第10章 君が知りたいことは、そこに行けば総て解るよ
67 本音と建前
夏季にしか鳴かない、いや、鳴けない虫の声が街に響く。成虫になってから七日間しか声を上げられない彼らに共鳴するみたいに、
「昨日も暑かったけど今日も暑すぎるでしょー。せっかく髪気合い入れたのに、外出たら一瞬で汗だくだなんてもう嫌になるー」
「ええ、でも寝坊して日焼け止め塗り忘れた私より良いじゃんかあ」
「えーっ、それはやばいよー」
「今日は過去最高だった昨日よりも暑くなるって天気予報で見たのに、朝からやらかしちゃったよ。ああほんと、早く秋が来てくれないかなあ」
すれ違う女性の会話を耳にした男は、その暑さを
ノースリーブから覗く腕は、細いながらもほどよく引き締まっており、
「今朝は、それはそれは酷い半眼でトーストを
と、綾杜から桃也に化けている男が、下瞼に薄紫を浮かべている彼女に訊ねる。夢叶は
「すみません。少々説明不足でしたね。今にも失神しそうな眼だったということです」
「そ、そこまで言わなくても……でも大丈夫! 歩いてる内にすっかり眼が
「そうですか。とは言えくれぐれも気を付けて下さいね。あの半眼は、それはそれは周囲の人達の集中を妨害する恐れがありますから」と
「桃也君こそ、その口が災いを呼ばないように気をつけてね」
「勿論です。ご心配には及びません。こんなことを言う相手は
と笑顔で言うと、彼女の頬が
「……可愛いな」
ぽつりとこぼれた本音は、横断歩道の信号機から流れる鳥の
もう七月下旬ということもあり、蒸し暑い熱気が周囲を支配していた。この世に存在する
「それにしても昨日は雨が酷かったから晴れて良かった」と呟いた夢叶に「今日は一日中天気が良いみたいですね」と桃也が
早いですね、と僅かに語尾が下がったそれに桃也自身が驚いてはふっと小さな吐息をこぼす。大学内に意識を向けていた夢叶は、その微細な変化に気付くことが無いまま口を開いた。
「今日も大学まで送ってくれて本当にありがとう」
「いえ。貴女と歩く時間は嫌いじゃないので」
五月のあの晩。
「周囲の方々に迷惑を掛けないように、ちゃんと起きていて下さいね。そのためにもこれを飲んで、最終日の試験も頑張って下さい」
眠気撃破、という
「美人だとすぐに彼氏が出来るのね。ああ羨ましい」
「明希人君が浮気したって
「アキユメカップルなんて愛称で呼んでた私たちが馬鹿みたいよね。可愛い顔して中身は腹黒いなんて怖すぎ」
僅かに俯いた夢叶が彼女らの前を小走りで通り過ぎようとした、束の間。急な静寂が辺りを覆った。違和感を覚えた夢叶が
「今日も最高にクールね。ただもう少し近寄り難いオーラが無ければ、話しかけに行けるのに」
「明希人君、夢叶ちゃんと別れてから彼女居ないんでしょ? 私立候補したい!」
「別れて直ぐ男を作る
遠ざかる男に熱い眼差しを送り続けては、また自然と世間話が始まった。既に彼女らから少し離れた夢叶の耳には
暫くして歩みを
「夢叶」
「誠君、おはよう」
その柔らかな笑みは明希人と別れた後も変わらない。唯一態度を変えることなく接してくれる誠は貴重な存在であり、夢叶にとって大切な友人の一人だ。此方へ近寄った誠は、彼女の下瞼を見るなり眉間を顰めた。
「……あまり寝れなかったのか?」
「うん。自信が無いせいかちょっと緊張しちゃって」
「そうか。でも夢叶なら大丈夫だ。あれだけ熱心に勉強したんだから」
「……誠君、ありがとう」
眉尻を下げた夢叶に誠が安心させるように励ます。切長の眸がふっと和らいだ表情は、夢叶の
「そういえばこっちに明希人が向かってたのを見たんだが、
「うん。
「いや、一
そっか、と夢叶が一拍置いてから視線をそろりと下げる。と、側に
「明希人、時間が出来るとよく一人で何処かに行くんだよ。忙しいのかユアのご飯も最近は頼まれるしな……とは言え、訊いたところで素直に教えてくれるような男じゃないからな。秘密主義なところ、もう少し緩めて欲しいよ」
そう言って寂しそうに吐息をこぼすと、「二限からの試験頑張れよ」と夢叶の肩に手を乗せてはその場を後にした。誠の声援を耳にした夢叶は、すうと新鮮な空気を体内に迎え入れる。胸に生まれた黒い点を吐き出すように歩み始めた彼女の背後では、
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