第3話



 ――「『真中ヒロト』……そうですね。義兄あにですが、それがなにか? それ以上でも以下でもありません」

 それを言われたのは、午後のことだった。


  ◇


 私立汀目高校の制服は、ちょっとした名物だった。

 形は通常のブレザータイプだが、色が少し違っていた。黒よりも明るく、キャメルよりも落ち着いた、モカブラウン。グレーがかったブラウンは品が良く、その印象を黒いネクタイが引き締める。保護者にも生徒にも評判のデザインだった。


 その制服をきっちりと着こなした生徒が、一人。


「保健委員で来ました、栗檻くりおりまりかです」


 校則を遵守じゅんしゅしたスカート丈から伸びるタイツは、いっそ禁欲的と言って差し支えないレベルだ。けれども編み込みを施し、紫色のリボンで飾った前髪は、年相応の遊び心に溢れていた。


「いやぁ、まりかちゃんとこんな形で再会するとは、思いもしなかったな」


 栗檻まりか――五年ほど前、親の再婚で図らずも家族となった義理の妹だった。

 最初は垂れた目尻を下げて、おずおずと「おにいちゃん」と呼んでくれていたっけ。


「俺も実家になかなか帰らないから、最近どうしてるか知らなかったけど……そうか、もう高校生だったか。どう、元気にしてた?」

「…………」


 その頃は既に俺も独り立ちしていたがゆえの別籍で、ついぞ名字が同じになることはなかったが、実家に戻ると時折顔を合わせていたのは事実だ。

 しかし先のなつめの一件を思うと、再会に喜ぶよりも剣呑な空気感に不安を抱くのもまた事実で。


「あれ……義理の兄の真中ヒロトだけど……俺、そんなに顔変わってたりする……?」

「『真中ヒロト』……そうですね」


 流石さすがになつめの例があったため、確かめるような反芻はんすうに不安を覚えていたが、ひとまずは安心。「よかったぁ」と安堵の声が漏れ出た。


「覚えていてくれて安心したよ」

「それはそうです。ただ一人の義兄あにですから――で、」


 肯定の言葉に、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。


義兄あにですが、それがなにか?」

「え」

「それ以上でも以下でもありません」

「いや、そうだけど、でも」

「学校においては、一生徒と養護教諭の関係を逸脱しません。そのことは念頭に置いておいてください」


 一刀両断。すげなく切って捨てられた俺は、そそくさと保健委員の仕事を終えて帰っていく背中を、情けなくも黙って見送るしかなかった。


 ……しかしながら、まりかの言うことはもっともかもしれない。

 あくまで学校では義理の兄妹ではなく、生徒と養護教諭でしかない。そこをはき違えてはならないと釘を刺されるのも当然かもしれなかった。


「…………っ」


 最後にドアを閉める時、切なそうな一瞥いちべつが視界の端にちらついたのは錯覚だったのか。


 ――これが走馬灯の後半部分。


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