ダンジョン配信なんてクソくらえだ ―ダンジョン配信なんて大嫌いなのに、弟子が褒めちぎるせいで私の人気に火が付いてしまった―

天地 綴

第1話 ダンジョン配信なんてクソくらえだ――①

 ――ダンジョン配信なんてクソくらえだ。


「うわぁぁぁぁぁっ!?」

「いや! いやぁぁぁ!」

「逃げろ逃げろ! 早く!」


 3人組の少年少女が口々に叫び、手にしていた剣や槍を放り投げる。

 そうして彼らは廃墟が並ぶ街の中を一目散に逃げ惑った。


「ギャギャギャッ! ギャギャギャギャ!」


 その後を、4本腕の大猿が奇怪な鳴き声を上げて追い回す。


「なんで、なんでアングリー・エイプがこんなところに出るんだよぉ!」


 彼らのパーティリーダーを務めていた少年が悲痛な声で空に問うた。


 ここは迷宮区第9層。

 上層部に分類される比較的浅い階層で、本来であれば駆け出しから初級者でも探索しやすい区画のはずだった。


 だが彼らを追い回すアングリー・エイプは中層に当たる第10層以降に生息するモンスターだ。


 層またぎ。

 まれに現れる、迷宮区の階層を移動する個体。

 そんなイレギュラーな事態に、彼らがパニックになるのもやむを得ないことではある。


「…………呆れた」


 しかしそんな彼らの窮地を、遠巻きに眺めていた1人の人物が冷たく酷評した。


「武器を手放して多少身軽になった程度で、追いかけっこに勝てる相手じゃないって分からないの?」


 <コメント>

 いや辛辣www

 追いかけっこって言い方可愛いのズルくない?

 ティナ嬢の言葉のナイフは今日も切れ味抜群だぁ……

 え、何この人? ひどくない?

 ↑初見さんかな。平常運転ですよ

 この冷たさが癖になるんよ

 つーか早く助けてあげてください


「ひどいもなにも事実でしょう」


 そう口にしたのは槍を手にする美しい少女だった。


 今年で19歳になる彼女は年相応に幼さを残した顔立ちをしている。

 その反面、ぷっくりとした唇は不満げに引き結ばれて、紫紺の瞳には昏く冷ややかな光が宿っており、あどけなさなどは感じられない。


 隙のない佇まいに同世代の平均身長よりやや高い背丈。

 オフショルダーの黒いブラウスと白のホットパンツに、茶色のローブを羽織った、動きやすさ重視の格好。


 瞳の色と近い、背中まで伸びた豊かな瑠璃色の髪をなびかせる彼女――オルティナは「はぁ」と重たい溜息を吐き出した。


「まぁ……層またぎに出くわしたのには同情するけど、ね」


 <コメント>

 それはそう

 ↑層またぎだけに?

 ↑2点

 ↑今日は冷えるなぁ

 え、なんでここの人たちこの状況でふざけてられんの? 人が死にかけてんだぞ!?


 ――本当にね。


 オルティナは装着したコンタクト型の配信デバイスに表示されたコメント欄の、その最後の一文に心の中で同意する。

 もっとも次の瞬間には『そういう貴方も高みの見物って意味では大差ないでしょうに』と毒づいていたが。


 オルティナ、そして目の前でモンスターから逃げ惑う彼らは、みな探索者と呼ばれるダンジョン攻略者だ。


 ダンジョン。

 それは大陸中のいくつもの国にまたがって広がる巨大な地下迷宮を指す。


 迷宮区とも呼ばれるそこには地上とは比べ物にならないほどたくさんの種類のモンスターや植物が生息しており、探索者たちはそれらを狩って素材を売ることで生計を立てている。


 というのが、昔の話。

 今では探索者たちの一番の収入源は、このダンジョン配信と呼ばれる攻略映像の撮影と配信活動である。


 ダンジョン資源の価値が年々高まった結果、ダンジョン内で集めた情報はビッグデータとして活用されるようになり、そこそこの値段で売れるようになったのだ。


 また配信を見た視聴者が好みの探索者を見つけては、装備の調達資金など、様々な名目を付けては応援という形で金銭を寄付してくれることもある。

 一昔前までそうしたパトロンなるものは一部の実力者のみにしか付かなかったが、その間口が広がったわけだ。


 それらは時に素材の売買以上の収益となり、結果、ダンジョン攻略は稼ぐために視聴者を楽しませようとする一種のエンターテインメント性を孕むようになった。


 オルティナは――それが心底、気に食わない。


 ――どうせ彼らも『撮れ高』?とかいうのを気にして、格上のアングリー・エイプに喧嘩を吹っ掛けたんでしょ。


 オルティナは迷宮区の深層に分類される50層以降でも活動経験のある実力者だ。

 当然、中層に生息するアングリー・エイプの生態は熟知している。

 彼らは滅多なことで自ら襲い掛かって来ることはない。


 だから追いかけ回されているのであれば、先に仕掛けたのは彼らのほうだろうとオルティナはにらんでいた。

 そして彼女の知るところではないが、その見立ては間違っていない。


 オルティナが槍をくるくると回して弄びながら、彼らの後を追う。


『あれ?』『助けないの?』というコメントが視界の端を流れていくのに、彼女は無言を貫いた。


 まだ、だ。

 助けるのは彼らがもう少し痛い目にあって自身の行いを悔やんでから。


 言葉にはせずとも観ている者たちには意図が伝わったのか。

 鬼畜と取られない所業に、一部の視聴者から怒りのメッセージが寄せられる。


 だがオルティナはそれらを全て無視した。


 これが普通の配信者であれば、人気や好感度を気にして言い繕うのだろうが。

 そもそも自身の配信なんてどうでもいいと考えている彼女にとっては些末な事だ。


 むしろ自分が『配信者として人気者になりたい』だなんて間違っても思われたくはない。

 オルティナが配信活動をしているのは、それが救助活動に有用であるからであって、功名心からしていることではなかった。


 だからなおさら、ダンジョン攻略にエンタメ性を持ち込んで無茶な行動をするような配信者たちと同列に思われるのは我慢ならない。


 オルティナはダンジョン配信を嫌悪する。


 撮れ高のために自らの命を顧みない探索者たちも。

 それを煽る視聴者も。

 何もかもが不愉快でたまらない。


「……本当に、」


 ――ダンジョン配信なんてクソくらえだ。


 最後の一言だけはどうにか飲み込んで。

 いよいよ危なくなった少年少女のパーティを助けるべく、オルティナは鋭い踏み込みで地を蹴った。


 風のようなスピードで地を駆ける。


 見れば彼らは足を止め、アングリー・エイプと正面からにらみ合いをしていた。

 どうやら回り込まれてしまったらしい。


「ギャギャギャッ!」

「うわぁぁぁぁぁっ!!」


 今にもアングリー・エイプの怪腕が振り下ろされる、その寸前。

 オルティナは地を滑りながら彼らの間に割って入った。


 勢いそのままに槍を振るう。

 磨き抜かれた刃はいとも容易くアングリー・エイプの腕の一本を斬り飛ばし、血しぶきをまき散らした。


「グギャアアアォォォッッ!!?」

「うわぁぁぁ――――え?」


 殴りかかってきたはずのアングリー・エイプが絶叫を上げるのに、少年少女の悲鳴が困惑に取って代わる。

 何が起きているか気づいてないらしい彼らに、オルティナは呆れながら「下がって」と短く告げた。


「まだ終わってないから」

「ギャギャ……ギュルルル……」


 <コメント>

 はっや! そしてつっよ!!

 間に合ったな

 中層のモンスターじゃティナ嬢の相手にならんか

 モンスターめっちゃ怒ってるぞ、気を付けて!


 アングリー・エイプが赤い瞳にドス黒い血管を浮き上がらせてオルティナをにらみつける。

 これがコイツの面倒なところだ、とオルティナは小さく嘆息した。


 アングリー・エイプは名前の由来通り、手傷を追えば追うほど怒り狂い、闘争心をむき出しにして襲い掛かってくる。

 彼らの縄張り争いはどちらかが死ぬまで終わらない、なんて生態は有名な話だ。


 ゆえにオルティナは冗談半分、嘲り半分に槍の穂先を突き付けて言う。


「逃げるなら追わないでおいてあげるけど?」

「ギャギャギャッ!!!」

「……だよね」


 まるでオルティナの言葉を理解したかのように、アングリー・エイプが怒りの咆哮を上げる。

 そうして三本ある筋骨隆々な腕を一斉に振りかぶった。


「馬鹿なやつ」


 その威圧に欠片もひるまず、オルティナは槍を構えた。

 わずかに彼女の上体がぶれる。

 次の瞬間には槍がアングリー・エイプの胸部を貫き、その奥にあるモンスターの心臓部――魔核をえぐり出していた。


「ギャ……ギャ……」


 魔核を失ったアングリー・エイプの瞳から光が失われる。


 オルティナが当然の結果だと言いたげな顔で槍を引き抜く。

 ヒュンと軽やかに二度三度振るって血糊を払うと、倒れるアングリー・エイプをひょいとかわすようにして後ずさった。

 そうして彼女の背後で呆然とその様子を見つめていた少年少女たちに向き直る。


「無事だよね?」

「へ? あ……はいっ!」

「そう」


 安否を気遣って……というには感情を感じさせない声色で、オルティナが彼らの無事を確認する。


 一方で助けられた三人の少年少女は、そろいもそろってオルティナの美しい姿に見惚れていた。


 自分たちと2つか3つほどしか違わないように見える少女の、鮮やかな槍さばきに。


 そして何より、ドレスを着れば深窓の令嬢と言われても信じただろう、その整った容姿に。


 またオルティナが肌の露出多めな服装をしていることもあり、年頃の少年たちはそろって頬を赤く染めていた。


「……? どうかした?」

「い、いえっ! なんでもないです……」

「……そう」


 オルティナが様子のおかしい彼らに小首を傾げながら、しかし「まぁどうでもいいか」と思い直す。

 彼女は先ほどえぐり取ったアングリー・エイプの魔核を回収すると、淡々と撤収準備を促した。


「怪我しているなら手持ちのポーションで回復して。使い切ったのなら相場の2倍の価格でなら譲ってあげる。準備が出来たら撤退するよ」

「撤退するって……一緒に付いてきてくれるんですか?」

「だってあなたたち丸腰でしょう? だから放り投げた装備がある場所までは護衛してあげる。代わりにこの魔核はもらうけどね」


 <コメント>

 優しい

 優しい

 やっぱティナ嬢ってツンデレだよね

 言うほど優しいか? ピンチになるまで泳がせてたわけだが

 ニヤニヤが止まらない


「…………………」


 視界の端を流れていくコメント群、その内容を見てオルティナはいよいよこの機能を非表示にしようかと考えだす。

 ただこれまで何度も消してやろうと思ったそれも、一応、役には立つのだ。


 彼女の活躍が見たい一部の数奇者たち――と、オルティナは思っている――は、こぞって他所の配信者のピンチを教えてくれる。

 は救助活動をダンジョン配信の目的に据えている彼女にとって、撮れ高に直結するからだ。


 オルティナが嫌いな配信活動をしている最たる理由でもある。

 人命救助は一刻を争う。

 リアルタイムで情報を集められるコメントは貴重な"目"と"耳"なのだ。


「ほら、早く準備して。死体に他のモンスターたちが寄ってくるから」

「……………」


 流石に三人を守りながらの戦闘はオルティナも厳しい……などということはないが。

 基本的に面倒くさがりな性分の彼女としては、何事も楽に済むのであればその方が良い。


 粛々と告げるオルティナに三人は顔を見合わせた。

 その表情は一様に暗い。


「どうかした?」

「……実は、その…………」

「長くなりそうなら移動中に聞くけど」

「いや、その……」


 歯切れの悪い少年に、オルティナの整った眉にしわが寄る。

 するとパーティの紅一点である少女が歩み出て言った。


「じ、実は私たち、4人でダンジョンに潜ったんです!」

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