第19話 氷の魔剣士

 男が俺に向かって腕を振り下ろした。


 やばい……! 身体が……動かねぇ……!

 誰か……助けて……


 その時だった───


 ドゴッ!!


 その大きな音とともに、もう一人の男がこちらに蹴り飛ばされてきた。


 俺を殴ろうとした男はその音に驚き、後ろを振り返る。


「……おい! お前どうしたんだよ!」


「……げほっ……魔剣士だ……」


 お腹を擦りながら立ち上がる男がそういった。

 魔剣士……!? もしかしてお父さんが……!?


「モンスターが現れたと聞いて魔力が大きいところに駆けつけてみたんですが……子ども二人に悪そうな男二人……」


 そこにはお父さんではなく、水色に輝く剣を持った白い髪の女性が立っていた。


「……てめぇだれだ?」


「なんで自分から名を名乗らない人に教えなきゃ行けないんですか?」


 彼女はそう言って走り出した。


「くそっ! めんどくせぇやつが来たな!」


「おい気を付けろ! こいつ只者じゃねぇぞ!」


 男二人も戦闘態勢に入る。


 俺は白く美しい髪をなびかせながら彼女が走り出した瞬間、ぞっとした。

 ……何だこの威圧感。


 剣から溢れ出す魔力。彼女自身からもとんでもない量の魔力が溢れ出していた。


 ……が、しかし、


「っておい! なにしてんだてめてめぇ!」


「ちょっと失礼します!」


 彼女はひょいっと、軽く大男二人の前で軽くジャンプをした。


 そのとき、彼女の足元から巨大な氷の柱が地面を突き破って彼女の足場となり、俺とリューネの前に男たちを飛び越えてやってきた。


「まずは人質の安全確認です」


 なんだ今のは。見たことも無い魔法だ。魔力属性は恐らく【氷属性】か? あんなことが出来るってことはやっぱり只者じゃない。


「魔力量に応じて効果が増す名称不明の謎の粉……なんでこんなものあの人たちが持ってるのかしら。ポイズンヒール」


 彼女はさっきの粉で動けなくなっている俺とリューネに治癒魔法をかけた。


 彼女が詠唱したその瞬間、身体の痺れや硬直が一瞬にして溶けた。


「動けるようになりましたか?」


「は、はい……ありがとう、ございます」


 彼女はリューネにも治癒魔法をかけたが、リューネは既に気絶しており、「この子見ていてあげてください」と彼女は言って振り返った。


「あなたたちまだ居たの? ここで引いといた方がいいと思うけど。私、強いから」


「……ちっ。舐められたもんだぜ」


「こっちは二人だぜ? 死にたくなかったら早くガキ二人をこっちに渡すんだな」


氷槍アイスランス


 彼女は端的にその言葉を発した。

 彼女が剣を向けたその方向に無数の氷の槍が発生し、男二人に向かって飛んでいく。


岩壁ロックウォール!」


 一人の男が詠唱すると、地面がメリメリとせり上がり、巨大な壁となり、氷の槍に立ちはだかった。


 無数の氷の槍は、その壁にダーツのように刺さるが、勢いは止まってしまった。


「へっ、大したことねぇな」


「それで止めたつもり?」


 彼女がそう言った瞬間、岩の壁に刺さった無数の氷の槍が動きだし、ひとつの大きな氷の槍となった。


 その巨大な氷の槍は、もう一度、岩の壁に突き刺さる。


 そして、ドリルで壁を掘るかのようにじわじわと壁を突き進んでいき、岩の壁はガラガラと崩れていった。


 でも、その氷の槍は止まることを知らない。


「お、おい! 何とかしろ!」


「わ、分かってるよ! 火玉ファイヤーボール!」


 もう一人の男が巨大な火の玉を出し、氷の槍にぶつけた。

 この世界にも相性というものがある。

 巨大で協力と言っても本質は氷だ。みるみるうちに溶けていく。


 ……あれ?

 気が付くと目の前にいたはずの彼女がいなくなっていた。


 氷の槍が溶けきったその時、


 スパンッスパンッ!


 彼女はものすごいスピードで2人を切りつけた。


 コロンっと腕が二本転がる。傷口は凍らされており血は出ていなかった。


 なかなかに……グロい……


 傷口を抑えながら2人はなにかを話していた。


「はぁ……はぁ……? なんだって!? 放ったモンスターがやられただと!?」


 誰かと通信しているらしい。

 こいつら……あのモンスターと関係があったのか。


「ってことは俺たちがここで死にそうになってるのも意味ねぇぞ! 一旦引くぞ!」


 男二人は腕を拾い転移魔法を使い逃げていった。


 ひと仕事終えた彼女は「ふぅ」と息をついてこちらに近づいてきた。


「ちょっと嫌なの見せちゃったかな。ごめんね。でも大丈夫、あれくらいの傷ならすぐ治るから」


 そっか……こっちには治癒魔法がある。

 死ななければ……死なないってことか。

 何当たり前のこと言ってんだか。


「い、いや、全然大丈夫です。むしろ……ありがとうございます」


「あ、自己紹介忘れてたね。私はコセオ魔法学校の教師一年目、アコイス・ルード」


 彼女は自己紹介をした後、俺に手を貸してくれた。

 その手を使い立ち上がる。


 魔剣士育成高等学校って……お父さんの通ってたこの前話にでてきた学校か。

 このレベルの人が教師……やっぱとんでもない学校なのかもしれない。


「僕の名前はグラリス・バルコットです。こっちの彼女はリューネ・ストラスです」


「グラリス君にリューネちゃんね。……二人ともすごい魔力量ね……」


 顎を触りながらジロジロとこっちを見つめてくる。

 ……なんか、恥ずかしいな。


 その時、「グラ……リス……?」とリューネが目を覚ました。


「リューネ! 大丈夫だったか?」


「え、ええ……びっくりするくらい元気」


 あ、そっか。アコイスさんに治癒魔法をかけて貰ったんだった。


 俺はリューネに今までの出来事を説明した。


「……って言うことで彼女が僕たちのことを助けてくれました」


「あ、ありがとうございます」


「いえいえ〜」


 アコイスさんは手を振ってニコッと笑った。

 この世界の女の人たちはみんな美人で可愛いのか!?


「ところでアコイスさん。さっきの魔法って……」


「あー、そうだよね。見たことないと思う。【氷属性】よ。私の場合は【水属性】からの変異型」


 変異型。そんなものが存在するのか。

 でも……ちょーかっこよかった! あとちょー強そうだった! 氷ってなんかかっこよくない!?


「もう一ついいですか?」


「うん。いいよ」


 リューネがおもむろに話し出す。


「なんであの人たちは私たちを狙ってたんですか?」


「……恐らくだけど、魔力を集めてるんだと思う」


「それはなんでなんですか?」


「はっきりとした理由は分からないけど、さっき言ってたモンスターと関係がある辺り、最近の凶暴化したモンスターたちも関わってきてると思うの。まだ小さいから知らないと思うけれど、モンスターや人を殺すとね、その魔力を自分のものにすることが出来るの」


 殺すと……魔力を自分のものに……

 俺はぞっとした。


 もし、アコイスさんが助けに来てくれて無かったら……

 そんなこと考えるのはもうやめよう。


 でも、俺は力不足だったんだと実感した。

 そして、何より、リューネを守ることが出来なかった。

 それが一番悔しくて、お父さんの期待に応えられなかった俺が惨めだった。


「そういう事なんですね……」


「まぁ、もう終わりにしよっか。お父さんと来てたんだよね? 一緒に探してあげるから行きましょう」


「ごめんなさい。ありがとうございます」


 俺とリューネが立ち上がったその時、


「……! 誰!?」


 アコイスさんがとっさに振り返り、剣を振った。

 その時、ガキンッ!! と、大きな金属音がなった。


 剣と剣がぶつかり合う音だ。


 ……なんだ!? 全く見えなかったし全く感じとれなかったぞ?


 そして、アコイスさんが間一髪のところで気付き、今対峙しているその相手は───


「お前……うちの子どもに何してんだ!!!」


 お、お父さん!?

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