10:君の名は
「……いい加減にしてよね」
ラーシアからの詰問じみた問いかけに言葉を詰まらせていると、これまで口を閉ざしていたアナが、冷めた口調で一言呟く。
振り向けば、目が座り、いつもの無邪気で笑顔なアナからは考えられないほどの無表情。だが、その顔のすぐ下には、とてつもない怒りの感情が見え透いてしまっている。
だから怖い。
みんな冷や汗をかいている。
「まるでダイアお兄ちゃんを悪者みたいにさ。ひどいよ……。お兄ちゃんはただの錬金術師だよ。お兄ちゃんが錬金術で仕上げた武器がめちゃくちゃ凄いのは確かだけど、それを誰がどう使おうなんて、お兄ちゃんが知るはずもないじゃん!」
……おお。た、確かに、その通りだぞ?
俺はなぜか、詰められて、もしかしたら俺、何か悪いことでもしちゃったのかなって、気持ちが落ち込んではいたのだが、アナの言うことが正論すぎて、すっかり俺も悪気が全くなくなった。
そうだよ。例え犯罪者が武器を持って犯行に及んだところで、武器や職人が悪いわけじゃない。
悪いのは犯人だ。
「それにダイアお兄ちゃんが造った武器の半数は国が管理できてるんでしょ? だったらそれは有益に使えてるはずじゃん! お兄ちゃんは今現在しっかり貢献してるんじゃん! いつ起きるのかもわからない最悪の事態を想定して責めるのはおかしいよ! ひどいよ!」
だんだんと熱がこもった説教は、アナの目に大きな雫を作っていた。
それはたちまち、表面張力なんて意味をなさず、ぽろぽろと彼女の目から絶えず溢れてくる。
アナ……俺のために、泣いてくれるのか。
なんていい子なんだ……。
これにはラーシアもすっかり毒気を抜かれてしまい、泣きじゃくるアナを、どうあやせばいいのか、オロオロして……とりあえず、事務の子にもう一杯カフェラテを作って持ってこさせていた。
「申し訳ありません。責めるつもりはなかったのですが、大変、不快な思いをさせてしまいました。ルイジアナ様。ダイア様。数々の非礼をお許しください」
「あ、お、お部屋の準備も完了しております。お風呂の用意も出来ておりますので、お二人とも、長旅の疲れをお癒し下さい……」
ラーシアと共に頭を下げた事務の子が、とりあえずこの場を収めようと、俺たちを部屋に案内してくれた。うん、きちんと二部屋設けてあって、そこは安心だ。
アナもカフェラテのおかわりも飲んで、一先ず落ち着きを取り戻し、部屋に着くまでには、もうお風呂への期待を膨らませてウキウキになっていた。
俺はというと、なんだかすっかり疲れてしまったので、夕食時間に起こされるまで、ベッドで爆睡してしまっていたのだった。
しかし、一週間も、この街で、何もすることなくだらだら過ごすことになるのだろうか。
それは、暇だな……。
ナージャ、早くこないかな。
—―翌日。
ふかふかのベッドが寝心地良すぎて、昼過ぎに起床。
食堂でタダ飯を済ませて、姿の見えないアナを探しがてら、基地内を散歩することにした。
「やぁっ! はっ! それーっ!」
アナのよく通る声は、練兵場から響いているようだった。
そういえば、訓練に付き合うことも条件だったな。と思いつつ、俺はその場を後にする。
俺だって【防人の黒刀】を使えば訓練の相手をしてやれるだろうが、まさか錬金術師に指導願いたい奴なんていないだろうしな。
俺は雑務でも探すか……。
そんな言い訳を頭の中でしながらまたしばらく歩くと、今度は、レンガ造りの建物を発見。
その建物の隙間から漏れ出す、見慣れた光に、ついつい引き寄せられてしまった。
あれは錬金術の錬成光だ。稲妻のように現れる。
「おじゃまします」
ドアを開け、中を覗くと、ロングソードを高々と掲げ、自信満々に出来栄えを確認する男がいた。
そして男は、近くでそれを見ていた憲兵に、唐突にロングソードを投げ渡した。いや危なっ!
「うわっ!」
「はい、いっちょあがり! ん-、我ながら完璧な【
「へ? いや、訓練用の剣なので【
「は? おま、俺の錬金術が気に入らないってわけ?」
「え、いや……その……」
憲兵と錬金術師が何やら言い争っている。
錬金術師は職人気質が多いからな。こだわりが暴走してしまうことがままある。
それにしても、憲兵の押しが弱いな。錬金術師とて、軍の階級的に上官であったりするのかもしれない。
軍隊は上下関係が厳しい世界だもんな。仕方がない。
「おい! 気に入らないのかと聞いている!」
これまた唐突に、今度は錬金術師は憲兵を殴りにかかった。
俺は何を見せられているんだ。
いやさすがに、あんな理不尽な場面を見過ごせるか。
「やめろ、何やってるんだ」
大きな声で、部外者がおりますよとアピール。
狙い通り、野蛮な錬金術師は怪訝な顔で俺を見てきた。
怪訝な顔は、殴られかけた憲兵も同様だが……。
「はぁ? 誰だよお前」
「護衛騎士ナージャより招待され、憲兵団第三隊長ラーシアの権限において、この基地内を自由に使ってよいとされている……一般人だ!」
二人の怪訝な表情が、さらに強まった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます