怪しい『銀の玉』をよく調べたら愛の印でした
uribou
第1話
それは唐突に投下された情報だった。
「聖女殿が『銀の玉』に関与しているだと?」
憲兵庁舎の総監室で部下の報告に少々語気を強めてしまった。
『銀の玉』と通称されているものが王都で密かな人気となっていることを知る者は、かなりの情報通と言える。
一種の健康食か薬品の類だと考えられていたのだが。
『銀の玉』とはその名の通り、一摘まみほどの大きさの銀色の玉だ。
力をかければ容易に粉となる。
一部の魔法薬屋でしか売られていない割に意外と販売量が多いため取り沙汰され、捜査が入ったことがあった。
健康にいいという謳い文句の効果こそ不明だが、毒性はないと結論付けられたため、その後は放置されていた。
「関与とはどの程度のことだ?」
「不明です。聖女様が密かに例の魔法薬屋を訪れているという情報だけで」
「密かに、だと?」
聖女とはもちろん聖属性魔力を持つ癒し手の内、最高位の女性を指す。
陛下に並ぶ尊敬を集めている存在だ。
その聖女殿が『銀の玉』に関係している?
「ウィラード総監が気にされるほどですか?」
「お前だっておかしいと感じたから、今更『銀の玉』について話題にしたんだろう?」
「違うんです。たまたま例の店から、総監の奥さんが出てくるところを見たものですから」
「……何だと?」
エレナが魔法薬屋に何の用があるのだ?
「『銀の玉』は健康志向の御夫人に人気だそうですから」
「そう言われればそうだ。しかし……」
「総監は何がおかしいと感じたんです?」
「聖女殿が関わっていると聞いたからだ」
「……何もおかしく思えないのですけど?」
「聖女殿なら魔法で解決できるだろう。魔法薬の類を必要とする理由がない」
「あっ? で、では開発の方に関わっているのでは?」
「お前そんな話聞いたことあるか? 聖女殿が作り出した薬なら、そう宣伝した方が売れるに決まってるじゃないか」
「……おかしいですね?」
だから初めからおかしいと言っているじゃないか。
鈍いやつめ。
「聖女殿が『密かに』魔法薬屋を訪れているというのも変じゃないか。何故堂々と訪れない?」
「それは人が集まってしまって迷惑と考えたからじゃないですか?」
「怪しいことをしているのを悟られたくないからとも考えられる」
「総監は疑り深いですね」
でないと憲兵総監などという職務は務まらんのだ。
『銀の玉』については、以前から少々疑問には思っていた。
マダム層に人気の健康食か薬品ということだけが知られ、その他の情報が何も出てこないことに関して。
特に問題になっていなかったからスルーしていたが、間違いだったかもしれん。
俺の憲兵総監としてのカンが、未だ暴かれぬ秘密の危うさを察知しているのだ。
「どうします? 魔法薬屋にガサ入れしますか?」
「……いや、まだ警戒するだけに留めておけ。疑惑はあっても証拠がないからな。気取られぬよう、それとなく魔法薬屋と『銀の玉』について情報を集めろ。あと聖女殿に尾行を付けておけ」
「了解です」
俺は妻の話を聞いておくか。
◇
「なあエレナ」
「何ですか?」
用意していたセリフを切り出す。
「君、四日前に裏町を一人で歩いてたそうじゃないか」
目が泳いでいる。
動揺があるのは明らか。
「あら、よく御存じで」
「部下が見てたんだ。治安がいいとは言えない地区だぞ? 君に武術の心得があることは知っているが、感心しないな」
俺もプロだ。
こう言えば何らかの言い訳が出ることはわかっている。
「ごめんなさい。舞台を見た帰りだったのよ。つい行ったことがなかった場所だから興味があって」
「怪しい店もあるんだ」
「わかってます。気をつけますわ」
目を合わせて話したが、視線を上に逸らした。
何かを隠してる。
そしてやはり魔法薬屋の話は出ない。
疑惑は深まるが、俺はエレナを問い詰めるつもりはない。
まだ裏に隠れた事情を知ることができていないからだ。
この時点でエレナの信頼を失うべきではない。
何だかんだで妻を信用しているし、愛しているしな。
しかし同時に、何かあることも確信した。
エレナは悪いことだとは思っていないようだが、あくまで主観だ。
俺に話さない以上、やましいことはあるのだろう。
一体何だ?
まあいい、他の調査待ちだ。
◇
相変わらず『銀の玉』についてわかることは少ない。
二年ほど前から販売を始めた。
客は夫人か、もしくは数は少ないが令嬢のみ。
男性客はおそらくいない。
魔法薬屋の店主のおばば自身が作っている薬のようだ。
「全ては女性客か」
「ええ、女性捜査員を送り込みましたが、とぼけられて売ってもらえなかったようです」
魔法薬屋のおばばは予見の力を持っているとの不確定情報がある。
どうやら本当らしいな。
秘密を守れる者のみに販売ということか。
「一つの仮説があるんですが」
「聞こう」
「『銀の玉』とは媚薬の類なのではないかと」
男性に作用する媚薬の類とすると、十分にあり得る。
夫人と少数の令嬢が客という事実に合致する。
声高に媚薬を買ったなどと吹聴する者はいないから、秘密が守られる理由も頷ける。
しかし……。
「精神に作用する薬品はグレーゾーンだぞ? 麻薬の類は違法だしな」
「ええ。現在のところ問題は起きていないようですが」
「証拠がない。令状は取れんが……」
「任意で事情を聴取するのは構わないでしょう」
うむ、それが一番穏当だ。
一人の部下が飛び込んでくる。
「ウィラード総監、聖女様が目立たぬ格好で裏町に向かいます。おそらく魔法薬屋に行くものかと」
そうだ、聖女殿の件が解決していない。
どう関係しているんだ?
「魔法薬屋を事情聴取する。一人ついて来い」
◇
「事情をお聞かせ願いたいんですけれどもね」
来るのはわかっていたさというような顔をする魔法薬屋のおばばと、真っ赤な顔をして俯く聖女殿。
『銀の玉』が媚薬というのが本当なら、恥ずかしがるのはわかる。
聖女殿なら魅了の術くらい使えるのかもしれないが、禁術とされているしな。
『銀の玉』に頼る理由も説明できる、か。
おばばが言う。
「ま、切れ者と噂の憲兵総監閣下は、いずれ『銀の玉』に目をつけるだろうとは思っていたよ」
「お褒めに与かり光栄だ。少々来るのが遅過ぎたくらいかな?」
「いいや、早かろうが遅かろうが、あんたが考えているような危険はないからね」
随分と自信があるらしいな。
安全度が高いのか効果が弱いのか。
「全部話すよ。ただ内密に頼むよ」
「内密にするかどうかは俺の決めることだ」
「いいや、あんたは内密にするさ。一応頼んだという形式を取っただけさね」
見通すような言い方は気味が悪い。
聖女殿は相変わらず赤い顔でプルプルしているし。
「『銀の玉』は毛生え薬なのさ」
「「は?」」
「どうせ媚薬か何かを疑っていたんだろう」
くっくっと含み笑いをするおばば。
まったく気味が悪い。
しかし毛生え薬だと?
「聖女殿、確かですか?」
「……これを御覧ください」
聖女殿がカツラを取る。
ええ?
髪の毛がまだらだ。
「魔力は使い過ぎると障害があるんです。わたくしの場合は髪が抜けてしまって……」
そうだ、式典の大規模祝福、隣国との小競り合い、辺境での魔物退治と聖女殿の出番が続いていた。
「し、しかし聖女殿なら薬に頼らなくても髪を生やすことくらいは……」
「可能ではありますが、髪を生やすのは失った四肢を元に戻すくらいの大きな魔力を必要とするのです。それほどの魔力を私的に使うなんてとてもとても……」
聖女とは、言うなれば税金で魔力を購われている立場だ。
私的なことで大きな魔力は使えないというのは、清廉な聖女殿らしい至極もっともな理由だった。
聖女殿が弱々しく笑う。
「これでも大分生えてきたんです」
「……」
「『銀の玉』は無味無臭さ。粉にして食事に混ぜたら気付きゃしないね」
「……」
「まだ説明が必要かい? 貴族の奥様方が『銀の玉』を買い求めるのは、旦那を愛しているからさ」
少数ながら令嬢も買っていくのは、父親や若くして薄毛に悩む婚約者にということか。
本当なら事件性はない。
聖女殿の様子を見る限りウソとも思えない。
「ほら、『銀の玉』の正規品サンプルを提供するから、魔道成分検査にかけるといいよ。どうせ不正規入手品の検査しかしてないんだろう?」
「……すまんね」
「いいんだよ。あんたも仕事だろうからね。ただ、内密にしてくれって意味はわかったろう?」
「ああ、了承した」
もちろん『銀の玉』の正規品サンプルから怪しい成分が検出されなければだが。
「もう一つ質問がある」
「何だい?」
「女性に限って販売するのは何故だ?」
「アタシがロマンチストだからだねえ」
ロマンチストだと?
しわを深くしたおばばの表情は読みにくい。
「詳しく」
「言わぬが花って言葉があるねえ」
これ以上理由は話さぬつもりらしい。
察せよということか。
言わぬが花、『愛してる』という言葉だけじゃない。
あえて口にせぬからこそ重い、女性からの愛情を知れという意味だろう。
もっとも大量生産はできない薬だと思われる。
権力者にでも知られたら、さすがに売り渋るわけにはいかない。
イコール買い占めを防げず、女性に売る分がなくなってしまう。
これもまた女性達の間で秘密が守られている理由か。
「よくわかった」
「協力してくれるね?」
「もちろんだ。邪魔をしたな。聖女殿も御機嫌よう」
魔法薬屋を後にする。
「ねえ、総監。総監の奥さんが魔法薬屋から出てきたのって」
「言うな」
言わぬが花って言われたところだろうが、無粋な。
エレナと話していた時、視線を上にずらしていたのは……。
いやいや、言わぬが花、それが愛。
聞かぬが花、それも愛なのだ。
怪しい『銀の玉』をよく調べたら愛の印でした uribou @asobigokoro
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