【カクヨムコン9特別賞受賞!】偶然助けた美少女がなぜか俺に懐いてしまった件について

桜ノ宮天音

一学期

第1話 ボッチは美少女を助ける

 四時間目の授業の終わり、そして昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴る。

 眠気、空腹などに耐えながらなんとか乗り切った者達は、仲のいい者同士で集まって食事の準備を初め、僅かな安息の時間を謳歌し始める。


 そんな中、俺は机の横にかけられたスクールバックを漁り、ビニール袋を引っ張り出すとそそくさと教室を抜け出し、ある場所へと向かった。

 俺が向かう場所は校舎裏にあるベンチ。

 そこでボッチ飯としゃれこむわけだ。


 高校に入学してまだ二週間という短い期間しか過ごしていないにもかかわらず、俺が昼休みをこのように過ごすようになったのにはある理由が存在する。

 それが入学式を風邪で欠席し、その後三日間休んでしまったことだ。


 体調が回復していざ登校してみればクラスメイト達から向けられる「誰、お前」という視線。

 そして三日という時間は新たなグループを形成するのには充分過ぎる時間。

 何を言いたいかというと、高校デビュー大失敗ということだ。


 高校では友達を作って陽キャ生活を送りたいと意気込んでいたもののスタートダッシュから見事に失敗。

 一緒に昼飯を食べる友達もできず、かといって一人で食べていると周りの集団から憐みの視線を向けられることとなる。

 そんな居心地の悪い空間で休息の時間を過ごすのはごめんなので、こうしてわざわざ移動して人気のないところで過ごしている訳である。


 しかし、実を言うとこのボッチ飯、そんなに悪くない。

 校舎裏ということで人はめったに来ない。

 それでいて日当たりもよく、非常に過ごしやすい。


 昇降口で靴を履き替えてマイランチスポットへと急ぐ。

 そこの角を曲がれば目的地は目前という所で――――


「こんなところに呼び出しちゃってごめんね」


「いえ、大丈夫です。それで、用件は何でしょうか?」


 そんなやり取りが聞こえて、俺は踏み出そうとしていた足を反射的に引っ込めて隠れるように壁に張り付いた。


 うお、びっくりした。

 何だってこんなところで……って俺も人のこと言えないか。

 それにしてもこの状況……こんな人気のないところで男女が二人っきりってなったらあれしかないよな……。


「あの、一目見たときからかわいいなって思ってました。よかったら俺と付き合ってくれませんか!」


 ほら、やっぱりね。

 このシチュエーション、それ以外ありえない。


 ん、一目見たとき?

 その言葉に気になった俺は向こうの二人にバレないように覗き見る。


 遠目でも視力のいい俺は二人の校章の色を確認できた。

 校章の色は俺と同じ青色、つまり二人も入学したての一年生。

 男の方は文字通りの意味で一目惚れして告白したということだろうか。


 ちらっと見た感じさわやか好青年といった感じで、男の俺でもイケメンだと思う。

 これはどうだ?

 どう返事するんだ?


「ごめんなさい。あなたのことよく知らないし、興味ありません」


 バッサリ。一刀両断だ。

 仮に同じクラスの女の子だったとしてもまだ二週間の付き合い、そうじゃなかったとしたら一方的に知っているという関係性だ。

 たとえ顔がよかったとしてもよく知りもしない相手からの告白は受けられなくて当然か。


「用件はそれだけですか? 昼休みも短いので失礼させて頂きますね」


「ちょ、待ってよ」


「まだ何か?」


「じゃ、じゃあさ、連絡先交換して友達から始めよう? 俺のこと知らないからっていう理由ならこれからちょっとずつ知ってもらって俺のこと好きにさせてみせるから……!」


「意味が分かりませんし、興味のないあなたと連絡先を交換する必要性を感じません」


 おっと、取り付く島もない感じか……。

 まあ、女の子の側からすればこの時点でこの男は友達でも何でもないただの他人だ。

 そんな男と連絡先を交換したいと思わないと思うのも仕方ないし、それが友達になる大前提みたいな話し方をされるとそうなるのも仕方ない。


 しかし……結構粘るな。

 女の子の反応から現時点で脈がないのは一目瞭然だし、今は一旦退いた方がいいんじゃないだろうか。

 俺も早く昼飯食べたいし。


「くそっ、下手に出てやってりゃ調子に乗りやがって……この俺が付き合えって言ってるんだから黙って付き合えばいんだよ……!」


「きゃっ、痛っ。放してください」


 そんな呑気なことを考えながら早くこの二人がどっかいかないかな―と思っていたら、何やら危なそうな雰囲気だ。

 再び建物の影から覗いてみると、男が激昂して女の腕を掴んでいる。


 男の方は自分の告白が断られる可能性を微塵も考慮していなかったのだろう。

 それがいざ告白してみれば見事な玉砕。何とか立て直して妥協案を出してみるもそれすら即座に却下されるしまいだ。


 だが、自分の思い通りに事が進まなかったからといって、暴力的な手段に出るのは間違っている。

 ちっ、人気がない校舎裏なため通りかかる人に助けを求めることもできない。

 このままでは俺のランチタイムが胸糞悪い時間で終わってしまう……何とかしなければ。


「……羽田野先生、こっちです! 早く来てください!」


 俺はこれまでに出したことのないような大きな声を張り上げる。

 名前を借りたのは生活指導の羽田野先生……らしい。

 実のところ、入学式やガイダンスを欠席した俺は羽田野先生がどんな先生なのかは分かっていない。


 ただ、クラスメイトの会話に聞き耳を立てて得られた情報では、羽田野という男の先生が生活指導を担当していて、とても厳しそうな印象らしい。

 俺はその情報を信じてあたかも羽田野先生を呼んでいるかのように叫ぶ。


「なっ、羽田野? 生活指導の羽田野かよ、クソっ」


 期待通りの効力があったようで、女の腕を掴み上げていた腕を離し、男は逃げるように去っていった。

 慌てて逃げ去った男の姿が見えなくなってから、俺はへたりと座り込んだ女の前に出て手を差し出す。

 俺の手を見て驚いたような表情を浮かべるが、それが立ち上がるための助けだと気付いた彼女は俺の手を取り立ち上がる。

 スカートについてしまった草や砂を払い落しながら、彼女は俺に尋ねる。


「あなたが先生を呼んでくれたんですか……? えっと、先生は?」


「ああ、あれ嘘だよ。俺が知る限り一番怖そうな先生の名前を叫んだだけ」


 何でもないように振舞っているが、手が震えているのが分かる。

 目尻にうっすら涙の跡もあるし怖かったに違いない。

 本当はアフターケアとかで何か声をかけてあげた方がいいのかもしれないが、俺にそんな気の利いたことが言えるコミュ力は残念ながら存在しない。


「君も早く戻りなよ。ご飯食べる時間なくなっちゃうよ?」


 そう言って俺は彼女の横を通り過ぎる。

 彼女は俺に何かを言いたげにしていたが、知らんふりして俺はいつもの場所へと向かった。


 ◇


 そんなイレギュラーがあっても俺の日常は何ら変わらない。

 毎日何となく学校に向かって、真面目に授業を聞いたり、時には居眠りをしたり。昼休みになればいつも通りあの場所へと向かって一人で過ごす。

 そう、そのはずだった。


「やっと会えました。待ってましたよ、桐島きりしまれいさん」


 あれから三日経った昼休み、いつもの場所に向かうとそこには先客がいた。

 先客がいるだけならば俺が場所を移せばいい、だが彼女は俺の名前を呼んで、俺を待っていたと言っている。

 あの時助けた彼女が、俺の特等席に座ってこちらを見つめている。


「あの時の子……だよね? えっと、大丈夫だった?」


「はい、あなたが機転を利かせてくれたおかげで助かりました」


「ああ、それはよかった。じゃあ、俺はこれで……」


「あっ、待ってください。ずっとお礼を言いたくて探していたんです。先生からあなたのクラスを聞いて休み時間に訪ねてみたり、朝のホームルームの前や放課後などに待ってみたりもしたのですがあなたは見つからず……」


 あっ……そうなんだ。

 休み時間になると教室から抜け出し空き教室やトイレなどで過ごすし、昼休みはいつも通り。

 朝は教室にいる時間をなるべく減らすためにギリギリの時間に登校しているし、放課後は部活にも入っていないし爆速で逃げるように帰宅する。

 彼女が俺を探していても出会えなかったのはそのためだろう。


「でもあなたがあの時こっちの方に歩いていったのを思い出して、もしかしたらって思って来てみたら大当たりです」


 ああ、そういうこと。

 確かにあの時は早く飯を食べたかったし、彼女に見られていることなんて気にしていなかった。

 それがまさかこんなことになるなんてな……。


 でもこれで合点がいった。

 俺が登校した時や昼休み終わりに教室に戻った時などになぜかじろじろ見られたり、ひそひそと何かを言われているような気がした。

 自意識過剰だと気にしないようにしていたが、周りの反応はそういうことだったのかもしれない。


「あっ、自己紹介が遅れました。私、一年2組の三上みかみ陽菜ひなです。改めまして先日は助けて頂きありがとうございました」


「三上さん、ね。たまたまだったけど、助けになったのならよかったよ。じゃ、そういうことで……」


「ちょ、まだ話は終わってません。私は助けてもらったお礼をしたいんです」


 お礼?

 それならさっきしてもらったし、まだ何かあるのだろうか。

 そう思ったことをそのまま告げると彼女――――三上さんは少しむくれたような顔でこちらを見上げてくる。


 こちらは立っていて三上さんはベンチに腰かけている。

 その状態でこちらを見上げるということは上目遣いの構図が出来上がる。

 学校でまともに同級生と関わることに慣れていない俺は、控えめに言って美少女と言って差し支えない彼女から繰り出される上目遣いの破壊力に思わず目を逸らしてしまう。


「あの時あなたが機転を利かせて助けてくれなければ私は何をされていたか分かりません。つまり、桐島さんは私にとって恩人なんです! そんな恩人のあなたにただ一言お礼を言うだけでは私の気が済みません……!」


 三上さんの言い分も分からなくはない。

 俺からすれば大したことのない事でも、三上さんにとっては本当に待ち望んでいた救済だったというのがその言葉その口調から伝わってくる。

 恩人と呼ばれるのはむずがゆいがそれも本心なのだろう。


 俺とて逆の立場だったのなら、お礼の一言では引き下がれない……気がする。

 つまり、三上さんが俺に望むのはそういうことなのだろう。


「分かってくれましたか。それでは何かしてほしいことなどはありませんか……っ?」


「ああ、悪い。腹が減った」


 彼女の言葉が紡がれたその時、俺の腹の虫が鳴った。

 その音に三上さんは驚いた表情を浮かべたが、その音の出処が分かるとプッと吹き出すように笑った。


「すみません、そういえばお昼まだでしたね。先にご飯を食べてしまいましょうか」


 ああ、それがいい。

 三上さんは教室に戻って……ってあれ?

 その手に持っているものは? それにどうして三上さんはベンチの隣をポンポンと叩いていらっしゃるのでしょう?


「私もお腹すいてしまいました。せっかくなので一緒に食べませんか?」


 は?




 はああああああああ!?!?!?

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