3:実家の安心感は異常
六年ぶりに実家の敷居を跨ぐと、出ていったあの頃と何も変わらな過ぎて、笑ってしまった。
台所のテーブルに座り、母さんが地下の冷蔵室から、瓶に入った水出しの麦茶を持ってきてくれたので、それをすすって、一息ついた。
対面に母さんが座って……六年ぶりの再会だというのに、はぁ。とため息をついて、頬杖をついているのは悲しい。
「……それで、どうだったの?」
「え?」
ぽつりと母さんが呟くように尋ねるので、答えに詰まった。
怒ったように俺をジロリと見て、再度、今度は口調を強くして同じように聞いてくる。
「冒険者になったんでしょ。生活には困ってなかった?」
「あ、ああ。……まあ、今までは一応、何とかやってけたよ」
「そ。ぜんぜん便りも寄越さないものだから、死んだかと思ってたわ」
「あ……ご、ごめん……」
このやり取りで、ようやく、母さんの怒りの真相がわかってきた。
俺から連絡がないから、単純に、心配してたんだ。
そうだよな、うっかりしていた。
ここはモンスターが蔓延る異世界で、人々は常に、死と隣り合わせの生活を余儀なくされているのだ。
それが冒険者なら、なおのこと最前線にいる。死亡率は跳ね上がる。
便りが無いのは元気な証拠とは、平和ボケした日本でのみ通用することわざだ。
うっかり、前世の価値基準で物事を判断していたが、この世界で連絡が取れなくなるということは、あっちの世界でいうところの、災害時に安否の確認ができないのと同義。
生死不明で六年もたてば、ほぼほぼ死んだものと見て妥当だろう。
俺は心底謝罪した。
それから、旅立った時から、今までの話を、かいつまんで話をした。
母さんはそれをうんうん頷きながら聞いてくれた。
それで、仲間に裏切られ、今、この状況。
そこまで聞いて、母さんは一言、労った。
「がんばったわね」
……内ももをつねって、涙が溢れるのを必死に堪えた。
「じゃあ、次はこっちが話をする番ね。まずはこれを見てちょうだい」
「え……なに、これ」
母さんが一振りの剣を取り出してテーブルの上に乗せた瞬間、その異様さに気が付いた。
……かなり複雑な錬成陣が、何重にも編み込まれている。
いやそれもそうだが、剣自体も、かなり独特な形を成しているな。
黒塗りの鞘に収まっているが、その刀身は弓のように緩やかな弧を描き、だいたい、刃渡りは俺の腕よりもやや長い。
そして似たような長さのロングソードと比べて見ても、刃幅が狭い。かといって、レイピアほど細すぎたりもしない。形状からして片刃だろう。
こんな異様な剣に、異様なまでに張り巡らされた錬成陣。
よくわからないくらい凄い剣であることは間違いないが……。
これを、どうしろと?
「抜いてもいい?」
母さんが頷くのを確認して、ゆっくりと鞘から引き抜く。心地よい鞘走りの音色が、職人としての期待をより膨らませた。
刀身も黒いんだな……。そしてやはり、片刃だったか。刃に当たる部分は銀色に鈍く輝き、指を少し触れただけでも、そのまま切り落とされそうだ。
うん。
やっぱ日本刀じゃねえかこれ。
なんでこっちの世界に日本刀があるんだ。
長年冒険者やってきて、いろんな人のいろんな武器を見てきたが、まず片刃剣を使ってる人自体が一人もいない。この世界に、すくなくともこの国に、刀を使う文化と剣術は存在しない。
「これはね、ダイア。お前が【アップデート】した武器の成れの果てよ」
「へ!?」
素っ頓狂な声が出た。いや俺、日本刀に錬金術使用したことないです。
否定するも、返ってくるのは母さんの肯定意見と、嘆息だけだった。
「こんな意味わかんない錬金術なんて、私は教えた覚えないんだけどね。でもこれは、正真正銘、お前が【アップデート】した武器よ。もともとは、どこにでもあるロングソードだったと思うんだけどね。なんか使ってるうちに、どんどんパワーアップしていって、最終的にこの形に進化したわ」
「け、剣が……進化した?」
いったい母さんは何を言っているのだ。
剣は進化しない。使用するたびにどんどん強くなっていくなんて、そんな錬金術も、聞いたことがない。
それを俺が作ったというのだから、意味が分からない。
「いやあ……信じられないな」
だってもしそうなら、俺が冒険者として過ごしてきた六年間はどうなる。
冒険者時代は、この頃以上に錬金術を行使しまくっていた。
仲間の武器を【アップデート】し、壊れた傍からどんどん錬金術を行使し続けてきた。
習作がここまで進化するっていうなら、今頃、ホーデスら『ライオネルハーツ』の武器なんて、神器レベルで最強になってなきゃおかしいだろ。
……俺がパーティーをクビになった理由の一つが、毎度毎度、錬金術で武器の【
勝手に成長して進化してくれるなら、そうはなっていなかったはずだ。
母さんが嘘をつく必要性なんてないんだが、どうしたって信じられない。
これまでの経験があるからこそ、話が全く繋がってこない。
「これ、お父さんが使ってたのよ。ダイア、出ていく前に、【アップデート】してあげたでしょう。それをずっと大事に使っていてね……。そしたら、だんだんと、姿形を変えていったの。私自身、現に形態変化を見ているんだもの。誰かのすり替えだったり、思い違いはありえないわね」
まあ、平凡なロングソードとこの業物をこっそり交換する酔狂なんて、世界中を探したっていやしないだろうけど。
あとこの村に隠された日本刀が前々からあった。なんてことも考えにくい。
話を飲み込めないまま、だんだんと整合性がとられていく。
「……あれ、そういえば、父さんは? この武器、使ってるんだろ? でも今の時間って、まだ周辺警備の時間じゃ……」
これを父さんの武器だというなら、なんで仕事中の父さんをさしおいて。これがここにあるんだ?
……父さんは?
「ええ、『形変わるの気持ち悪い』って言って普通の錬金術がかかってないロングソードに持ち直してるわよ」
「そうですか」
息子の贈り物を気持ち悪いで封印するの、流石父さん!
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