第78話 二人きり
その後も、特に意味もなく互いの名前を呼び、幸せを享受しながら時間を過ごしていた。
親が来るのは夕方になる。それまでは陽菜と二人きり。なんならちょいちょい来ないよう連絡しようか悩んだが、さすがに一人暮らしをさせてもらっている身として、親の来訪を拒むことはできない。それに誕生日を祝おうとしてくれている親の来訪を拒否するほど俺も薄情ではない。
ただ……俺の親と陽菜が顔を合わせた時に発生するてんやわんやがどれほどの規模になるのかが気がかりではある。
まあ、陽菜のことだし上手くやるのだろうが、付き合ったその日に親と合わせると思うと少しハードな気もする。
「陽菜」
「なんですか、玲くん?」
「俺の親が陽菜を見た時の反応はなんとなく想像がつく。ろくに友達の話もしてこなかった俺が急にかわいい女の子を連れ込んでるってはしゃぎだすはずだ。かなりテンション高めだと思うが頑張ってくれ」
「かわいい……えへへ、かわいい……」
「反応するところそこじゃないんだが」
「もっと言ってくださいっ」
「はいはい、かわいいかわいい」
「もっと感情を込めて。行動でも示してください」
かわいいと言われるのが好きなのか、こういうおねだりポイントはしっかり押さえてくるのが抜け目ないというかなんと言うか……。
話の要点はそこではないのだが、こうして甘えられてしまったらもう陽菜のペースに持っていかれてしまう。さすがとしか言いようがない。
甘やかしを要求する彼女に応えながら、今後の方針について話し合う。
「玲くんのご両親……どんな方なのでしょうか。お会いするのが楽しみです」
「そう言ってられるのも今のうちかもしれんぞ? 俺はハイテンションな母親を想像したくない」
うーん。まだ親が来てないが、陽菜に矢継ぎ早に質問しまくってる母の姿を目に浮かぶ。
父は……どうだろうな。母ほど暴走モードには入らないだろうが、俺にウザ絡みしてくる可能性は大いにある。
となると……やはり嵐の規模は母次第だが……。
「どうしました? そんなにじっと見て……」
「いや、本当にかわいいからなぁ……いかにも俺の母が食いつきそうだ」
「玲くんのお母さんですか? どんな方なんですか?」
「いい人だよ。でも、興奮すると人の話聞かなくなるから大変なんだ。ちなみに今日は到着した瞬間から興奮モードだと思うから、とりあえず陽菜とおしゃべりするのに夢中になるんじゃないか?」
「……玲くんのお誕生日を祝いに来るんですよね? 今日の主役を無視してそんなことになるでしょうか?」
「どうだろうな。半々……いや、八割くらいか」
「だいぶ可能性高いですね」
ここに来るまで本日の主役は俺でいられるだろうが、陽菜を見た瞬間俺は脇役に成り下がってしまう可用性が非常に高い。といっても一時的だとは思うが、しばらくの間、母の中での最優先事項は陽菜になるだろうし……興奮状態の母が鎮まるまでお祝いはとてもじゃないが始められないだろう。
ま、お祝いはもう十分してもらったし、最高のプレゼントももらっているのでさほど気にはしないが……一応到着予定に合わせてご馳走の仕上げをしてくれる手筈なので、あまりにも母が暴れてご馳走が冷めるようなら、俺も怒るかもしれない。
陽菜の手料理だぞ。
俺の楽しみを奪うようなら親といえど容赦はしない。
「あまりにも煩かったら言っちゃっていいからな?」
「言いませんよ。玲くんのご家族とは良好な関係を築きたいですからね」
「そうか。まぁ……そうだな。陽菜は気に入られるし、かわいがられると思うよ」
むしろ陽菜が困るくらい構われて、お得意のお構いなくも無視されてしまうくらいだろう。
嫌というほど構われるはずだから……どうか嫌いにならないであげてほしい。普段は常識人なんだよ。
「玲くんはどうなんですか? 久しぶりに家族と会うんですよね?」
「そうだな。最後に会ったのは高校入学前か。たまにメッセージでのやり取りはしてたが、直接は久しぶりだ」
「久しぶりの再会ですので、ゆっくりお話できるといいのですが」
「はは、ゆっくりは無理だろうな」
それだけ俺の親にとって陽菜の存在は無視できないものになるだろう。
どうせ息子に春が来たと騒ぎ出す。それに巻き込まれる陽菜が少し不憫だが……俺も悩んでいることがある。
それは、陽菜をどのように紹介すればいいのかだ。
俺に彼女ができたと知ったら、当然親は興味を持って馴れ初めなんかを聞き出そうとしてくるだろう。
出会ったのはいつか。いつから付き合っているのか。どちらが告白したのか。などなど、詰められる内容は予想がつく。
さて、晴れてお付き合いすることになり、彼女として紹介できるようになったのはいいが、俺達はそこに至るまでの過程がいびつ過ぎる。
この家の至るところにある陽菜の侵略の痕跡。交際より前に始まっていた同棲。
問い詰められたときにどのように説明すればいいのか悩む事項がいくつかある。
まあ、その辺は俺が上手くやるしかないか。
今まで彼女とかいたことないし、そういう女性関係を問い詰める干渉をされるのは初めてだから対策のしようがない。ある程度予想だけ立てて、あとはアドリブで対応するしかなさそうだ。
「陽菜」
「わっ、なんですか? そんな急に抱き締められるとびっくりするじゃないですか」
「……悪い」
「あっ、別に嫌だったわけじゃありませんよ? だからやめないでください。もっと強くお願いします」
親と久しぶりに会えるのは喜ばしいことだが、予想できる憂いも待ち構えているため少し気分が落ち込んだ。
自然と近くにいた陽菜を抱き締めて、癒しを得ようとしているくらいには、俺もすっかり彼女の虜だ。
「二人きりのうちはこうさせてくれ」
「いいですよ。そのかわり私のこともしっかり甘やかしてくださいね?」
親が来るまでは二人きりだ。
それまではこうしていっぱい元気を補充して、臨戦態勢を整えなければ……。
◇
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