バカと共に去りぬ

フィステリアタナカ

バカと入道雲

 僕はケンとの出会いを、今でも鮮明に覚えている。

 小学生3年生になる前の春休み。桜の花びらが舞う中、グローブと野球のボールを使って、僕は1人で壁当てをして遊んでいた。

 高くバウンドしたボールを上手く処理できず、壁を背にして追いかけて取ったところ、補助輪を付けた自転車に轢かれそうになっている猫が視界に飛び込んできた。

 猫をビックリさせれば逃げてくれる。そう思い、僕は全力で猫に向かってボールを投げる。

 猫の手前を狙ったが、ボールは外れ、自転車に乗っていた少年の頭部に当たってしまった。少年はハンドルをコントロールできなくなって、桜の木にぶつかる。猫は轢かれなかったがビックリして何処かへと逃げていった。

 僕は彼に謝りに行く。そして、ごめんと言ったら、彼は痛さを我慢しているような顔つきのまま、こう言ってきた。


「誰だてめぇ、今は体が痛いんだ。とりあえずジュース奢ってやる」


 僕は彼が何を言っているのか理解できず、呆然としていると、彼はスマホを取り出し、電話をかけていた。


「ジュースを頼むから、5分待ってくれ」


 僕は彼と桜の木の下でジュースを待つ。話をしていくうちに、彼が僕と同じで空手をやっていることがわかり、空手の話で盛り上がった。

 5分という時間はとても長く、体感で30分くらい経ったのではないかと思えた。

 それからバイクに乗ったおじさんがやってきて、彼にピザとジュースを渡していた。なぜピザを彼は受け取ったのか不思議に思い、そのこと聞くと、彼はこう答えた。


「ピザと一緒に頼むとジュースが安くなるんだ。お小遣いもそんなにないし、このやり方でジュースが安く買える、頭いいだろ」


「へぇー、そうなんだ」と当時の僕は感心した。


 僕とケンは良きライバルだ。あの出会いから1ヵ月が経ち、空手の大会の会場で、またケンと出会う。それからの大会はいつも決勝戦でケンとぶつかり、僕がケンに勝ったのは2回だけだった。

 そんなこともあってか、ケンは僕の家を訪れるようになり、ゲームやテレビでスポーツ観戦をして、僕達は互いに交流を深めて仲良くなった。


 そして時は流れ、僕達は中学2年生になる。


「ケン、弁当持ったか?」

「持ったぞ。スポドリ。ガキじゃないんだから心配なくていいぞ、カズト」

「じゃあ、行こうか」


 12月。冬の寒空のもと、今日はケンと2人で全国高校サッカー選手権大会の準決勝を見にいく。

 1日でレベルの高い試合が2試合も見ることができるからと、ケンに誘われ、僕達は憧れの国立競技場へと向かった。


「ケンとサッカーの試合を初めて見にいったのっていつだっけ?」


 電車の中で僕がケンに問いかけると


「小学校・・のときだな」

(すごいね。小学生じゃなくて、建物・・なんだね)


 僕は心の中でツッコミつつ、来年どこの高校を受けるのかを聞いてみた。


「来年受験だね。ケンはどこの高校を受けるの?」

「空手部のある私立だな」


 真面目に答えたケンに驚きつつも、つり革に掴まったまま、窓の外を見る。

 そこには都会の街並みと、窓には自分の姿が薄く映っていた。


「もう少しで着くぞ」


 最寄り駅に着いて改札を抜ける。国立競技場が見えてきて、これからテレビで見ていた試合を生で見れるのかと思うと、僕はワクワクしてきた。


「もう少しで着くぞ」

(ケン、語彙力ないね。2回目だよ、もう少しで着くぞって)


 国立競技場の着き、僕は入口の列に並ぶ。


「カズト、こっちだ」


 入口とは違う場所にケンが行こうとしているのに疑問をもっていると、ケンにこう言われた。


「警備員のいない所から入ろう」

(チケットを買え) 


 2人分のチケットを買って競技場に入り、チケットに書かれた応援席へと向かう。

「もう少しで始まるね」と言って、応援席に座り、試合が始まるのを今か今かと待っていると、ケンはピッチを見ながら僕に言った。


「キックオフは24時間後だな」

(明日かっ!!)


 試合が始まり、僕は食い入るように選手達を見る。いつの間にか、生でみた高校サッカーの迫力に魅了されていた。

 第1試合は5対0。圧倒的な力の差があったのに対し、第2試合は競り合いの中、3対3。PK戦までもつれ、負けた選手は泣いていた。


「なぁ」

「カズト、どうした?」


 僕は試合をみて決意する。


「僕、高校生になったらサッカー部に入るわ」

「じゃあ俺もセパタクロー部に入る」

(セパってなんなんだよ! 野球かっ!!)


 帰りの電車でいろいろ話をし、僕達は空手を辞めて受験勉強に専念することにした。


「ケン、原子番号1のは何?」

「それはQだろ」


(そんな元素ないぞ)


「違うよ、ケン」

「合っているだろ。カズトは俺に質問したんだろ? 質問はQだろ」

(Q&A……か)


 はっきり言おう。ケンは馬鹿だ。僕が志願する高校には、たぶん受からないだろう。

 それから1年が過ぎ、僕達は同じ高校の試験を受ける。そして合格発表の日に、合格者の番号が張り出された掲示版を見に、受験した高校へと行く。


「あるかな。番号」

「あるぞ、2人とも。俺の耳が言っている」

(それね。耳じゃなくて、勘だよ。耳が言っていたら妖怪だね。うん、妖怪)


 そして、掲示版に番号がないかを探す。


(あった。やったー!)


「カズト、あったか?」

「あったよ!」


 嬉しさのあまり、大きな声が出てしまったが、ケンの悲し気な表情に僕は戸惑った。


「俺もあった」

(じゃあ、そんな顔するな)


 僕とケンは高校に入り、サッカー部に所属する。1年生は雑用もこなさなければならないので、練習時間を確保するために朝練もした。


 7月下旬、一生懸命に練習したかいもあって、僕は地区のに選ばれる。その話を顧問の先生から聞いたときには、ガッツポーズをして、すぐさまケンのところへと向かった。そして教室で席に座っているケンに近づいて


「ケン! 僕、特別強化指定選手になったよ!」

「おう。俺は期末テスト学年最下位でになったぞ」

(サッカー部辞めちまえ。そして高校も辞めろ)


 教室の窓から見える空には入道雲。そう、僕達の夏が始まったのだ。



(つづく?)

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