第4話



『聞こえているか』


 ――そしてこれが、走馬灯ならざる死にていの現在。


『聞こえているか、真中ヒロト』


 誰かの声がする。もう目蓋まぶたも開けられなくなった自分では、姿を確認することができないが。そういえば、死ぬ間際、最期まで機能しているのは聴覚だと聞く。こうして思考を巡らせられるのも、きっと最期なのだろう。


 俺は静寂を乱す呼吸もなく、声に聞き入った。


『君を助けよう』


 え……?


『その命、助けてやると言ったんだ』


 願ってもいない天啓に、わらにもすがりたい思いが呼び起こされる――しかし同時に思い浮かぶのは、どうしようもない躊躇ためらいだ。

 神か。でなければ、どこぞの悪魔か。十把じっぱ一絡ひとからげの凡人を救ってあげましょうと言われて、いぶかしがるのは当然だった。折角乗り込んだ助け舟が泥でできていたのでは、お笑い種もいいところだ。一度は命を救われても、死んだ方がマシだったと思える悪意ある契約など、数え始めたらキリがない。現実は異世界に転生するだけ甘くはないのだ。凡人を利用する悪人の、なんと多いことか。


 死にたくないのは山々だったが、さりとて現世にしがみつくに足るだけの理由が思い至らない。

 ならばこのまま、大人しく死を受け入れて――、


『このまま死んで、本当にいいのかい?』

「――――」


 そう問われて、死にかけた喉が詰まる。


『彼女らと、あの終わりのまま死に別れて――本当にいいのかい?』


 止まりかけていた心臓が、死力を振り絞る。


 「知らない」と袖にしたなつめ。

 「関係ない」と切って捨てたまりか。


 決して侮蔑ぶべつのつもりでそうしたわけではないだろう。それほど悪辣あくらつに育ったとは、到底思えない。再会したからといって、養護教諭の立ち位置に甘んじてきちんと彼女達と一個人として接してこなかったのが、今の自分だ。


 それは……とても、よろしくない。

 謝るとまではいかなくとも、幼馴染の、義理の兄の真中ヒロトとして向き合わなければならない。


「……たくない」


 そうと決まれば、カラカラに乾いた唇からこぼれ落ちるのは、酷くみっともない懇願こんがんだった。


「死にたく、ない……!」

『承った』


 声は静かに、そう応じた。


『――君の命を、しかと救おう』


 その瞬間、光が満ちた。

 乳白色のあたたかな光は、俺のボロボロの体を包み込む。最早秒読みだった命に、生気が戻る。みるみるうちに体は元通りに治って、そして――。


『――ただし、』


 そして、


『相応の対価は支払ってもらうけれどね』

「な――」


 


「なんじゃこりゃああああああああああああああああ!?」


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