化物の献身
円菜七凪実
第1章 あまり話たくないことって人それぞれきっとあるでしょう?
1 氷のような一途な恋人は奇跡を見上げる
妖しい甘い音波が
うつくしい花に
多くの若者が行き交う東京渋谷の駅前で、今日も
「昨日木曜日の朝方に起きました、マンション五階のバルコニーから過って転落し、意識不明の重体となっていた二十歳の男子大学生について、たった今新たな情報が入ってきました。大学生は昨晩奇跡的に意識が回復し、快方に向かい始めているとのことです」
「わあ、それはよかったですねぇ。心配だったのでほっとしました」
「え、
「あれ、
「あの、今お話いいですか?」
「無理だ。
春らしくない、真冬の声が宙を切る。冷たい拒絶に女の肩がぶるっと
「わ、私電車で
それでも女にとっては、
「俺のことはよく見掛けるのか」
「はい! この駅や電車内で何度も見ています」
「だったら、俺に恋人がいることも知っているな?」
「お友達かなと思って……」
「俺の彼女だ。
冷え冷えと光るオッドアイを眼にした刹那。女は透明な膜を眸に浮かべ、駆け足でその場から去って行った。それでも尚微動だにしない男は、
「
もう一度ごめんねと言い、ありがとうと彼女が伝えると、彼は大丈夫だと声を和らげながら言った。事前に連絡があったため待ち合わせ時刻に遅れることを明希人は知っていた。「ゆっくりで構わない」と返事をするも、うつくしい金色の髪を背中に揺らしては、全力で走ってきたらしい。吐息をこぼしては、彼女の首筋に貼り付く
「体調は大丈夫か?」
「体調? 何時も通り元気だよ」
「ならいい。少し
彼の気遣いに鼓動が反応する。然しすぐに灰色の
深緑色をした右眼と、藍色の左眼が彼女を映す。澄んだうつくしい色に春の陽射しが溶けた。
「何時見ても凛としてきれいだから。初めて会った日から変わらずにそう想ってるよ」
純粋な眼差しを受けた顔に、柔和な色が浮かぶ。つい
「ねえ見て。あきゆめカップル今日も最高にキュンなんだけど」
「明希人君の笑顔って
「ほんと美男美女で憧れる……!」
駅から大学へと続く道中にて、
「二人って何時から付き合ってるの?」
「大学一年の春だから、もう一年くらいかな」
「このまま結婚したりして。私も二人の結婚式にお呼ばれされたい」
然し、注がれるのは明るい気色だけでは無い。不平や不満も付き物である。
「
「あんなに格好いい彼氏が居るのに、他の男にも
「俺は
「解る。めちゃくちゃ冷めてるよな。上から眼線な感じが鼻につく」
「まあ、
「そうそう。日本と何処だっけ……フランス、イギリス、スウェーデンとか?」
「いや、日本人の血薄過ぎだろ」
数多行き交う声の中、聞こえているのかいないのか、当事者である二人は互いの顔を見合わせながら楽しそうに会話を続けている。
「来週の月曜、夢叶の好きな
「わ、嬉しい。明希人君と付き合って一年記念日だね。二年目はお料理を上達して、明希人君の好きなお
「ありがとう。でも無理はするな。俺は夢叶が傍にいてくれるだけで嬉しいから」
二年目という
「もう、何時も私が喜ぶことばかり言ってくれるね」
「俺はただ本心を言ってるだけだ」
「ありがとう。でもお稲荷さんは私に頑張らせて? 明希人君に喜んで欲しいから」
金色の眸が
何気ない仕草を、夢叶がちらと覗き見た。
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