第17話 戦いに備えて

 *




「バアル、戦争やるってよ……」


 おれが言うとレーナが「うわーっ」と泣き出した。みんなで考えたメッセージだったのに。泣きたいのはおれも同じで、誠意を尽くしたつもりなのにそれが届かなかったことが悲しかった。


「しゃあないな……しゃあないわ」


 焔がレーナを慰めている。レーナのせいではない。焔の言う通りしょうがないことだ。おれたちのダンジョンはバアルが支配した世界に現れた異物なのだから、排除しようとするのは当然ともいえる。


「戦争……なんだね」


 とジェービーが言った。戦争だ。それもただの戦争ではなく、全世界を敵に回した戦争だ。


「まあなあ……あんまりピンとこないけど、とりあえずすごく怖いな」


「気を抜かんこっちゃ。こうしている合間にも敵が攻めてくるかもしれんのやからな」


「そうだな……。まあ入り口の広さは15センチしかないから、小さいモンスターしか入れない。それがせめてもの救いだけど」


「ぼくみたいに体の大きさを変えられるモンスターもいるからね。結局気は抜けないよね」


「マスターらは早くダンジョンの整備を進めるこっちゃ。そういやポイントは足りるんか? ウチやらジェービーやらやたらポイントのかかるモンスターばっかり買って……もうカツカツちゃうの?」


「システムが壊れてるからポイントの残高がわからないんだ。とりあえずたくさん持ってるみたいだから、ポイントに糸目をつけず好きなモンスター買ってるけど、たしかにあと何ポイントあるんだろう?」


 レーナは涙を指で拭いながら、


「はい、ポイントの残高ですね。マスターの正確な残高はわかりませんが、部屋いっぱいのポイントDANAZONギフトカードを購入できたことを根拠に、マスターのポイント残高を推定しています。


 あの部屋の広さは10畳で高さが2.1メートルでしたから部屋の体積は34.7802㎥です。対してギフトカードの体積はおよそ0.000005㎥ですから、部屋いっぱいのギフトカードは何枚になるかというと6,956,040枚です。購入したギフトカードのポイント数は1枚あたり1,000,000ポイントだったので、カードの枚数に1,000,000ポイントを掛けると、6,956,040,000,000ポイント。


 およそ6.9ちょうポイントですね。


 わかりやすくするため69,000億ポイントと言い換えてみましょうか。そこから50階層分の拡張工事をしたので50億ポイントを引き、ジェービーの推定10億ポイントを引き、焔の推定100億ポイントを引きます。


 結果、このダンジョンのポイント残高は68,840億ポイントと推定されます。つまり焔をあと688体買うくらいの余裕はあるはずですね」


 涙を止めたレーナのマシンガントークにだれもが戦慄した。レーナは人知れずポイント残高の計算をしてくれていたのだが、数字の羅列だけで人々を凍り付かせるとは恐れ入る。桁が大きすぎて全然ピンとこないけどとにかくおれ、まだまだポイント持ってるってことか。


「そんならさっさとダンジョンの補強しよ? ……というかそんだけポイントあったらひょっとしたら勝てるんちゃうんか?」


「でも、わたしの計算が間違ってるかもしれませんし……それに部屋いっぱいのギフトカードといっても実際にギフトカードを数えたわけではないので、ほんとうにそれだけポイントがあるかわからなくて……」


「世界を敵に回すんだ! ある前提でやっていこう」


「ちなみにバアルのポイント残高はわかるんか? ジェービー」


「うーん、ダンジョンのポイント残高は最大の機密事項だからマリンには知らされてないんだ。ただモンスターとかアイテムとかダンジョンの設備の資産を合わせると大体7,000兆ポイントなんだって」


「おお……つまり??」


「全部のポイント数では負けてる。でも勝算がないわけじゃないんだよ。瓦礫の塔が自由に使えるポイントは限られてるからね」


「そんなにポイントの差があるのにおれたちが勝てるかもしれないの?」


「瓦礫の塔は所持ポイントの多くをダンジョンの建物やモンスターに変えてる。けどモンスターはともかく、建物を戦争に投入することはできないでしょ。世界を支配しなきゃいけないから全部のモンスターをここに投入するわけにもいかない。たぶん多く見積もっても0.1%、つまり7兆ポイントくらいしかバアルが自由に使えるポイントはないんじゃないかな。7,000兆ポイントすべてを相手しなきゃいけないわけじゃないんだ。」


「そうか、おれは6.8兆ポイントを自由に使えるわけだから」


「一応戦えないことはないってことはないんじゃないかな。数字の上では」


「わたしたちのダンジョン戦えばポイントを獲得していけるのでポイント差はどんどん小さくなっていくはずです。相手は十分に成長した魔界クレッシェンド……しかも完全に敵対してます。手加減をする必要もありません」


「ほう……数字の話はよく分からんかったけど、それはわかりやすくてええなあ。つまり入ってきたやつを皆殺しにしていけばええんやろ」


「そうです。焔、皆殺しでいいんです。たぶんこの世界でもあなたに勝てるモンスターはそうそういません。がんばりましょう」


 焔は獰猛な笑みを浮かべている。戦うのが好きな焔にとってはこの状況はご褒美みたいなものなんだろうか。理解しがたい感覚だが頼もしい。


「もとはと言えばぼくが蒔いた種だ。ぼくも頑張って戦うよ」


「ジェービーの持っているこの世界の情報はそれだけで大きな武器です。その情報を活かせるかどうかが鍵になります。わたしたちも頑張ります。力をかしてください」


 ジェービーはシニカルに笑っている。ジェービーのおかげで敵の情報を知ることができる。それを活かせるかどうかはおれ次第。つまりおれのダンジョンの命運はおれが握っている。責任は重大だがやるしかない。


「とりあえず強いモンスターいっぱい買おうかな」


「マスターそれはちょっと待ってくれんか……買うモンスターはウチに選ばして欲しいんや……この世界の魔法は縛りが多くて厄介や! ひとりで最強にはなれん! だからウチは最強のチームを作りたいんや!」


「おお……!」


 そうか、この世界の魔法体系≪色魔術≫は属性の相性が勝敗を大きく左右する。お互いの弱点を補いあうチームの構築が重要なんだ。焔、考えてるな。


「ぼくは早く情報機関を作るべきだと思う。たくさんの情報を集めてストックしてそれをもとに作戦を考える能力がこのダンジョンには足りてない。この戦争を生き残るためにもそれは今後絶対に必要になる力だよ」


「おお……!」


 前にレーナが言ってたな。情報を分析したり作戦を考えたり、そういうのレーナとおれだけでやるの大変だしな。ジェービーの抱えている情報を全部聞き出すこともできていない現状では、情報機関の設置は必須だ。


「わたしは……この世界の反対勢力と接触すべきだと思います。ジェービーがいうにはこの世界にはバアルに反抗する勢力がまだ残っています。そうですよね?」


「バアルのポイント獲得のためにあえて残されているんだけどね……」


「彼らとわたしたちの利害は一致すると思うんです。彼らを保護できたら、情報収集ができますし、バアルのポイント獲得源を減らすこともできると思うんです」


「たしかにそれは有効な戦術なんやろな。けど反対勢力と接触するにはこのダンジョンの外に出ないといかん……」


「そうなんですよね。ただ焔の言うチーム作りには、この世界の魔法への習熟している者の協力が必要です。敵対勢力の中にはこの世界の魔法に通じる者がきっといるはずです。それに……もし彼らの中に”勇者”がいるのなら……ひょっとするとバアルを倒すことすらできるかもしれないと思ったのですが……」


「おお……!」


 レーナはバアルとの戦争の勝ち筋を考えていたのか。


「ただリスクが大きすぎるんです」


 外には敵がうじゃうじゃいる。しかもそいつらはおれたちと敵対しているわけで。ノコノコ出ていったら外に出たやつはほぼ死ぬだろう。


「そこで提案なのですがダンジョンを運営しながら『階層を外に』広げていってはどうでしょう。敵対勢力の居場所までわたしたちのダンジョンの領域を広げていくんです」


「そんなことできるんだ」


「ポイントを使用してこの世界の土地を買っていく感覚です。ダンジョンの領域になった土地はマスターの権能が届くようになります」


「おお……!」


 おれのスキルが届くのなら、外でもポイントが獲得できるようになるし、壁を作って安全地帯を作ったり、『配置を変える』でモンスターを送り込んだりこっちに逃がすこともできるようになる。やれることが一気に広がる。


「敵対勢力の居場所はぼくが知ってる。実はここからそこまで遠くないんだ。ダンジョンの外の森を抜けて川沿いにしばらく進んだ海沿いの集落。そこに彼らはいる」


「そこまで最短距離でダンジョンを広げていくんだな」


「階層をひろげる言うても外は危険やろ。ダンジョンの外に行くならウチも行きたいな~。≪学習ラーニング≫のスキルでこの世界の魔法覚えられるかもしれんしな~」


「焔が行っちゃったらだれがダンジョンを守るんですか」


「そんならマスターもレーナ様も一緒にきたらええやん。ウチにまかせとけ」


 無駄に自信があるな焔。ただ今のところ焔のそばが一番安全なのは間違いないから、ありなのか?


「ダメに決まってます! しかし……」


 レーナの表情が曇った。


「しかし。マスターが外に出たほうが『階層を外に広げる』のに必要な時間が短くなるんですよね……もちろんマスターが外に出るなんてありえないですが」


 レーナによれば階層を外に広げるのに必要なのポイントだけでなくダンジョンと世界の接続時間も必要らしい。ダンジョンは世界とつながり続けることで時間をかけてじわじわ広がっていくもの。ダンジョンを外に広げるには時間がかかるのだ。しかしその時間を短縮することはできるらしいのだ。


 ①ポイントを獲得すること。

 ②ダンジョンの入り口を大きくすること。

 ③ダンジョンのモノを外の世界に流通させること。

 ④ダンジョンのモンスターを外に出すこと。

 ⑤最後にダンジョンマスター自身が外に出ること。

 ⑥???? 


 犯したリスクに比例してダンジョンの拡大スピードはあがるらしい。


「まあおれが死んだら終わりだしね……しかし状況によっては外に出なきゃいけないこともあるかもな」


「みんなはウチが鍛えたるからね。ウチがダンジョンを強くするんや。早く強くなって外に行こうな」


「マスターは行かせませんよ! でもわたしとマスターも最低限戦えるようにはなりたいですね」


「そのうちね……ダンジョンの整備を進めてからね……」


「当面、外にはぼくが行くよ。てかダンジョンの出入り口を通れるの僕だけだし。敵の動向も見ておくべきだと思うんだよね。マリンと同化してなんと≪念話≫が使えるようになったんだ。情報収集ならだれにも負けないよ」


「げえ、ジェービーも≪念話≫使えるんですか! スキルがかぶっちゃったらわたしの価値が……」


「いやいや≪念話≫使いは何人おってもいいやろ……むしろ使えるやつの数が多いほうが真価を発揮できる思うで。ウチも使えるようになりたいわ」


「ふふふ……≪念話≫使いは増えるよ。ぼくが≪分裂≫すればいい話だからね」


「そうかあ! 小さく≪分裂≫してもろてポケットにでも入ってもらえば、いつでも≪念話≫が使えるわけや」


「そのとおり」


 どこでも好きな時に通信できるのは大きい。苦難を乗り越えジェービーも成長したんだな。


「わたしの価値が……」


「そんならレーナ様はウチと戦いの特訓しましょ。そうすれば戦力としても役に立てるようになるで。レーナ様≪鑑定≫してみたらウチとだいぶ相性がよさそうなんやわ」


 自信を無くしそうなレーナを焔がフォローしている。


「何度も言うけどレーナはちゃんと役にたってるからね」


「ありがとうございます! 戦闘も頑張るぞ~」


「よし、みんな頑張ろう! バアルと戦争になったのはヤバすぎるけどここまできたら開き直って戦うしかない! 全力を尽くすよ」


 まずは情報機関から作るべきかな。

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