透き間ない蜜にねむりの発砲を
円菜七凪実
第1章 あまり話たくないことって人それぞれきっとあるでしょう?
1 氷のような一途な恋人は奇跡を見上げる
妖しい甘い音波が
うつくしい花に
多くの若者が行き交う大都会の駅前で、
多くの人が
「昨日木曜日の朝方に起きました、マンション五階のバルコニーから過って転落し、意識不明となっていた二十歳の大学生について新たな情報が入ってきました。大学生は昨晩奇跡的に意識が回復したとのことです」
「わあよかったですね。心配だったのでほっとしました」
「え、
朝陽が白く照らす中、その
数秒後、映像が別のものへ切り替わった途端。男は興味が失せたみたいに人の群れへと視線を戻す。そして混み合う改札へと意識を向けるのだった。
「あの、今お話いいですか?」
「邪魔だ。寄るな」
春らしくない、真冬のような声が這う。冷え冷えする男の声音に女の肩がぶるっと震えた。ふわりと
「わ、私電車であなたを見掛けて一目惚れしたんです……もし良かったら、連絡先を教えてくれませんか?」
然し女にとっては、
「俺のことはよく見掛けるのか」
「はい! この駅や電車内で何度も見ています」
「だったら、俺に恋人がいることももちろん知っているな?」
二色のうつくしい双眸が女を貫く。それは問い掛けというよりも、見えない圧を与える魔物であった。女の鼓動が跳ねる。返す言葉を失いながらごくと唾を呑んだ。被された真っ赤な色を壊すように、じりと下唇を噛み締める。
「お友達かなと思って……」
「俺の彼女だ。解ったならさっさと失せろ」
冷え冷えと光るオッドアイを眼にした刹那。女は透明な膜を眸に浮かべ、駆け足でその場から走って行く。然し男はその
「
「いや。
もう一度ごめんねと言い、ありがとうを伝えると、彼は大丈夫だと声を和らげながら言った。事前に連絡があったため待ち合わせ時刻に遅れることを明希人は知っていた。「ゆっくりで構わない」と伝えていたにもかかわらず、彼女は背中まである金色の髪を揺らしながら全力で走ってきたのだ。軽く吐息をこぼした男が、彼女の首筋に貼り付く
「夢叶、身体は大丈夫か?」
「身体? 何時も通り元気だよ」
「ならいい。
彼の気遣いに鼓動が反応する。然しすぐに灰色の
「明希人君の眼は今日もとってもきれいだね」
「夢叶は何時も
深緑色をした右眼と、藍色の左眼が彼女を映す。澄んだうつくしい色に春の陽射しが溶けた。
「何時見ても凛としてきれいだから。初めて会った日から変わらずにそう想ってるよ」
純粋な眼差しを受けた明希人の顔に、柔和な色が浮かぶ。そんな彼の表情は、
鼓膜に響いたやさしい温もりに、一点の黒が浮かぶ。それはじわりと明希人の腹部まで広がった。だがそんな内心とは裏腹に、彼女へ浮かべる
「ねえ見て。アキユメカップル今日も最高にキュンなんだけど」
「明希人君の笑顔って
「ほんと美男美女で憧れちゃう」
駅から大学へと続く道中にて、
「あの二人って何時から付き合ってるの?」
「大学一年の春だから、もう一年くらいかな」
「このまま結婚したりして。私も二人の結婚式にお呼ばれされたい」
然し、世間は平穏一色とはいかないもので——。
「
「他の男にも
「俺は
「
「ていうかあの二人ハーフなんだろ?」
「そうそう。日本と何処だっけ……フランス、イギリス、スウェーデンとか?」
数多行き交う声の中。聞こえているのかいないのか、当事者である二人は互いの顔を見ながら楽しそうに会話を続けている。
「来週の月曜、夢叶の好きな
「わ、嬉しい。明希人君と付き合って一年記念日だね。二年目はお料理を上達して、明希人君の好きなお
「ありがとう。でも無理はするな。俺は夢叶が
二年目という
「もう、何時も私が喜ぶことばかり言ってくれるね」
「俺の本心だ」
「でもお稲荷さんは私に頑張らせて? 明希人君に喜んで欲しいから」
「しょうがないな」
「ふふっ。ありがとう」
金色の眸が
明希人はふっと吐息をこぼすと、センター分けされている
そんな何気ない彼氏の仕草を夢叶がちらと覗き見た。男の薬指には銀の指輪が光っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます