かける魔法を間違えて

平木明日香

プロローグ

 1人前の魔女になるために出された課題は、ホウキを使って空を飛ぶことでも、猫に変身することでもありませんでした。魔法塾の先生は言うのです。


 「見習い魔女の皆さんは、1度、人間が住む街に行き、人里に咲く4つ葉のクローバーを1輪、手に入れなければいけません」


 と。


 森の精霊たちや、ドワーフの皆さんは、人間は恐ろしく欲深い生き物で、とても危険な存在だと口を揃えて言っています。ですから、絶対に近づいてはいけない、森から離れてはいけませんと、繰り返し私に教えるのでした。



 ある日、お母さんに聞きました。


 「どうして人間は怖いの?」


 またある日は、友達のエルフに聞きました。


 「どうして、森の動物は人を怖がるの?」



 聞く人聞く人、皆同じことを言います。


 「人間は怖い、怖い。森の仇だ。乱暴で薄汚く、自分勝手な生き物なんだ」


 と。


 そういう意味では、魔法塾の先生の言葉が私にはわかりませんでした。どうして人の街に降りなければいけないのか、どうして人と会わなければいけないのか、近頃では、森の会議でも問題になっているようでした。


 それで先生に聞いたのです。先生は魔法を使えるようになるための試練だと言い、また、「ただ人に会うだけではいけません」、と言います。人里に咲く4つ葉のクローバーを、心を許した「人間」の「手」により、刈り取ってもらわなければいけませんと、そう仰るのです。私は、ますます混乱してしまうのでした。



 見習い魔女が、人里に降りる時は、3つの契約をしなければいけません。


 1つ目は、3ヶ月間の間、1人の人間以外に見つかってはいけないということ。


 2つ目は、すでに亡くなった人間にのみ、接触が許されていること。


 3つ目は、勝手に未来を変えてはいけないこと。


 どういうことかと言うと、まず原則として、私たち魔女の住処を、生きている人間に見つかってはいけないのです。それが理由で、私たちが人里に降りるとき、ある1つの魔法具を使って降りる決まりになっています。それは、アムステルダムの村に住む時計技師ラムダさんに、「巻き戻し」の腕時計を作ってもらって、それを右腕に嵌めるという決まりでした。


 それから、この腕時計を手に入れたあと同じ村の魔法書士オスカーさんに、人里に降りたときに会う1人の人間の書類を、発行してもらうようお願いしなければいけません。


 理由は、人里に降りる前に、今から数えて1年間の間で亡くなった人たちの書類の中から、「誰に4つ葉のクローバーを取ってもらいたいか」を選び、選んだ人が亡くなるちょうど「3ヶ月前」に、時間を巻き戻す必要があったからです。


 私たちの住む森は、今は人に見つからないよう、巨大な魔法陣を張って「入り口」を塞いでいます。その外からは、しばらく戻って来ることはできません。課題に必要な3ヶ月という期間は、そのためでした。


 それでも、私は先生のような立派な魔女になりたかったのです。自由に空を飛び、素敵な魔法が使える1人前の魔女に。


 お母さんには内緒で課題を受けることにしました。ラムダさんに無理を言って時計を安く売ってもらい、オスカーさんには「できるだけ優しい人」をお勧めして欲しいと頼み込みました。皆さんのおかげで、こうして、無事に課題をスタートさせることができそうです。


 右腕に腕時計を嵌め、書類に記載された住所を間違わないよう、何度もチェックしました。出発の前に先生は言いました。


 「気をつけてお行きなさい。決して振り返らないよう。困ったことがあったら、教えてあげた呪文を唱えなさい。そうすればきっと魔法が、あなたを助けてくれるから」


 「巻き戻し」の時計のスイッチを押すと、もう森の中にはいられません。時計は、森の外に出る唯一の手段なのです。私は忘れ物がないか、チェックしました。気持ちは不思議と晴れていて、これからどんなことが起こるのかと、期待せずにはいられませんでした。

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