2:故郷でひと悶着

 結論から言おう。

 あいつら、ただのクズだった。


 酒場で聞き込みを少ししただけで、出るわ出るわ。……俺への悪態。愚痴の数々。誹謗中傷。

 ここ最近は特にヒートアップしていたようで、「次、ヘマしたら、パーティーから追い出してやる!」なんて息巻いていたようだ。

 いやヘマしてねえけど……。


 許せないのは、俺の錬金術がトロいだとか出来損ないだとか、あんな錬金術師と組めるのは俺たちくらいだろうと喧伝していたってことだ。この話も、他の冒険者たちはギャハギャハ笑って教えてくれたよ。


「ま、そういうことだ。あんなに言いふらされちゃ、このギルドでお前と組みたがる奴はいねえぜ。もう冒険者はあきらめな」


 別に単独ソロ冒険者なんて珍しくない。だが、錬金術師なんて裏方が単独ソロで冒険だなんて、無理がある。マジで俺の冒険者稼業は廃業という形で終わりを迎えていた。




「……帰るか。故郷に」


 六年……。村を飛び出して、もうそんなに経ったか。

 転生バフの乗っかっていた俺は、村の人たちからすれば、天才少年に映っていただろう。しかし都会に出してみれば、井の中の蛙だったことに気付かされて、泣く泣く出戻ってきた哀れなピエロってか……。


 生前の記憶があって、それも異世界に転生したってなもんだから、ついつい自分は世界を股にかけるような特別な存在なのだろうと、思い込んでいた。……今、ようやく、夢から覚めたよ。

 母さんの店を継いで、村の錬金屋さんとして、細々と平穏に暮らすのが俺には合っていたんだろうな。

 最初の頃は笑われるだろうが、それも時間が解決してくれるだろう。

 

 それにしても、なんだってあいつらは、俺をあそこまで嫌悪するようになったっていうんだ。

 ……いや、もはや関係ない。


 帰ろう。故郷へ。リーベ村へ――。




 ――手土産を持って、運搬用のロバを引いて歩いて帰る。疲れたらたまに乗る。


 五日程度で、村に着いた。

 なんというか……のどかだなあ。


 青々した平原と、山と、川。それしかない。

 まあ、開けた土地柄、モンスターも出やすい。なので自営のためにも誰もが剣を習っていて、子供は遊びで狩りに出るくらいだ。食べ物に困ったことはなかったな。


 この土地はいい鉄が取れないため、鍛冶屋はない。そのため、武器を修理したり、付属効果を宿すためにも、錬金術師は重宝されていた。

 なので出戻り組の俺だって、一応、この村の基準で言えば、なくてはならない存在というわけだ。


「おや、あんた……。ダイアかい?」


 村に入ってすぐに、商店のおばさんが俺に気付いて声をかけてきた。

 返事を待たずに、再び大声で驚きの声を上げる。


「やっぱり! あんたダイアだね! ウォルフさんとこのダイア坊や! 『灰色髪のシンダーダイア』だね!?」


「なに!? あのダイアが!? どれどれ!」


「ダイアちゃんが帰ってきたですって!?」


「あの生意気ダイアか! 今まで連絡もないかと思えば、急に帰ってきただとぉ!?」


 なんだなんだと皆がぞろぞろ集まってくる。小さい村だ。すぐに人だかりができてしまった。

 俺のことなんて知らんだろう子供たちまで、なんだか楽しそうな遊びだと勘違いして、ニコニコとやってくる始末だ。

 ……今この場を、笑ってやり過ごすこともできるだろうが、そんなのすぐに見抜かれる。恥をかくのを後回しに慕って仕方がない。

 これだけ人が集まったいい機会だ。正直に、全てを話そう。


「まあ、冒険者やってたんだけど、仲間に愛想尽かされちゃってね。のこのこと、出戻ってきちゃいました……ははは……」


 そんな事実を突きつけると、村人たちは急にしんと静まり返ってしまった。

 何を言っているのかわからない。そんな表情だ。

 この人たちは、それほどまでに俺の成功を信じて疑わなかったのだと思った。転生ブーストでイキってただけの俺を、本当の天才だと勘違いしてしまっていた。俺はすっかり、落胆させてしまったわけだ。


 申し訳なさに拍車がかかる。

 言わなきゃよかったと自己嫌悪。

 いたたまれなくなって、走り去りたいが、あいにく、こうも囲まれちゃ逃げ出せない。子供たちを押し退けて怪我でもさせちゃすっかり悪者だもんな。


「なあ、ダイア坊や。あんた、何言ってんだい? だってあんたの錬金術は……」


「……」


 ぽかんと開けた口から、ハテナのついた言葉ばかり紡ぐおばさんに、何も言えずにいると、急に村の中から怒声が溢れ出した。

 口調強く罵るような男の声。村人同士じゃ絶対に使わない乱暴な言葉だ。


「あれ、なんだ? なんか揉めてるみたいだけど……」


 とっさに話を逸らすと、おばさんはふうとため息を吐いて答えてくれた。


「ああ、きっとまたあの武器屋だ。毎度毎度、懲りないねえ」


「武器屋? この村に?」


「ああ、行商人さね。といっても、そいつから武器を買う奴ぁいないよ。ウォルフさんがあつらえてくれる得物の方が、ずっと上等なものだからね」


「へえ、でも、誰も買ってくれないからって荒れるのは筋違いだろ。俺、ちょっと行ってくるよ」


「ああ、ちょっと待ちな!」


「大丈夫。これでも、元冒険者だ。厄介者を追っ払うくらいできるさ」


 まあ、皆に囲まれた現状を打破したかったってのが一番の理由だけどな。村の皆には悪いが、今は問題ごとを連れてきてくれた武器商人に感謝してる。

 駆けつけると、馬車を引く男が、村の女性を問い詰めている現場が目に留まった。


 男の方が武器商人だな。いかにも押し売りしそうな、ガラの悪い恰好をしている。

 対する女性は、普通の中年主婦って感じの後ろ姿しか見えないが……。


 すぐに誰だかわかった。

 てか、母さんじゃねえか……。


「だーかーらァ! 何度も言ってんだろ! あんたの錬金術を仕込んだ武器を俺が買い取ってやるってよ!」


「だから、ご遠慮いたしますと、何度も申し上げております。……このやり取り、あと何度すれば気が済むおつもり?」


「あんたが売ってくれるまでよ! むしろ、なんだってそんな、最高の錬金術を持ってるというのに、その力を世のため人のために使おうとは思わないんだ!? 俺にはそれが不思議でならねぇ!」


 いくら怒鳴られても、母さんは少しも動じない。

 というか、押し売りじゃなくて、押し買い……? どうも俺の母さんが錬金術で【アップデート】した武器が、武器商人のお眼鏡にかなったようで、しつこく営業をかけられているようだ。


 前々から肝の据わった母さんだが、相手は大量の武器を背にしたコワモテだ。対して母さんは丸腰。よく堂々と佇めると、我が母親ながら感心する。

 おっと、感心ばかりしてる場合じゃない。俺の母さんは、俺が助けないとな。


「おい、あんた。何してんだ」


「あぁ? なんだよ、冒険者くずれみたいな恰好しやがって。文句あんのか? 商売の邪魔をしないでくれよ」


 冒険者くずれだなんて、的確な悪口にちょっと傷つく……。

 だけど負けじと言葉を返すのだ。


「母さんに用があるなら、まず俺から話をつけろと言ってるんだ。なんなら、冒険者くずれと力比べでもするか?」


 俺が剣を抜くと、武器屋の男は冷や汗をかいて固まった。

 怒ったようなコワモテ顔はそのままに、その表情に焦燥感が現れる。


「はーっ! やだね、この村の奴らは本当に野蛮だもんだ! 二言目も待たずにすぐ剣を抜きやがる! わかったよ! 今日のところは帰ってやるよ!」


「そうしてくれ。あとできれば、二度とくんなよ」


「いーや、諦めねえぞ! 必ずこの村の錬金術で仕上げた武器を買い取らせてもらうからな!」


 分が悪いと踏んだようで、男は捨て台詞を残して立ち去って行った。また来たって同じだろうに。懲りないもんだ。


「……ダイア?」


 男がいなくなるのを見届けていると、背後から、さっきまで強気に対応していた母さんが、俺の背中に話しかけてきた。

 男を見届けていたのは、母さんと対面するのが気恥ずかしいからだ。

 だけど、そうも言ってられない。呼ばれてしまったら、返事を返さなきゃな……。


「ん……、ただいま。母さん」


 ばつが悪くて、頭を掻きながら振り返ると……その表情に、ぎょっとする。

 武器商人の対応をしていたさっきよりも、はるかに、不機嫌そうなんだが……?


「ダイア……よくもまぁ今頃、ヌケヌケと帰ってこれたね……!」


「え? か、母さん?」


 なんでそんな怖い雰囲気を醸し出してらっしゃるのやら、見当もつかない。

 頼むから「出ていけ!」なんて言うのはやめてくれよ? こっちはただでさえ、仲間からクビ切られて、意気消沈してんだから……。

 逃げ帰ってきた、安寧の地だと思っていた場所でもそんなことになったら、俺は……。


 泣くぞ?


「本当にお前、とんでもない置き土産を残していってくれたね! お前が【アップデート】した武器が今、とんでもないことになってるんだよ!」


 俺の置き土産……?

 錬金術師として冒険者でやっていくために、確かに練習でいろいろいじくった武器はあるが……。


「え、あの習作がどうしたって?」


「あんなとてつもない武器、今じゃ【神器】なんて呼ばれて、この村出身の冒険者がみんなお前の【アップデート】した武器を使って活躍してるの、本当に知らないのかい!? Sランク冒険者だったり、聖騎士の隊長だったり、王女様の護衛騎士なんてやってるんだよ!」


 は?

 なんのはなし?

 全く理解が追い付かない。

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