り回っているとデカいオスのカブトムシを見つけた。


 遊園地にあったお金をいれるとしばらく乗れるパンダの乗り物くらいの大きさがある。


 乗ってみたくなったから、カブトムシに近付き、手を掛けてよじ登る。友達から頑張れと声援がある。割りと余裕が無いけど強がって余裕だと返す。なんとかカブトムシに股がり、友達に向かってやったぞと手を振る。

 友達は満面の笑みで手を振り返してくれる。それが嬉しくてしょうがない。





・・・そっと目を開ける。

久しぶりにこの夢みたな。


 小さかった頃、遊園地で当時十円玉を入れるとしばらく走れた乗り物に乗りたかったのは覚えている。

 何故だか分からないけど、私は何度かこの夢を見たことがある。多分、小学校に通い始めた頃に見たのが初めてで、その後にも何度か見ているが、正確な回数はよく分からない。


 そして、一緒にいると時間を忘れるほどに楽しいのに、毎度の事ながら友達が誰なのか、よく分からないのだ。知っているのに覚えていなくて、忘れられないのに忘れてしまっている。


 小学校の頃に夢にみるほど好きな子が・・・いや、好きな子はいた。名前は朋子ちゃん、ちょっとどんくさいけど可愛くて優しい子だった。忘れてはいない。夢の子とは顔も髪の長さも違う。


 結局、あの子は何なんだろう。一緒にいるのがとても楽しかった事だけが心から消えない。







(24歳)

 今、私は敵と戦っている。敵は黒づくめの服を着た、いわゆる悪の結社だ。私はヒーローと同じ武器を手に、雑魚敵を相手にしている。

 何故戦うのかって?後ろにいるこの子を守ってカッコいい所を見せたいからだ。友達を悪者から守り、誉めて貰いたい。


 友達の応援を受けながら何人かやっつけたら、親玉みたいな怪獣が出てきた。動きは鈍いけど自宅の屋根よりデカくて手持ちの武器が効かない。

 そいつが家屋を壊しながら近付いてきて、慌てて避難した先の屋根が崩れる。友達が危ないと叫ぶ。





バッと飛び起きる。

また懐かしい夢だな。


 この夢も何度か見たことがある。多分、特撮ヒーロー物がお気に入りだった頃に見たのが最初だったかもしれない。夢にまで見るとは、私はどんだけ特撮好きだったんだ。黒タイツに包まれた感じの雑魚敵、懐かしいな。

 怪獣、倒せなかったな。・・・あの子、無事だったかな?








(26歳)

 今、私は高校の教室で空を飛ぶ練習をしている。まだまだ不慣れなのでスイスイ移動することは出来ないが、集中すれば天井くらいまで浮く事はできた。

 友達が下から頑張ってるねと声を掛けてくる。なんとかここまで出来るようになったと返したら、彼女もススっと浮いてきた。

 横に並んだ彼女がドヤ顔でまだまだだねと笑い掛けてくる。ちょっと悔しいけど浮くだけで移動はできない。そんな私の練習に付き合ってくれる彼女がいてくれて嬉しい。

 こっちおいでと言わんばかりに彼女が廊下を浮かんだまま移動していく。追いかけようとしてもフワフワ漂うばかりで追いかけられない。そのうち集中が切れて落っこちる。





ビクッとして目が覚める。

また懐かしい夢だな。


 この夢も何度か見たことがある。最初は高校生の頃、超能力を使う主人公が活躍したSF映画を見た後だったかな。その後は原作者の小説を読み漁ったり、結構ハマったのを覚えてる。

 夢の中でやってた意識の集中が出来れば、現実でもちゃんと飛べるって思うくらいにリアリティーがあった。やろうとしても何か余計な重さを感じて、現在に至るまで再現できていないだけだ。

 彼女と一緒に自由に飛び回りたかったな。








(28歳)

 今、私は大学の校舎を移動している。今までの講義は七号館で、次の講義は一号館で受けるからだ。彼女も同じ講義を受けているので、そこに行けば会うことが出来る。

 しかし一号館は遠い。小高い丘の上にあり、山奥のように蔦が絡まったような所を抜けて行かなければならない。

 かなり疲れてしまったがなんとか一号館にたどり着くと、入り口に彼女がいた。お疲れと笑顔で声を掛けられただけで、苦労が報われたように思える。彼女に会えるなら何でも出来るような気がしてしまう。





・・静かに目を覚ます。

やっぱり久し振りの夢だな。


 この夢も何度か見たことがある。実際に通っていた大学の一号館は確かに丘の上にはあったが、当然登山道なんかではなく、単なる坂道を登るだけだった。

 何度か見た夢だったからか、夢だと気付いて目が覚めてしまった。初めてこの夢をみた時、大学の校舎で彼女に会ったあと、何を話したのかは思い出せない。夢だと気付かなければ続きがみれたのだろうか?




 夢見がちな私も結婚し、三十歳目前で子供も生まれた。良い夫、良い父になりたいと思った。


 そして、夢を見た。




 久し振りだねと彼女が言う。


 本当に久し振り、元気だったかと聞いた。


 ずっと元気にしてるよと彼女が言う。


 どうして会えなかったのかと聞いた。


 会うとまた会いたくなるからだと彼女が言う。


 私も会いたかったと伝えた。


 家族、大切にしてねと彼女が言う。


 大事にするよと伝える。


 じゃあねと彼女が言う。


 もう会えないのかと問う。


 「小さい頃から、あなたの夢はいつも楽しくて大好きだったわ」


「私もだよ。君といられる時間は本当に楽しくて、幸せで、大好きだった」


「でもこれで最後かな。あなたが忘れられない影響を与えてしまったから」


「もう会えないのか?」


「だって気付かれちゃったもの。私とあなたが逢えるのは、夢の中だけ、でしょ?」


「えっ?」


ハッとして目が覚めた。





目が・・・覚めてしまった。








 言葉をはっきりと交わしたこの日の夢以来、彼女が出てくる夢を一度も見なくなった。


 少し寂しそうな笑顔で、はっきりとした口調で伝えられた言葉は忘れられない。忘れてはしまえたらまた会えるのだろうか?








(79歳)

 私はとうに還暦を越え老人になった。子供たちは自立し孫の顔も見れた。妻は一昨年、病で先に天に召された。

 これまで山あり谷ありの人生ではあるが、悪くなかったと思える。

 

 ずっと気になっている訳ではないが、ふと一人になったと感じると、夢の彼女を思い出す。話せたのは五十年も前なのに、夢でしか会えないと言われた事は今でもはっきりと覚えている。

 会うことはないのかもしれない。でももし叶うなら・・また会いたいと思った。













「わたしはずっとあなたを見守っているわ」


 わたしは夢魔と呼ばれる夢の中の住人。色んな夢を見せて人を惑わす悪しき存在、とされている。解釈によっては予言やお告げと取られることもあるけどね。


 自分がどんな存在なのかを自覚するより前にわたしはあなたと出会い、友達になった。そしてあなたに惹かれていった。


 あなたが現実で恋をして結婚して家族を持って。それが、嬉しくて、祝ってあげたくて、すごく切なくて、とうとう我慢出来ずに話しかけてしまった。

 わたしという存在をあなたに認識された瞬間から、わたしからあなたに何も伝えることはできなくなってしまった。


 でももう一度だけ、会いにいくわ。

 あなたがこの生を終え、永久の眠りに付くその瞬間。


 身体から心が解き放たれた時、あなたがわたしを覚えていてくれたなら、その時は夢の世界に連れていけるから。


「愛しているわ」


 


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