ひそやかな夜

イチカ

1

 目が覚めると、またひどく汗をかいていた。真冬なのに、と思う。寒いから毛布にくるまって寝るのに。なぜか起きると汗をかいている。

 友人Aにその話をしたら、毛布にくるまって寝るからだろう、と言われた。

「いや、毛布使わなかったら寒いじゃないか」

「でも汗をかくんだろ?」

「かくけど」

「じゃあおまえの体は寒がってないんだよ」

「いや……体感温度はちゃんと低いんだよ」

「わがままだなぁおまえの体は。ちゃんと教育しろよ」

「これ、しつけでどうにかなる問題には思えないよ」

「おまえがそんなだから、体がつけあがるんだ」

「…………」


 友人Bに話した時はいくらかマシだった。

「それは変な話だな。ちょっと調べてみるよ」

 そう言って彼は手元のスマートフォンを操作した。

「えっと。それは自律神経がやられているみたいだな」

「自律神経。ふむ。まぁ、確かにそんな感じはするなぁ」

「秋口に、しばらく原因不明の微熱にやられたりもしてただろう?」

「うん」

「あれも自律神経の乱れっぽいよな」

「うん。……それって、対処法あるのかな?」

「ちょっと待てよ。それも調べてみるから」

「……」

「うーん。“なるべくストレスをためない生活を送りましょう”」

「……あのさ、それって」

「それができたら苦労しないよな」

「そう、それだよ……」


 結局どうしようもないのだった。僕は今夜も汗をかき、変な時間に目が覚める。

 体が気持ち悪くて、汗を拭くために僕はベッドを出た。ちょうど電話が鳴り出してびくりとした。

 はっきりとは分からないけれど体感的に今は真夜中のはずで、そんな時間にかけてくるのは彼女だけだ。

「もしもし」

『こんばんは』

「はい、こんばんは」

『起きてたの』

「うん。あ、いや、寝てたけど」

『どっち』

 彼女は少し笑っているようだった。

「えっと。うん。まぁ起きてたかな」

『そっか』

「うん」

『……』

「……」

『……散歩に、行かない?』

「こんな時間に?」

『こんな時間に』

「今、何時?」

『知らないの?』

 彼女は、また少し笑いを含んだ声で言った。

「僕の部屋に時計はないから」

『それでどうやって生活してるの? あ、スマホか』

「そうそう。それを僕は今、耳に当てている」

『……今、3時』

「3時か。いいよ」

『え、何が?』

「散歩」

『3時なのに』

「うん」

『ありがとう』

「ううん」

『あなたのアパートを出て左に行って、4本目の街灯のところにいるから』

「もういるの?」

『ううん、まだ家。えーっと。どうしようかな』

「どうしようか」

『時間決めてもらってもいい?』

「じゃあ、そうだな。今から15分後くらいに、そこにいるよ」

『分かった。じゃあ15分後に』

「うん」


 4本目の街灯って、どこだろう。そもそも街灯の位置なんて、あまり気に留めたことがないような気がする。彼女はいつの間に数えたのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る