19:ラーシアとの蜜月の日々…
「ナージャ。どう考えても、ここはお前の出番な気がするんだが……」
「そうですね。そのような事態なのでしたら、私だって黙って引き下がる訳にはいきません。ラーシア。協力させてください」
「いえ……残念ですが、それは難しいでしょう」
ナージャの心強い提案だが、ラーシアは難色を示した。
聞けば、事件が起こったのは三か月前。第十二隊長が最初に襲撃に会ったのだが、命は助かったものの、その傷は未だに癒えていない。そしてその13日後に、今度は第十隊長。命に別状はないが、第十二隊長と似たような傷を負っていた。その12日後に、第二隊長。11日後に日後に第五隊長。
何かのカウントダウンのように、徐々に襲撃するまでの期間が短くなっていき、いよいよラーシアの順番に迫った時……。
忽然と、襲撃は収まった。
それから今まで事件は発生していないのだという。
「ナージャ様。貴女から手紙が届いた日こそ、私が襲われる予定の日付でした」
このことから、犯人は明らかにナージャを避けている。
ナージャが滞在している限り、犯人は現れないだろうという推察だった。
そんな話を聞けば、俺もそう思う。
そして……。
「そして敵は、既に憲兵団の内部に潜り込んでいるということですか……」
「その通りです。ナージャ様が来られることを知る人物は私と団長以外おりません。ですが……手紙は私の私用倉庫に保管してありますが、なにぶん、団長も各隊長も不在の中、その管理はザルだったと言わざるを得ません……」
なるほど。つまり、憲兵団の内部の者は誰でも容疑者になりえるってことか。
これじゃあ動きがあるまではどうしようもない。だが、相手に動いて貰うには、ナージャの存在がむしろ邪魔となる……か。
「ナージャ様だけではありません。憲兵団内部に犯人がいたのなら、ルイジアナ様の力量もナージャ様と同等であることは、憲兵団の誰もが知るところではあります。なのでナージャ様と共に、ルイジアナ様も、素知らぬ顔で王都へ赴いてほしいのです」
「待ってくださいラーシア。それじゃあつまり、ダイアお兄様お一人を、こんな危険な場所に置いていけと言うんですか?」
「そうです。ですが、ダイア様はこれより常に、私の傍らにいて頂きますので、安全面についてはご安心下さい。寝食を共にして、徹底的にお守りします」
え?
「はあ!? 寝食って……ダメでしょう! お兄様と一緒に寝るというんですか!? 一緒のベッドで……!?」
ラーシアの突然の宣言に、ナージャは目を白黒させて狼狽した。
俺もまさか運命共同体みたいなことを提案されるとは思わず、ただ呆然と二人のやり取りを見ているしかできなかった。
「そっそれに! ラーシア、狙われているのは貴女なんですから、一緒にいては、それこそお兄様を危険に晒すこととなるじゃないですか!」
確かにそうだが、ラーシアもそんな返しは想定済み。
「だからこそです。ダイア様と共にいるタイミングで敵が現れることこそベストなんです」
憲兵団内部に敵が潜んでいるならば、敵を排除しない限り、この街に絶対的に安全な場所などない。そして、敵の排除には、俺の協力が不可欠である。……とのことだ。
「ダイア様は元冒険者。そのノウハウを活かして共闘できれば、きっと敵を打ち破ることができます。それに、これまでの敵の狙いは隊長格だけです。他の憲兵団員も手出しされていない状況で、非戦闘員である錬金術師を狙うとは考えにくいでしょう」
まあ希望的観測だが、言っていることは理解できる。
俺も冒険者として、それなりに場数も修羅場も経験してきている自負があるのもいいように利用された感じだな。
ナージャにこれ以上、危険だからやめろと言われても、ちょっとモヤるぞこれ……。
ナージャも俺の安いプライドを察して、ぐぬぬと言葉を選びあぐねている状況だった。
俺も嫌だと言える状況じゃない。ナージャたちと王都へ行きたいし楽しみでもあったが、ラーシアを見捨てるわけにはいかない。優先順位は、こちらの方が上だ。
もっとも、寝食を共に。の部分は、ちょっと再考の余地はあるが……。
「うぐぐ……ですが……せっかくお兄様と一緒に……私情ですが、しかし……寝食を共に……」
ナージャがぶつぶつと言葉を選んで、いまだに選択肢が定まらない。
ナージャも俺と王都へ向かう旅路を楽しみにしてくれていたことがわかって、嬉しい限りだよ。
だけどこればっかりは……。
「あ、閃いた」
「へ?」
「ダイア様、何か、妙案でもあるのでしょうか?」
あるある。ラーシアの意向も、ナージャと俺の旅路も、まるっと保証できる策を思いついたぞ。
策というか、うん、まあ……要は、敵は【神器】使いと相対したくない。ということは、憲兵団で【神器】使いがいれば、それでもう抑止力になり得るということだろう。
だから、【神器】を一つ置いていけばいいだけじゃん。
「ほい。ラーシア。この刀、お前にやる」
「は? ……はいいいいいいいいい!?」
ラーシアの絶叫と共に、この問題は、あっさりと解決したのだった。
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