『彩生世界』の聖女じゃないほう ~異世界召喚されました。こうなったらやってみせます完全攻略~

月親

序章

『彩生世界』の聖女じゃないほう(1)

 目を覚ますと、見知らぬ男に脈を取られていた。

 サラリと流れる長い銀髪に、紫の瞳。でもって、中性的なやたらと綺麗な顔立ち。

 こちらを覗き込むそんな青年に、


(あ、これ夢だわ)


 私は、そう判断した。

 しかし一方、そんな現実では有り得ない容姿をした彼に、妙な既視感を覚えた。上体を起こし、辺りを見てみる。

 窓の無い、幾つかの松明たいまつだけが光源な石壁の小部屋。背面の壁にはひび割れた大鏡。その光景は、彼同様に見覚えがあった。


(なるほど。ここ、『さいせいかい』の『交信の間』だわ)


 乙女ゲーム『彩生世界』。割と最近までよくプレイしていた。加えてこのゲーム、アドベンチャーパートと戦略シミュレーションパートから成るシステムのため、長時間プレイを余儀なくされる。そりゃあ見覚えもあるわけだ。

 少し離れた場所からこちらを見ている少女は――案の定、ヒロインの顔で。彼女の両脇に立つ男性二人も、やはり知った顔だ。


「健康状態に、問題はなさそうですね」


 周囲にばかり意識が行っていたところ、間近から声が聞こえた。

 そういえばさっき脈を取られていたっけ。私は青年の方へ目を移した。


治療士ヒーラーのナツメが、そう言うなら安心ね」


 彼の反応が見てみたくて、彼の名前(おそらく)を呼んでみる。と、彼――ナツメが目をみはる。やはり『彩生世界』の設定で正解らしい。


「まあ現実の私は、家で爆睡してるんだろうけど」

「その爆睡していたという貴女を、俺が召喚しました。夢だと認識しているようですが、現実ですよ」

「いや、貴方に現実って言われてもね」

「俺が嘘をついていると?」

「それ以前の話。だって、ナツメやここにいる面々て物語の登場人物じゃない」


 夢の中で夢のない説明をするとは、何て残念な私。そもそもその夢の設定からして、駄目駄目だ。折角の乙女ゲームものだというのに、ご丁寧にヒロインまで登場させているのだから。

 これでは自分がイケメンとイチャラブになる展開は、まったくもって期待できない。まあ、私と十の位が一つ違う少女になる設定はもっと無理があるから、自分なりの妥協ラインだったのかもしれない。

 その少女が、おもむろにこちらに近寄ってくる。青系のブレザー姿は、現代人ぽい格好ではある。が、少女は瞳の色こそ茶色なものの、そのふんわりした肩までの髪は桜色。現代の女子高生で十七歳という設定だが、あくまで『彩生世界』の現代であり、私からすれば彼女もまた立派な異世界人である。

 にしても、美少女だ。

 私も年季の入った乙女ゲーマーではあるから、各攻略対象に合わせた台詞というものは、大体わかる。しかし、例え夢でもそれを実践する勇気はない。ヒロインがヒロインたる所以ゆえんは、そこにあると思っている。

 私、たちばなあやは彼女――いろとは真逆と言っていい。まず純真でない、擦れている。学生時代は遠い過去な社会人で、もう別れたが彼氏がいた時期もあった。でもって寧ろ攻略される側の長身、なにより最年長のキャラと同い年。始まるものも始まりようがない身の上だ。


「あのっ、ごめんなさいっ」


 傍まで来た美生は、いきなり私に頭を下げた。


「まさかナツメさんが、本当にあなたを召喚するとは思わなかったんです。私が、「ここへ来る途中、まるで神のように全てを見通して采配する女性を異空間で見た」なんて、言ってしまったから……」

「僕たちが物語の登場人物――そっか、そういうこと」


 美生の後ろで――あれはルーセンだ。ルーセンがポンッと手を打つ。

 ルーセンは緩やかなウェーブの金髪を三つ編みで纏め、緑の垂れ目に泣き黒子。典型的チャラい系イケメンで、戦闘バトルクラス斥候スカウトだ。

 ルーセンは、「カサハ」と自分の隣に立つ騎士ナイト職の男の名を呼んだ。

 ナツメもそうだが、皆職を表すような服装をしている。まあ、ゲームだからね。わかりやすい格好をしてもらわないと困るよね。


「僕たちにこれから起こる出来事を、物語として先に知っている。だから彼女はミウが言うような、予言者に成り得るんじゃないかな?」

「――なるほどな」


 ルーセンの言葉に、表情筋をピクリとも動かさずにカサハが頷く。

 カサハは口数が少ない無愛想キャラという設定だが、確かにこれは表情からは感情が読めない。褐色の肌に黒髪、アイスブルーの瞳、そして攻略対象キャラの中で最も長身で年長だ。

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