第46話 テレージアとの再会

 テレージアは神殿の奥にある部屋で休憩をしていた。日々、やってくる人々に治癒を施しているものの、追いつかない。ありがたいことに彼女の体はすっかり健康になっていて、神聖力に満ちている。だが、一日に治癒を施せる人数は決まっているため、どうにもやるせない。


(広い範囲で出来れば……神殿への謁見ではなく……でも、そんなことは出来ないのよね……これを続けなければ……)


 トントン、とノックの音。はい、と返事をすれば「ラファエルです」と声がする。


「どうぞ」


 返事をすれば「失礼します」と、ラファエルが入って来た。


「何か……えっ?」


 ラファエルの後ろに、一人。見慣れていたはずなのに、ここしばらく顔を見ていなかった男性がいる。テレージアは目を大きく見開いた。


「ヘルムート! ヘルムート!」


 テレージアは驚いて、椅子から腰を浮かせて駆け寄る。ヘルムートは、彼女がそんな風に足早に移動をする姿を見たことがない。驚きで、彼の方が息を飲む。


「どう、どうしたの。どうして……あの、あの、わたしっ……」


 うまく言葉が出ないテレージアに、ラファエルは「姫様。どうぞ、お座りになってください」とソファを勧めた。


「あっ、あ、ええ、ええ……そうね、そうだわ……」


 テレージアは動揺をして、ラファエルとヘルムートを交互に見る。ヘルムートは小さく笑って


「お久しぶりです。ご迷惑をおかけしました」


と、頭を下げた。




 テレージアは、自分がラーレン病だったこと、そして、ヘルムートが切ったラーレンの翼でクライヴが薬を作ったということを知っている。そのことをヘルムートはラファエルから聞いていた。


 なので、ヘルムートは翼を切ったラーレンを助けるため、この二ヶ月以上行方をくらませていたと頭を下げた。


「そうだったのですね……その、そのラーレンの方は……大丈夫だったのですか?」


「はい。なんとか……大丈夫、と言ってよいかはわかりませんが、ひとまず生きてはいます。それで……テレージア様の方は」


「ああ、それは良かった……と、まだ言えない状態なのでしょうか……? ええっと、わたしの方は、クライヴ先生がくださった薬で回復をして、ほんの一か月でまあまあ歩けるようになりました。それで、痣も、回復と共に色が濃くなって、神聖力も使えるようになって……本当に目まぐるしく環境が変わってしまって……」


 疲れたようにテレージアはため息をついた。


「テレージア様は、今は朝から晩までラーレン病の患者に神聖力を使っているんだ。この神殿の一部では貴族を収容していて、聖堂では一般の患者を受け入れているんだが、その一人ずつに朝から神聖力で治癒を施し、それらが終わったら、外に並んでいる者たちを一人ずつ呼んで治療をしている」


 ラファエルの言葉に、テレージアは悲しそうに眼を伏せた。


「お父様は、貴族だけをとにかく救えとおっしゃるのですが……そういうわけにもいかず……わたしはすでにラーレン病に一度かかっているので、ラーレン病は再発症しません。ですが、神官や護衛騎士たちはそうはいかないので、出来るだけ列になっている者たちにも結界を張って、彼らと接しないようにとはしているのですが、とはいえ、収容をしている人々の面倒を見る者たちは……」


 どうにも出来ない。ラーレン病の患者と密に接しなければいけないと言う。食事をとれる者、とれない者、体を起こせる者、起こせない者、など症状も進行も様々なので、どうしても世話をする人間は必要だ。


「結界、というものを張れるのですね?」


「はい。わたしの目には見えるのですが、みなさんの目からは見えないようで……その話をお父様に話しても信じてもらえず、このままでは神殿近くでラーレン病が流行りだすから、外部の者は受け入れるなと怒られてしまいます……今のところ、それぞれの部屋、そして外部からの列、それから、薬を作っている方々がいらっしゃる離れだけ結界を張っているのですが、それがわたしには限界のようです」


 ヘルムートは彼女の話に大いに驚いた。これが、いつもベッドに横になって眠ってばかりいたテレージアだろうか。か弱い姿はそこにはなく、聡明でしっかりした聖女の立場で物を話す。本当にラーレン病の薬は効いたのだ、と彼は実感をした。


「テレージア様。今日、自分と共にやってきた者が、ひとまずラーレン病の進行を遅らせる薬を数百人分持ってきました」


「えっ」


「今、離れで成分などを調べてもらっているところです。それが終わったら、ひとまず今収容をしている者たちにその薬を飲ませて延命治療をしますので、少しでもテレージア様はお休みになっていただければと思います」


「まあ……」


 それを聞いたテレージアは、ほっと安堵の表情を浮かべた。それから、目を軽く伏せてもじもじと言う。


「正直を言うと、ほんの少しだけ……ほんの少しだけ、お休みをいただきたかったのです……その、結界を張りながら治療をするというのは、実は結構大変で……」


 聞けば、もう人数が多すぎて、毎日術を施しても、全員にいきわたるまで三日かかってしまうという。本当は毎日治療をしなければいけないところを三日に一度。だが、貴族だけは毎日行うらしい。


「薬を配るだけでしたら半日もかからず終わりますし、それは、面倒を見ている者たちにやってもらえば良いかと」


「ありがとう……とはいえ、彼女たちも休ませてあげたいのだけれど……」


 ふう、と息をついてソファの背もたれに体を預けるテレージア。が、すぐに起き上がって


「なんにせよ、ヘルムートが戻って来てくれて嬉しいわ。また、わたしの護衛騎士になってくれるのよね?」


 と、尋ねた。ヘルムートは小さく微笑んでから「いえ」と言った。


「申し訳ありません。護衛騎士のみならず、王城騎士であることを……辞職しようと思っておりまして」


「どうして……?」


 テレージアは驚いた表情でヘルムートに尋ねた。


「その、翼を切ったラーレンが……まだ、回復をしきっていないので、彼女の手伝いをしたいんです」


「そう……そうなのね……残念だけど……でも、それはわたしのせいでもあるから……」


 しかし、テレージアの言葉を遮るヘルムート。


「その上でお願いなのですが、今日、こちらの神殿に泊めていただくことは出来ませんか。その、薬を作る者も含めて三人で来たのですが……」


「ええ、勿論です。三部屋用意すれば良いのかしら?」


「はい。申し訳ないのですが……」


「お食事は?」


「食事は……ええっと……」


 リーチェが「健啖家」の時期だと言うことを思い出して、ヘルムートはハッとなる。彼が返事をする前に、ラファエルが


「テレージア様。食事については厨房にわたしから話をしておきますので。夕食と朝食を出すように指示いたします」


と、言って、テレージアもそれに同意をした。


 ヘルムートは、連れて来たリーチェの話をして、彼が一人で薬作りに協力を出来るタイプなのかがちょっとよくわからないので、それがわかるまでは滞在をしたいと申し出た。


「お薬を作る場は良いのだけど、あまり、神殿の他の場所にはいない方が良いとは思うの。勿論、神殿から出るのはもっと駄目よ。今、本当にラーレン病が流行っていて、あなたが罹患する可能性だってあるわ」


「わかりました。その、残念ながらこのラーレン病の騒動について、よくわかっていないのですが……」


 とヘルムートが言えば、ラファエルがテレージアの代わりに説明をする。おおよそのことは、ヘルムートが聞いていた内容と合致していたが、王城はテレージアを神殿に派遣した後、王族を守るためと言って、謁見などを禁止して、王族と第一騎士団のみを王城に置き、籠城のような状態になってしまったのだと言う。おかげで、まつりごとは王族を除いた臣下たちだけで、王城の外で執り行われている。


 一応魔術師の力で王との会話が一日に30分程度は遠隔で出来るのだが、それはあまりに少なすぎる。ラーレン病をどうにかしろ、と人々が王城に訴えに来たが、その時は城下町と続く跳ね橋はあがったままで王城にたどり着かなかったのだと言う。


 臣下たちは仕方なく、今は王城から少しだけ離れた場所にある王立図書館を根城にして政治を行っている、という話だ。


「先日までは、自分は王城に一度顔を出せたのですが……まさか、その後にそんなことになっているなんて……」


「そうなのか」


「ああ。まだその時は機能をしていて、その、王城騎士を辞める手続きをとってもらっていたんだ」


「今はもう、それも完全に機能していない。何をどうすればラーレン病が移るかもわかっていないし、王族はみなヒューム族だ。自分たちのうち誰かがラーレン病になったら、一気に王城に広まるのではないかとお考えになって、籠城をしているのだろう……テレージア様にすべてを押し付けて」


「ラファエル」


 テレージアに名前を呼ばれて、ラファエルは「お許しください」と言った。困ったような表情でテレージアは「わたしは長年、わたしのためにみんなや医師をつけてもらっていた恩があるので、そうは思っていません」とヘルムートに告げる。その言葉には納得が出来ないし、ああ、昔から我慢強い方だったのだ……とヘルムートは苦々しく思った。

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