第6話



「異世界の……勇者……?」


 「そんな馬鹿な」と一笑に付したいのは山々だったが、そうも言っていられない現実が目の前に漫然と広がっている。実際に信じざるを得ない。


『ここは魔王城……に似ているが、場所から考えて君達の学校とやらが変貌へんぼうしているものと見て間違いないだろう』

「魔王城……」


 異世界ファンタジーでしか耳にしないようなワードのオンパレード。眩暈めまいを禁じ得ない。だが学校から一歩も外に出ていない俺が、なんの間違いか異世界の魔王城とやらに転移したと考えるよりは、学校が魔王城と化した方が信じられた――それこそ、俺が勇者による外因的な方法で、謎のもふもふマスコットキャラと化したように。


『そして――これから述べるのが、君の支払う「相応の対価」だ』


 勇者アストティティアの神妙な声に、固唾かたずを呑んで二の句を待つ。


「解決……って」


 解決したい気持ちは、俺にも痛いほど分かる。何故か迷い込んで死にかけた身だ。危なすぎる原因は解消して然るべきだろう。


「でも、どうやって……?」


 だがそう思うのもまた、自然なことだろう。なにせ、俺は今や無力なアラサー成人男性から、無力なもふもふマスコットキャラにジョブチェンジしてしまっている。飛んだり跳ねたりは問題なくできるようだが、襲い掛かってきた恐るべき怪物と斬った張ったをするなど、夢のまた夢だ。


 それとも、どこかに人手の当てでもあるのだろうか……?


『話はひとまず後だ』


 勇者アストティティアは話を早々に切り上げると、『このまままっすぐ進むと階段がある』と矢継ぎ早に指示を送る。そっと覗き込めば、俺を襲ったのと同じ怪物が闊歩かっぽしており、思いがけず息を殺す。


『そこを一番下まで下っていくと、外へ出るための出入り口があるはずだ。君を襲った怪物――魔王の眷属にも必要以上に出会わずに済む』

「え、曲がりなりにも城なのに、そんな簡単に外へ出られるのか?」


 のそり、のそり、と魔王の眷属が遠ざかっていくのを見送って、忍び足で階段の影へと移った。

 あんな怪物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしている現状を「簡単」とのたまってしまうことに抵抗はあったが、想像よりは難易度が低かったことは確かだ。


『見た目こそ魔王城そのものだが、その実、君達がいた学校をベースにしている。テクスチャを変えた……というより、大胆なリフォームをしたものだと思ってもらえれば相違ない』

「そんなふうに捉えられたら、どんなによかったか……」


 なげきはさておき、思いのほか魔王の眷属達には見つからずに済み、ほっと胸を撫で下ろす。ぬいぐるみサイズになったのが功を奏したらしい。むしろ、殺すに足らぬ生命だと見做みなされたのか……。


 しかし、本当の魔王城ではなく学校がベースになっているのは、正直言って助かった。見た目こそ大幅に変わっているものの、これが本当に敵を迎え撃つための居城だった場合、彷徨さまよい歩くのに何時間要したか分からない。不幸中の幸いだ。


「着いたけど、俺はこれからどうすればいいんだ?」

『おそらく、がもう見えてくる頃だと思う』

「彼女達……?」


 グラウンドだった場所は、城門前の広場と化していた。それ以上、外の様子は闇に包まれており、ようとして知れない。下手をすれば、浮き島のように孤立しているのかもしれなかった。


 ――その閑散かんさんとしたグラウンドを、おっかなびっくり歩く人影が、二人分。


「まさか……!?」


 ピンクのツインテールと、紫色のリボンが、非日常の光景の中で揺れている。

 茨砦なつめと栗檻まりかが、そこにいた。


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