死してなお、君を想ふ ~ 下丸子心霊ウォーズ

南木 憂

コメディver.

▼コメディ版


 ガタガタッ――ごとんっ。

 今日もまた始まった。お父さんが亡くなって、遺してくれたこのマンションに引っ越して来てから毎晩おかしい。

 部屋の小物が揺れたり、話し声の様なものが聞こえたりしてくる。最初はアグレッシブな隣人がいるものだと思っていたが、お母さんが言うには「封子の周りの部屋はまだ買い手がついてないわよ~」とのことだ。

 つまり、これは私の幻聴か幻視だ。最近、合コン三昧であるにも関わらず、一人でこの広い部屋に何の収穫もなく帰ってくるからドッと疲れが出ているのかもしれない。そう思っていつも無理矢理眠った。



*   *



「それ、ラップ音とかポルターガイストってヤツじゃない?」


 ある日のこと、大学の友人でいつも合コンのセッティングをしてくれるチカに相談すると、そう返ってきた。


「いや、まさかぁ」


 確かにお母さんは霊感があるとかないとか言っていたのを覚えている。


『お父さんはいつも側にいてくれるから寂しくないわ~』


 お父さんが亡くなった時も、笑顔だった。その時は強がりかと思ったが、お父さんがお母さんの守護霊みたいなものになっていたんなら寂しくなんてないだろう。

 そのことをチカに伝えてみる。


「死んでも一緒だなんて素敵~!」

「そうかな? お父さん、ずっと心配性だったんだよね。娘としては鬱陶しいっていうか」

「愛情じゃん」

「そうかなぁ」

「もしかして夜にそういう霊現象があるのって、封子のお父さんが会いに来てるんじゃない?」

「お父さん、悪霊化してるじゃん……」


 心配性でお母さん大好きで私にもうざったいくらいベタベタしていたお父さんのことだから、地縛霊になっていてもおかしくない。ただ、家の中に出るのはやめていただきたい。私が部屋で彼氏と良い感じになったらどうするんだ。




「うーん……んん……」


 夜うるさいのはお父さんと無理矢理自分を納得させて寝ていたが、流石に我慢ならない。


「うるさい!」


 そう一人の部屋で怒ったりもした。その時は静かになったので寝付けたが、毎夜毎夜そうする気力もなかった。


 寝不足でヘロヘロの私はチカに泣きつく。


「チカ、もう無理~」

「まだポルターガイスト続いてんの?」

「うん」

「じゃあ、心霊相談でも受けてみたら?」

「そんなのあるの?」

「調べたらあるんじゃない?」

「そんな適当な……」


 その場でスマートフォンを使って検索すると、オンライン心霊相談というものが出てきた。チカに有った! と報告したが、チカは興味なさげに次の合コンのセッティングをしていた。


「ちょっとチカ!」

「んー? 見つかってよかったね。今度は運命のイケメン探そ? 週末でいいよね?」

「良いけどさぁ。チカ、顔だけで男選び過ぎ」

「将来性とか言って卒業後の年収しか考えない封子よりマシですぅ」


 それの何が悪いのか。将来性のない男だなんて、生活レベル落とさなくちゃだし絶対嫌だ。年収高い男なんてすぐ女見つけて結婚するから、今のうちに唾つけとかないとダメだし。同い年は就活が始まった頃だから、今が丁度良い。


「じゃ、封子、あたし帰るわ。また今度、心霊相談の結果教えて」

「わかった」

「あと週末はイケメン譲ってね~」

「それは考えとく」

「おいおい、将来性もイケメンも欲しがるなんて欲張りだなぁ」


 そう言うとチカはヒラヒラと手を振って行ってしまう。私はレポートを書くやる気を無くして、ぐぐっと背中を伸ばした。

 ふと、あの子のことを思い出す。


「そういえば聖司くん、今何してんのかな……」


 聖司くんは昔好きだった男の子だ。


(将来有望なイケメンになってたりしないかな? もう一度会いたいな……)


 その願いは、遠からず叶うことになる――。



 *   *



 オンラインの心霊相談では、部屋に取り憑いた霊は強力ながらも悪いモノでは無いらしいと言われた。それなら別にいっか。耳栓でもして眠れば良いし。

 そう思って、私は意気揚々と合コンに向かう。話のネタが出来たと思えば良い。そのまま良い感じの男をお持ち帰りできたりして――。


「封子、男に見せちゃいけない顔してる」

「えっ?」

「鼻の下伸びてる」

「やばっ」


 チカに言われて慌てて表情を作り直す。できるだけ女の子らしく。


「好きなタイプは面白い人かなぁー。一緒にいて楽しい人がいいな」

「俺、封子ちゃんと話してると楽しいよ」

「私も」

「ね、封子ちゃんって一人暮らし?」

「……うん。うん……?」


 良い感じだったのに、煙たさにアレ? と思って厨房を見る。すると、真っ赤に燃える炎が見えた。


「わっ。火事!」

「封子ちゃん、逃げよう!」


 そう言って手を握って店から連れ出してくれた彼。ドキドキが止まらなくて、その場でデートの約束をした。こういう頼りになる人も悪くない。

 と思っていたのに、彼はあろうことかデートの日に両足が攣って動けなくなってしまった。思ったより頼りにはならなかった。


(やっぱり霊のせいなのかなぁ。お父さん、もし地縛霊だったら娘を守ってよぉ)


 その後、私はバイト代を注ぎ込んで除霊キットを購入した。お父さんにもダメージを与えてしまうかもしれないが、やむなし。娘の幸せのために犠牲になって貰おう。

 私は届いた除霊キットを早速使う。


「うーん……ぅ、う、うるさーい!」


 その夜から、さらに酷くなる心霊現象。人の気配が多くなり、話し声は怒鳴り声になる。私は除霊キットの説明書を読み直す。


「――は?」


 そこで初めて気がついた。届いたのは降霊キットだったのだ。


(最悪)


 私はせめて霊をぶん殴ってやろうとキットに同梱されていた心霊メガネを掛けてみる。すると部屋で暴れている二人の姿が見えてきた。

 お父さんと、どこか見覚えのあるイケメンだった。


「えっ……お父さん!? ……と、まさか聖司くん!?」

「封子!」

「フウちゃん!」


 驚いた。聖司くん、めちゃくちゃイケメンじゃん。ラッキー! でもなんでここにいるんだろう。まさか――。




【回想】


「地獄の沙汰も金次第!」


 大企業の役員まで上り詰めた鬼平は、金にガメつい男だった。そう、金の亡者である。

 鬼平は亡者になろうかという時に、金をどうにかに持ち込もうと思案した。そして財産の殆どを地獄に持ち込む事に成功。天国行きでなかったのは、彼が今まで金のために様々な人間を貶めてきたからだ。

 その持ち前の精神力の強さで、鬼平は地獄でイノベーションを起こして獄卒を束ねる立場に成り上がる。なろう系もびっくりのチートスキル・商才ゼニゲバである。

 地獄のトップまで上り詰めた鬼平は、その職権を乱用して封子の生活を見守っていた。


「寄り付く男は、全て祟る」


 一方、聖司は天国にいた。


「フウちゃんの事は僕が守る!」


 幼い頃に封子との結婚を誓った幼馴染みである聖司は、親の都合で引っ越した後で事故に遭い他界してしまった。

 彼は持ち前の純粋さと曇り無き愛の心で、天使長にまで出世していた。


【回想おわり】




 そこまで聞いて、私は頭を抱えた。


「やっぱ聖司くん、死んでんじゃん!」


 失意の私を差し置いて、二人は迷惑行為を繰り返している。おい、私のお気に入りのリップ投げんなバカ。

 両者の壮絶な戦いは次第に取っ組み合いに発展する。


「魂まで砕けろ小童こわっぱ! 獄王拳! 龍咬轢殺掌ドラゴンバイツ・フィンガー!」

「滅せよ老害。ナメクジのように溶けて無くなれ! 神聖! 極光斬破ディバイン・オーロラ・スラッシャー!」

「何が天使だ! 言葉遣い悪いぞ!」


 アイアンクローとチョップだった。それを見て頭に血が上る。この時の私は知らなかったが、私には母親譲りの特別な力があるらしい。よって、地獄の王と天使長の争いに巻き込まれても怪我一つなかったという。


「二人共帰れ! 浄化ノパリフィケーション・ラリアット!!!」


 私のダブルラリアットが二人に炸裂する。腕がジンジンと痛むが、大人しくなった二人に満足して私はベッドに戻る。


 その時、ビリビリと霊圧を感じ、肌が粟立った。


「――何、今の」

「三味線にされ続けた三毛猫の怨霊が下町に復活したんだ」


(は? 何だって?)


「こいつは手強い。オレも年貢の納め時かな」

「もうこの部屋へは、戻れないかも知れません」


 死を覚悟したかのようなセリフで、怨霊に挑みに行く二人。いや、ハリウッド映画かよ。二人して成仏してこい。

 私はベッドに仰向けになって溜め息を吐く。


「聖司くん、イケメンだったのに勿体ないなぁ」


 その時、スマホの通知音が鳴った。相手はチカだ。


「え、今度の相手は弁護士の卵!? もうチカってば最高~!」


 週末ら今度こそ必勝! と意気込んで私は合コンへ向かう。

 そこで楽しく話していると、三毛猫だの怨霊だのの霊圧が消えた。


(まさか――)


 お父さんと聖司くんは、筆舌に尽くしがたいバトルの末、怨霊を打ち破ったのだ。私はそんな二人を迎撃するために両腕に力を溜めた。


「今度こそ成仏しなさーい!!! 浄化ノパリフィケーション・ラリアット!!!!!」


 悲しいことに、まだ騒音と合コンで負ける悪夢は続くらしい。

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