異世界人骨生物群集
朝霧
プロローグ
「よう兄弟。邪魔するぜ」
わたしを俵担ぎしている少年はその部屋のドアをぶち破る勢いで開いた後、そう言って笑ったようだった。
「あいった!!?」
突然の衝撃に間抜けな声をあげていた、どうも随分とぞんざいに床の上に放られたようだった。
涙で歪んだ視界を凝らして状況を確認する、自分が強制連行されてきたのは、どうやらどこかの病院の病室であるようだった。
異世界でも病室ってこんな感じなんだな、本当にここが病室かわからんけど。
病室は広いけど、ベッドは一つだけしか置かれていないようだった。
これだけ広い部屋なのになんだってそんなふうになっているのだろうか、異世界だからだろうか。
そんな呑気な感想は、ベッドに腰掛けている人物の顔を見て消滅した。
その人物は自分をさっきまで俵担ぎにしていた少年によく似た少年だった、おそらくは兄弟なのだろう。
しかし俵担ぎの少年とは違ってその顔に表情の類は一切ない、無表情というよりも、これは……
「ひっ……ひぃ……!!」
思わず悲鳴を上げていた。
だって怖かった、死んでいるように見えたから。
目には一切の光がない、表情も全く変わらない、言葉にするとこれだけだけど、それ以外に言葉にできない何か恐ろしげな何かを感じた。
「おいおい、ひとの兄弟相手にそんな本気の悲鳴あげるなよ。……さて兄弟、これは一月くらい前に王城の地下室に唐突に現れた人間だ。そうだよそうそう例の部屋。この世界とは異なる世界から何かが流れ着くあの部屋、そこに現れた人間だ」
俵の少年はペラペラと楽しげにベッドの少年に語りかける。
しかしベッドの少年はなんの反応も示さなかった、表情は変わらないし、俵の少年に見向きもしない。
俵の少年はベッドの少年の様子に肩をすくめて、そうしてニヤリと笑った後、とっておきの秘密を話すような顔でベッドの少年に向かってこう言った。
「そうだよ、つまりこいつは異世界人だ。お前が斬りたくて殺したくて堪らなかったイキモノ。アレと同じものを連れてきてやった。お前の刀も持ってきてやったし……さあ兄弟、存分に殺すといいよ」
ひょいと俵の少年はどこからともなく取り出した刀をベッドの少年に向かって投げた。
しかし少年はぴくりとも動かない、刀もベッドからずり落ちて、大きな音を立てて床に落ちた。
「え、ちょっと待ってください、なんです、それ」
聞き間違えでなければ殺すとかどうとか言っていた気がする、わたし殺されるの?
「あん? んだよ、ご不満? 大した情報も持っていない、大した力もない、若い小娘ってこと以外になんの価値もないお前がこのオレに異議申しだてをしたいと?」
「だ、だって殺すとかそんなこと言われても……!!」
「はん、お前さては自分がどれだけ恵まれてるかわかってないな? お前みたいな小娘がオレの兄弟に殺してもらえるとかそうとう幸運だぞ? 何せこいつの剣技は神がかってる、痛みを感じることなく一瞬で天国に行けるぜ」
「いやだからなんで私が殺されなきゃならないんですか!! わけわかりませんよ!!」
「うっせ。異世界人の声ってなんでこう耳障りなのかね? なあ兄弟、お前もそう思うだろう? ……あの部屋に人間が流れてきたのはアレも含めて二回だけ、次の機会はきっとない。だからきっとこれきりだ、お前が異世界人を殺せるのは。……いらねえっつうんなら、どっかの好事家にでも売りつける、多分アレと似たり寄ったりの悪趣味なオブジェに変えられるだろうけど……それでもいいっていうんだったら」
俵の少年がそう言ったところで、ようやくベッドの少年が反応を見せた。
顔を少しだけ動かして、まずは俵の少年を、次に私を見る。
その目の色に、その視線にゾッとした。
暗く冷たい目だった、一度落ちたら二度と這い上がれない深く狭い穴のようだと思った。
背筋が冷たくなる、歯の根が合わなくなる、頭がグラグラとして吐き気も込み上げてきた。
わたしはこのまま、視線だけで殺されてしまうのかもしれない。
そう思ったその時、ベッドの少年が私から視線を逸らした。
息が楽になる、背筋がほんの少しだけ暖かくなった気がした。
ベッドの少年は俵の少年の方を見て、小さく口を開いた。
「…………それじゃ、ない」
ボソリと呟かれた言葉を、かろうじてわたしは聞き取ることができた。
一方俵の少年は目をまんまるに大きく見開いて、数十秒ほど固まってしまった。
しばらく待っていたら俵の少年は泣きそうな顔でくしゃりと笑った。
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