スモール・ラブ・ストーリーズ

恋愛妄想男

意外な共通点

「こいつ、何も話さへんやん。」


「変なの。」


「ナオヤって暗いよね。」


 同じクラスメイトの人達は、ナオヤの事をこう言っている。ナオヤは反論したいと思っているが、あながち間違っていないので何も言い返せない。


 中学1年生のナオヤは、中学の一学期が始まって1ヶ月で、クラスメイトから暗いと言われるぐらい内気である。なぜ内気になるかというと、ナオヤは新しい環境に入ると、とても萎縮してしまい、うまく話すことができなくなるのだ。


 この性格の原因は激しい自己否定である。自分なんかがみんなと話してもいいのだろうかと思ってしまう。そう思ってしまうぐらい、ナオヤは自分に自信がないし、自分が嫌いだ。


 しかし、ナオヤは欲しいものがあった。


 それは、暖かい人間関係である。


 ナオヤは、たった一人でもいいので、自分の気持ちを分かり合える親友や恋人が欲しかったのだ。実際にナオヤは、一対一での会話なら割と話せるのだ。しかし、3人以上になると、自分が話すタイミングがなくなってしまい、無口になってしまうのだ。


 なのでナオヤは、心から分かり合える人間関係が欲しかった。


 しかし、無口で自己嫌悪が強いナオヤは、新しい人間関係を作ることがとても苦手であるので、中々仲の良い友達を作ることができなかった。そして、そんな自分がさらに嫌いになっていったのである。


 そんな劣等感を持ちつつ、中学生活を送っていたのだが、ある一人のクラスメイトだけナオヤに対して純粋に接してくれていた。


「ねぇナオヤ!あのバンドの新曲聴いた?!」


「うん、聞いたよ。」


「さすがだね。で、どうだった?」


「もう今日で5回も聞いたよ。」


「いや聞きすぎやろ笑。でも私もそれぐらい聞いたよ!」


 声をかけてきたのは同じクラスメイトのカナミである。外見は耳まで髪のかかったミディアムヘアで、内側に巻かれている。身長は150cmで、160cmのナオヤの目線が、カナミの頭上にくる。目はとてもぱっちりしていて、黒目がかなり大きい。しかし、それとは反対に鼻はとても小さく、顎はとてもシャープである。また、頬周りは少し肉付きがあるので、笑った時にその頬が上がり、とても可愛らしい笑顔になる。


 カナミの性格は、ナオヤとは正反対でとても明るい。言い換えると、誰に対しても純粋に明るく接しているのだ。太陽みたいな性格と表すと少し恥ずかしいのだが、それぐらい明るい人物である。その人との接し方はナオヤに対しても同じである。


 ナオヤとカナミは、教室の左側で席の隣同士だった。教室は縦に5列・横も5列机が並んでいて、カナミが教室の一番左側の前から3列目で、その右側にナオヤの席がある。


 初めは、もちろんカナミから話しかけてきて、ナオヤも渋々話すという流れになっていた。ナオヤは初めて話しかけられた時は、カナミの明るさに少し怯えていたが、カナミの優しさ溢れる雰囲気に徐々に気を許して行った。


 そんな感じで、徐々に話しが弾んで行ったが、ある日2人に意外な共通点があることがわかった。


 「えっ、ナオヤってHeroの曲が好きなん?!」


 「うん。めっちゃ好きだよ。」


 「まじか!私もめっちゃ好きやねん!どの曲が好きなん??」


 Heroはアニソンを主軸に曲を発表しているバンドで、ストーリー性溢れる歌詞に寄り沿ったメロディやコードがとても人気だ。ナオヤとカナミもそのバンドの虜になった一員である。


 「いやぁ、まさかHeroが好きな人がいるとは思わなかったよ!」


 「僕も驚いたよ。」


 「うん!これからも話そうよ!」


 「。。。」


 「え、無視?!何で?!」


 「いや、うん。もっと話そう。」


 「何の間やったん?!」


 こんな感じで徐々にナオヤとカナミは仲良くなっていった。そしてナオヤは、カナミと話す事に対して、楽しさと心地よさを心の奥底で感じていた。こんな気持ちになったのは、初めてである。


 そんなナオヤの心情も束の間、学校生活では、一学期が終わろうとしている。


 7月31日の終業式が終わった後、ナオヤはそのまま帰ろうとして廊下に出た時、カナミから話しかけられた。


 「ナオヤってもう帰るの?」


 「うん、そうだけど。。。」


 「そうなんだ。。。」


 「うん。」


 「ねぇ。」


 「ん?」


 「ナオヤってさ、Heroの曲で『夏の大三角形』は知ってるよね?」


 「うん。知ってる。」


 ナオヤたちが聞いているHeroというバンドは、夏の大三角形という曲名がある。両思いだが、まだ付き合っていない男女2人が、奈良県のデートスポットで夜空の夏の大三角形を見に行くという曲だ。男性と女性の両方の心情をとても繊細かつリアルに描かれている歌詞が多くの人の共感を呼び、動画アプリでは300万回を上回る再生数を叩き出しているぐらい人気曲だ。


 「実はその曲がモデルとなっている場所が奈良県にあるらしいんだ。」


 「うん、知ってるよ。」


 「、、、」カナミはしばらく黙った。


 「?」


 「、、、よかったら一緒にそこに行かない?」


 「え?」


 「ほら、私達以外にHeroが好きな人っていないじゃん。だからといって自分1人で行くのもちょっと寂しいから、よかったら一緒にって思ったんだけど、どうかな?」


 「、、、、、」


 「え、嫌?」


 「、、、いいよ。」


 「え、ほんと!」


 「うん、僕もそこに行きたかったし。」


 「まじか!よかったぁ、断られたかと思ったよ。」


 「まぁ、暇だしね。」


 「じゃあ、またこっちから連絡するね!」


 「うん。」


 「とても楽しみにしてる!」


 「うん、じゃあね。」


 正直にいうと、ナオヤはとても嬉しかった。嬉しすぎて、一瞬固まったぐらいである。生まれて初めて、話していて楽しい人と休みの日に遊べることが本当に嬉かった。そして、こんなにウキウキしている自分に対して、驚きの感情も抱いていた。その時にナオヤは気づいてしまった。



 自分が初めて恋に落ちているという事を。





 8月の上旬の昼2時、ナオヤは梅田にいた。カナミとの待ち合わせの為だ。


 今から行く目的地は、奈良県の山奥の大きな高原である。秋になるとススキが高原と山の表面を覆い、とても綺麗な景色になるのだが、夜になると夜空スポットとなり、何も障がい物がない夜空が観光客を迎えてくれるらしい。


 実はナオヤは、こうやって友達と休日に遊ぶのは初めてだった。


 小学校の時もナオヤは、自分に対する評価がとても低かったので、「こんな自分と遊んでくれる友達なんていない」という考えがどこかにあったので、気軽に友達を誘える事ができなかった。


 なので、友達と遊び慣れていないナオヤは、今の状況をとても緊張していた。しかし、それと同時にとても楽しみにもしていた。自分の気持ちが、こんない快晴の空のような綺麗な気持ちになったのは初めてだった。


 「ナオヤー!」


 ナオヤは右に振り向くと、カナミはこちらへ走ってきた。その姿にナオヤは目を丸くした。


 カナミは、少しフワッとしている白色に花柄のワンピースを着ていた。カナミの猫顔やショートヘアにとても似合っている服装である。さらに、手からぶら下げている、ベージュ色で真ん中に花柄がついたトートバックが、ワンピースととても相性が良く、さらに可愛さが増している。


 「ん?どうしたん?」カナミが言った。


 「、、、いや、何でもない。」


 「まさか、私の私服姿に見惚れた??」


 「。。。」


 「え?反応してよ!」


 「、、、じゃあ、行こっか。」


 「えー、無視ですかー。せっかく頑張ってオシャレしてきたのにー。」


 「、、、似合ってるよ。」


 「え?」


 「、、、早く電車に乗るよ。」ナオヤは歩いた。


 「え?!今なんて言ったの?!」カナミも追いかけるように駅へ向かった。


 

 

 電車で2時間かかって、夕方の4時に2人は観光地の最寄りの駅に降りた。夏なのでまだ明るいが、少し空がオレンジ色になりつつある。


 駅から出て左に行くと、小さなバス停と奥に建物があった。建物に入ると、手前にバスの時刻表があり、その奥に事務室があった。


 「1日に3本ぐらいしか通ってないんだね。」


 「そうだね、でも次のバスがあと10分で来るよ。」


 「ね!ラッキーだね!」


 「そうだね。」


 そして2人は、バス停の近くにある椅子へ座った。


 「所でナオヤってさ、普段休みの日は何してるの?」


 「んーー、本をよくかなぁ。」


 「へぇ、どんな本を読むの?」


 「文学作品だよ。太宰治とか読んでる。」


 「うわ、めっちゃ難しそう。。。」

 

 「いや、そんなことないよ。カナミは何してるの?」


 「私は友達と遊んでる。それかアニメ鑑賞かなぁ。」


 友達と遊んでいるのはイメージ通りだが、アニメは意外だとナオヤは思った。


 「アニメは意外やな、何見てんの?」


 「んー、主に学園系かなぁ。学校独特の雰囲気がなんか好きなんだよね。」


 「へぇ。」


 「あ、今興味ないって思ったでしょ?」


 「いや、そんな事ないよ。」


 「ホント?」


 「うん。」


 「じゃあさ、今度自分の好きな作品を貸し合おうよ。」


 「え?」


 「ナオヤはさ、自分が一番お気に入りの作品を持ってきてよ。その代わり、私も自分が一番好きな作品持ってくるから。」


 「交換し合うって事?」


 「そ!それで、それぞれ感想を言い合おうよ!そっちの方が色々面白いし、知らない事も知れるからさ。」


 「、、、」


 「それに、、、」


 「?」


 「ナオヤの事、もっと知りたいからさ。」カナミは笑顔で言った。


 ナオヤはとても驚いた。しかし、それと同時に羨ましさを感じた。


 自分は恥ずかしくて絶対に言えない事を、こうやって純粋で真っ直ぐに言えることが、本当に心が綺麗なんだと思える。それがとても眩しくて羨ましく思った。




 とても魅力的だった。




 「、、、いいよ。」


 「え、ほんと?!」


 「うん。」


 「やった!夏休みが明けたら絶対に持ってくるから!」


 「わかったよ。忘れずに持ってくる。」


 「うん!」


 そして、目的地に行くバスが到着した。




 バスを1時間ほど乗車して最寄りのバス停を降りた後、ナオヤ達はさらに1時間山を登った。

 

 普段、運動をしていないナオヤにとって、この登山はきつかったが、登る途中にある自然の景色がとても綺麗だったので、案外楽しく登る事ができた。


 しかし、カナミと一緒にいるから楽しいという事も、本心では理解できていた。


 「ついたよー!」カナミは元気そうに言った。


 ナオヤ達は、午後5時に目的地の入り口へ着いた。もう空は夕方へ向かおうとしている。


 入り口へ入ると、ナオヤ達を出迎えてくれたのは、緑が茂っている高原と開放感を放ってくれる薄夕焼け空だった。


 まず景色の奥から右側にかけて小さな山があり、その山の側面に深い緑が茂っていた。山の全面を緑で覆い尽くしているので、普段都会にいるナオヤ達にとっては、自然が作り出した景色がとても新鮮に感じていた。そして手前には池があり、高原の景色の中でさらに自然にいることを強調してくれている。さらに上空を見上げると、何の障がい物のない綺麗な夕焼け色の空があった。


 「すごく綺麗だね。」ナオヤは言った。


 「そうだね。」


 「ここから見ると、夜空がとても綺麗なのは想像でもわかるよ。」


 「いや、ここから見ないよ。」


 「え?」


 「あの山を登ります。」カナミは、奥にある小さな山を指差しながら言った。


 「、、、まだ歩くの?」


 「めっちゃ疲れてるやん。まだ歩くよ!」


 「えぇ。」


 「いいから、景色を楽しみながら行くよ!」


 「、、、わかったよ。」


 そう言いながら、ナオヤ達はさらに奥の山へ向かった。





 山の頂上へ着くと、もうすでに辺りは暗くなっていた。ナオヤはもうすでに体力の限界だった。


 「はぁ、もう疲れた。」ナオヤは膝に手をついて言った。


 「うん、そうだね。」


 「もう山登りは当分いいよ。」


 「そうだね、でもさ、空を見上げてみてよ。」


 「え?」


 ナオヤは空を見上げると、疲れが驚きの感情にガラっと変わった。


 そこには、真っ暗な夜空と満点の星空がナオヤ達を迎えた。真っ暗な夜空に無数の星がそれぞれの光で輝いていたが、それぞれの輝きが一体となった景色はとても綺麗で、ナオヤは少しの不安と大きな感動が入り混じった感情に支配されていた。


 そしてカナミは、満点の夜空を見ながら言った。


 「夜空の右側に大きな星が三つあるよね?」


 「うん。」


 「あれが夏の大三角形だよ。デネブ、アルタイル、ベガの3つから成り立ってる。」


 「確か、歌詞にも出てきた星だね。」


 「うん。あと左上にあるのが北斗七星だね。この北斗七星はほぼ1年中見られるらしいよ。」

 

 「あれだね。本当だ、7つの星が見える。」


 「1番右がドゥべで左側がアルカイドだね。」


 「そうなんだ。」


 「あとは、大三角形の左下にあるのがへびづかい座だね。今夜はよく見れないけど、もっと多くの星が繋げっているらしいよ!それでその上にあるのが、、、」


 ナオヤは上空を覆い包むとても綺麗な夜空を見ながら、今まで生きてきた13年間の記憶を辿っていた。


 カナミと出会うまで、ナオヤはいい思い出なんて1つもなかった。周りの同級生からは、暗い人間だと思われて、対等に付き合ってくれる人なんていなかった。


 しかし、カナミは違った。


 カナミと出会ってからナオヤは、好きな事を共有する楽しさを覚えられた。暖かい人間関係を作ることができた。休日に遊ぶ事の嬉しさがわかった。しんどいことがあってもカナミと一緒なら楽しいこともわかった。


 だからナオヤは、カナミに対して本当に感謝している。


 しかし。それ以上にナオヤはカナミに対して思うことがあった。




 もっと一緒にいたい。




 ナオヤは横を振り向いた。そしてカナミの顔を見た。


 そして、何かを察したカナミも起き上がった。


 「カナミ。」


 「ん?」


 「僕さ、、、」






 関西の北千里にある大学にナオヤは通っていた。


 20歳になったナオヤは、大学の同じ学年のコウタロウとタクマの3人でよく授業と受けていた。3人とも、Heroというバンドが好きで、それぞれ好きな曲は違うが、一緒のバンドが好きだったという共通点が大きく友情を育んでいた。


 「やっぱHeroの名曲は、『過去の私へ』やろ!」タクマは言った。


 「確かにそうだけど、個人的には『いつもの景色』は譲れないな。」コウタロウは言った。


 「やっぱり選ぶの難しいね。」ナオヤは言った。


 「けど、Heroといえばさ。」


 「ん?」


 「やっぱり『夏の大三角形』だよな!」


 「、、、あの曲は凄すぎて、あえて候補から外した。」


 「例外なんや笑」


 「まぁでもこれはみんな同意するでしょ!」


 ナオヤは『夏の大三角形』を中学一年生の頃から聞いていて、とても懐かしい思いになった。そう、カナミとあの日の事を思い出すからだ。



 

 カナミには思いを伝えることができなかった。




 ナオヤは勇気が持てず、カナミに好意を伝えることができなかった。


 そしてナオヤが『夏の大三角形』を今でも聞いているのは、7年前のあの日に戻りたいからだ。


 そう、後悔しているのだ。


 思いを伝えなかった事に対して、ナオヤは自己嫌悪になっている所がある。


 けど、初めての好きな人と休みの日に夜空を見に行ったという経験は、本当に人生において宝物になっている。


 カナミは今一体何をしているのだろうか?


 「そういえば、2人とも今日の夜暇?」タクマは言った。


 「まぁ、暇だけど、、、」コウタロウは言った。


 「よかったら飲みに行かん?」


 「まぁ、いいけど笑」ナオヤは言った。


 「よっしゃ、今日はめっちゃ飲むぞ!」


 ナオヤたちは笑顔で次の授業へ向かった。







 








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