第25話 色魔術 その②

   *




「うむ。そんならアレをみせたれ……皆さんにわかるようになるべく丁寧にな」


「わかった」


 レーナはコホンと咳払いをし、


「さてバトルチーム小夜のみなさん。ご存じと思いますが、カラードにおいてエレメントチェンジはもっとも基本的な魔法であり最も奥深い魔法です。エレメントチェンジが使えるだけでも戦いの幅を大きく広げることができます」


 そういうとレーナは魔力を抑え気味に起動した。

 

「まずはじめに最も基本的なエレメントチェンジをやってみせます。はい」


 レーナの体が心なしか緑っぽい光で覆われた。


「今わたしは草属性にエレメントチェンジをしています。ここからさらに魔力をこめると……はい」


 レーナを覆う緑色の光が濃くなった。


「これがエレメントチェンジの上位段階、属性転換エレメントコンバートです。適正が高くないとできない、と言われていますが実は努力すれば属性適正ランクは上げられるんですよ」


「レーナは努力で属性適正をBからAまで上げたんや」


 おお……と歓声があがった。


「さてエレメントコンバートは体を属性そのものに変化させることができます……具体的にどういうメリットがあるかというと……属性ごとに効果が違うのですが、例えば草属性の場合は≪再生≫のスキルに似た回復効果が受けられるほか、日光や水を土を魔力に変換することができます」


 おお……と観衆から関心の声が上がった。


「二種類以上の属性適正があるなら、別の属性に変化することもできます。これが属性切替エレメントスイッチです」


 レーナの光が緑色から銀色へと変化した。さらに銀色から緑色と色が切り替わる。


「草属性から鋼属性へと変化しました。鋼属性は防御力がとても高いです。あと体重が増えます」


 レーナが続ける。


「カラードを使った戦闘は属性同士の相性が重要です。エレメントスイッチを利用して、属性を。そうすることで自分の弱点属性を突かれにくくなり、そして相手の弱点属性を突きやすくなります。ここまでがエレメントチェンジの基礎です。皆さんもご存じだと思いますが」


 ふむと皆がうなずく。


「さてこれからわたしが皆さんにお見せするのはエレメントチェンジの応用魔法。複合属性変化コンプレメントチェンジです。二種類の属性に同時に変化します、はい」


 レーナの光がメタリックグリーンに変わる。鋼属性の銀と草属性の緑が合わさったわけだ。


「コンプレメントチェンジは、エレメントチェンジとはまた違う可能性を秘めています。例えば弱点属性の変化があげられます。鋼属性は地属性が弱点ですが、地属性に耐性がある草属性との複合属性となることで地属性が弱点でなくなります」


 へええと歓声が上がる。


「……もちろんデメリットもあって二つの属性の弱点同士が合わさった場合さらに弱くなってしまいます……例えばわたしの場合、鋼属性も草属性も炎属性が弱点です。草と鋼にコンプレメントチェンジをするとただでさえ炎に弱いのにさらにめちゃくちゃ弱くなってしまいます……」


 「ちょっといいかしら?」と小夜が言った。


「コンプレメントチェンジってすごい技術なんでしょうけど、そこまでメリットを感じないわ。さっきの弱点属性が弱点でなくなる話だって、わざわざ複合属性にならずに耐性のある属性にスイッチすればいい話じゃない?」


 小夜の質問にレーナは頷くと、


「”受け”に関してはそのとおりです。もっとも組み合わせ次第で単属性よりも複合属性のほうが”受け”が強くなる場合もありますが。コンプレメントチェンジの本領は受けよりも”攻め”だと考えてます。例えばこういう使い方」


 レーナが両の手に魔力をこめる。


「右手に草魔法ローズウィップ、左手に鋼魔法メタルバレット……コンプレメントチェンジすることで二種類の属性魔法攻撃を同時に繰り出すことができます」


 おお、と歓声が上がった。


「コンプレメントチェンジすることで、敵はどっちの属性の攻撃がくるか判断するんが難しくなるっつうことや」


「カラードは18種類の属性によるジャンケンです。相手が何の手を出すか、読み合いが非常に重要になる魔法体系です。エレメントチェンジはジャンケンの予兆に相当します……相手が何の手をだすかはエレメントチェンジの属性をみればわかってしまいますよね」


 たしかに、と声があがった。


「そこでコンプレメントチェンジです。コンプレメントチェンジを使えば相手の読みに迷いを生じさせることができます。コンプレメントチェンジの重要性をご理解いただけましたか」


「素晴らしい」


 パチパチパチと拍手が鳴った。拍手をしたのはバトルチーム小夜のサブリーダー詩月シヅキである。小夜がにらんでも詩月は拍手を続けていた。


 すごい技を見せた方が勝ち、という小夜との勝負はいつの間にかレーナの魔法講習会と化していた。魔法の技術だけでいえばこの時点でレーナの勝ちではあるのだが、技のインパクトでは小夜の方が勝る。


「レーナ、あれを見せてやり」


「うん。次に皆さんに見せるのはコンプレメントチェンジのさらに応用、複数属性を混合させ……」


 とその時だった。


(侵入者接近、数300)


 アリスからの≪念話≫がレーナの耳に入ってきた。


 侵入者──


 レーナは即座に自分の≪念話≫をグループ通話機能に切り替える。チーム焔だけでなくチーム小夜の面々もジェービーと≪念話≫ができるようになった。


(前の奴らよりは強いんやろな?)


(わかりません。とはいえ今回の潜入者もジェービーの扇動に乗せられたもの。前回の戦力とそこまで大きな差はないと思います)


(つまらんな)


(遠距離広範囲の戦力把握なら小夜が得意なはずですが?)


 とアリスに呼びかけられ小夜は少し目を細めた。小夜の《気配察知》のスキルは敵の場所や強さを感じ取ることができる。


「普通ね。決して弱くはない……けれど私や焔がでるまでもない……1体だけずいぶんまともなモンスターがいるけど……たぶんこれが第一等ジェービーさんなんでしょ。お会いしたことないので憶測だけど……」


(たしかにジェービーはあの中に潜んでいます。強いモンスターが1体だけというならそれはジェービーかもしれません)


「たぶんジェービーやろな……」


 アリスが言う。


(さてバトルチームのみなさん必要なら策を授けますがどうされますか?)


「煽っとんのか? アリス」


 焔がやれやれというふうに笑った。策を授ける


(それでは戦闘の方針はあなたたちにお任せします)


「今回は私たちにやらせてほしいわ」


 バトルチーム小夜の面々、小夜、詩月、エトール、リンドウの4名をメインに戦うわけだ。


「よしまかせた小夜。ウチらは魔法で援護するから。練習や」


「レーナさん、勝負はまだ途中でしょ? あなたの魔法、敵に対して使ってもらえる?」


「そのつもりですよ」


 レーナが答えると小夜はにっこり笑った。




   *




 正直、二回目があるとは思わなかった。というのがジェービーの正直な感想だった。星屑の森は組織として全然だめなんじゃないかと。


 現在ジェービーは敵モンスターの姿に≪擬態≫している。モンスターの名は【タダイ】、武術と魔法の両方に精通しその強さで150体の魔物を統率していたモンスターである。30分前――ダンジョンから捕虜が解放されるタイミングに合わせて殺害し、現在こうして≪擬態≫しているのだが。


 タダイは正直ジェービーにはそこまで強いモンスターとは思えなかった。焔のような化け物と接して強さの基準がおかしくなっているのかもしれない。


 タダイ配下の150体は前回の男爵のときの要領で思い付きで適当にダンジョンへ誘導したらホイホイついてきた。


 今回はさらにおまけがついてきているのも面白い。前回の戦闘で人質としてとらえた98人の人質を救うために、タダイの軍勢にさらに150体のモンスターたちが加わったのだ。彼ら彼女らはエルフファンクラブという団体らしい。人質になったエルフのファンたちだった。


 推しのために死にに来るなんてすばらしいファンたちだ。愛の力というものをジェービーはつくづく思い知った。潜入してわかった。バアルのダンジョンのモンスターたちは、仲間に対する愛が強い。バアルのモンスターたちが持っている連帯感の強さは、ファーリスのダンジョンの比ではない。


 今回はその強い連帯感が嚙み合わず裏目にでた形だが、これがもし噛み合って強力な統率の元で行動したら……想像しただけで厄介だ。


 あるいは星屑の森が今一つまとまれない理由も”愛”にあるのかもしれなかった。バアルに対する愛が強すぎて、サブマスターのことを認めることができないのだとしたら。


 組織に対する愛があるからこそひとつになれないなんて皮肉だな。


 ジェービーは自分の思索の滑稽さに笑いがこみ上げそうになった。とそこに「タダイ殿」と話しかけてくる者がいる。エルフファンクラブ筆頭の【アジジ】というモンスターである。オクトパスナイトという種類らしく。八本の触手できわめて高いレベルの武術と魔術を操るとか。


「タダイ殿、そろそろ第1階層に到着します。相手のダンジョンはマリンを殺し、男爵一派600体を退けるほどには強い。下手をすれば男爵の二の舞になる可能性があります。そこでタダイ殿に提案なのですがわれわれ二人が矢面に立ち、ほかの者はわれわれの援護に徹するというのはどうでしょう。われわれのどちらかが敗れれた場合、ほかの者は撤退、敵ダンジョンの情報を持ち帰ります」


 ふむ。こいつウデがいいうえに頭がよくて作戦とか考えちゃうタイプか。やっかいだな。できれば男爵のときのように奥まで引き込んで逃げられなくしてから、殺すなり捕らえるなりするのが理想だったが。アジジの提案した作戦にはそこまでアラがないから断りづらい……なにより自分が矢面に立つと≪擬態≫しているのがばれるじゃないか。

 

 よし。


「だってよ、みんなあ! みんなはどうする!? 俺の援護で満足か!? それで男爵たちの仇を討ったって胸を張っていえるかよ!?」


 ここは部下のやる気にまかせよう。どうなるかは賭けだけど、たぶん煽ったら反発してくるタイプの部下とみた。


「はい! われわれはもともとタダイさんの援護するつもりでした!」


「タダイさんの援護ができて満足であります!」


「胸を張って男爵たちの仇を討ったと言えるであります!」


 くそお……素直なタイプの部下だった。


「よお~し! タダイ様に任せとけ!! いくぜえアジジ殿!!」


 賭けに外れて泣きそうだ。こうなったらバトルチームのメンバーに茶番劇に付き合ってもらうしかない。










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