第5話 スライム購入

 おれが大量のポイントを保有しているらしいと判明し、ダンジョン運営に対する不安はずいぶん和らいだ。


 おれたちはまず「階層拡張」という設備投資を行った。階層拡張と言われてもおれにはなんのことかよく分からなかったが、レーナによれば階層が多ければ多いほど、この世界の人間がおれの元へたどり着くことは難しくなるらしい。


 統計によれば階層数の平均はおよそ50階層。100階層あれば大規模ダンジョンと呼ばれる。


「1,000階層超えのダンジョンは、誰も最深部までたどり着けず深層の設備が錆び付いてしまう……このことから錆びた迷宮ラストダンジョンと呼ばれています」


 とはいえ階層拡張には膨大なポイントが必要なため、とりあえずおれはレーナのアドバイスに従い50階層まで拡張した。どうせならラストダンジョン目指したかったが、


「初期状態のダンジョンは5階層あれば立派と言われているので、はじめから50階層もあるのは異例中の異例ですよ」


 とのこと。なのでとりあえず50階層で止めた。必要ならその都度増やせば良い。


「階層数の多さがダンジョンの強さに直結するわけではありません。少ない階層でも立派に運営しているダンジョンもありますよ」


「階層だけ多くても何にもないんじゃ意味ないもんね」


 どんなダンジョンにするか。ハイレベルなダンジョンにするか簡単なダンジョンにするか。この世界の人々は何をもらったらうれしいのか。それを考えるために、とりあえずやらなくてはいけないことがある。


「まずは情報収集しないとね」


「はい!」


 おれのダンジョンがあるこの世界、そのレベルを知らずに適切なダンジョン運営は出来ない。ダンジョンはこの世界の命を奪うと同時に恩恵を与える存在でもある。何を与え、何を奪うか。リスクとリターンのバランスをとるには情報収集が欠かせない。


「情報収集には様々な手段がありますが、わたしはモンスターを使うことをオススメします」


「おれたちが外に行くとかじゃないんだ」


「それは展開としては面白そうですが、たぶん外は危険でいっぱいですので……」


 おれが死んだらおれのダンジョンは終わる。だから危険は冒せない……か。行ってみたくはあるんだけど。


「その点モンスターによる情報収集であればマスターの安全は確保できますから」


「でもモンスターを外にうろつかせるの? 怖がられて情報収集どころじゃなくない?」


「怖そうなモンスターを外に放つのは、情報収集としてはアリです。この世界の対処能力を計ることができますから」


「なるほど」


「とはいえ最初は目立たずに情報収集をするべきと思います。モンスターの種類は様々です、情報収集に向いたモンスターを使えば効率がいいかと」


「小さいやつとか」


「それも良いですね。見つかりにくいですから。情報収集という観点からすれば言葉を喋ることができるとなおいいかもしれませんね」


「この世界の人たちと会話ができるモンスターならいろんな情報引き出せるもんね」


「はい! 会話ができればマスターヘの報告もスムーズにいくはずです。現地の人に警戒されない見た目だとなお良いですね」


「隠密行動ができて言葉が喋れて見た目が良いモンスターか。ネットで探してみよう」





   *




 で見つかったモンスターがこれ。



「←←←ggfdghjポイントでドッペルデビルスライムを購入しますか?→→↑↓」


↓→↑↓はい→←→

←→↓→いいえ↑↓→



 おれがはじめて購入するモンスターがこのドッペルデビルスライムだ。このモンスターは情報収集役として素晴らしい能力を持っている。


 まず《擬態》の権能スキル。つまり変身能力。任意の対象の姿に変身できる。


 つぎに知能が高い。おれたちと会話もできる。この世界の言葉を話せるかはわからないが、学習すればいずれ話せるようになるだろう。


 最後に《分裂・同化》の権能スキル。自身の体を分裂・同化する能力。スキルをふたつも持っているモンスターは価値が高い。特筆すべきは同化の際、分裂体のもつ情報が統合されること。これにより情報収集範囲の拡大と、集約が可能となる。


 はい、を選択すると光の塊が現れ、その中からドッペルデビルスライムが現れた。直径5メートルの禍禍しい紫色のゼリーの塊……でかいな。会話ができるとはとても思えない見た目だけど。


「わたし、レーナです。よろしくね、ドッペルデビルスライム」


 とレーナが挨拶すると、


「やあ、ぼくはドッペルデビルスライム。人を騙す悪いスライム! 好物は人だけど何でも食べるよ! レーナ様、今後ともよろしく!」


 とドッペルデビルスライムが元気に挨拶を返した。会話ができるのはほんとうだった。お喋り好きなようだ。


「よろしく、ドッペルデビルスライム」


 とおれが言うと、


「あなたがぼくのマスターだね。呼びだしてくれてありがとう。よろしくお願いします! できることは何でもするよ! けどその前に! ぼくに名前をつけてよ!」


 名付け。ダンジョンマスターがモンスターに名前を登録してはじめてダンジョンの所有物となる。


「そうだな……お前の名前は……」


 ドッペルデビルスライムの名前か……と、そのとき突然思いついた。おれはカーソルを文字に変形させて名を描き、ドッペルデビルスライムの姿に重ねて「選択」する。


「ジェービー」


 情報収集のプロフェッショナルになるよう願いをこめて、有名なスパイ映画の主人公のイニシャルがJBだった気がする。


「わあ、ありがとう!」


 すると、ジェービーの全身が光に包まれ、半透明の膜のようなものに包まれた。ひょっとしてこれがスライム用の服なのかな。服とはいったいなんなのか……考えてしまう。


「さてジェービー、さっそくですがあなたの力をみせてください。わたしの姿に《擬態》してみてくれませんか?」


「いいよ。でも擬態には使用条件があるんだ」


「条件?」


「まず擬態する対象をぼくの体のなかに入れて、調べないといけないんだ」


「へえ。体のなかに」


「安心して。いつもは体のなかで暴れられないように毒で麻痺させたり服を溶かしたりして弱らせるんだけど、今回は毒は使わないよ」


 なぜ服を溶かす……レーナがすごく嫌そうな顔をしている。


「じゃあおれが入ろうか」


「いえいえ! わたしが入ります」


「ふたりとも美人だから楽しみ!」


 ジェービー、こいつおれたちを性的な目でみてるのでは。レーナはわかるけど、おれのことも?? ぞっとする。


「あ、変身するのが楽しみってことだよ」


 おお、フォローが早いな。


 と、思っていたらレーナが靴下を脱ぎはじめた。


「ちょっとレーナなにやってるの」


「マスターにもらった服を汚したくないので裸になろうかと……」


「レーナ様、服は着たままでいいよ! 元通りに返すから! 服の質感も再現できるから、むしろ着たままで入って欲しいかな!」


「えーでも……」


「それならこうしたらどうだろう? いまからおれがジェービーに入る用の服を用意するからレーナはそれを着る」


「ジェービーに入る用の服……?」


「水着っていうんだ。本来泳ぐときに着る服だけどジェービーに入るのにも使えるんじゃないかな」


「マスター、知らない間に変な知恵をつけましたね」


 せっかくネット検索できるようになったんだ。レーナに気づかれないようにエロ画像……もといダンジョン運営に有用そうな装備アイテムの画像を漁るくらいのことはする……


 おれは前から目をつけていた水着をDANAZONで購入し、レーナに渡した。


「さあこれに着替えるんだ」


「あ、ありがとうございます?」


 とまどいながら、レーナが服を着替える。おれとジェービーはそれをながめる。レーナは恥ずかしそうにしている。なんかこれ倫理的にアカンのかも知れない。せめて遮蔽物くらい用意するべきだったかも。


 とりあえずレーナはかわいい。


「いいね。ここに来てよかった」


 ジェービーが小声で言う。おれは小さく頷いた。


「マスターはきっとマニアだね」


「そうかな」


 おれが渡した紺色のワンピースタイプの水着を着用したレーナは恥ずかしそうにしながら、


「ちょっときついです……」


 と胸のあたりを触りながら言った。レーナの胸の膨らみには小さかったのかも知れない。ピッチリして良いと思うのだが。


「そうか、では新しい水着を」


「いえ。この服は二度と着ませんので、これで。ジェービー、さっさと済ませなさい」


 レーナをちょっと怒らせてしまったかな? 

 反省……。 


「じゃあいくよ。いただきまーす」


 ジェービーが体を変形させて表面積を拡げてレーナに覆い被さり包み込む。レーナの全身がジェービーに飲み込まれる。


「ゴボっ……」


 レーナの吐いた気泡がジェービーの体内を漂った。苦しいのかな……?


「ジェービー、レーナを苦しませたらゆるさないから」


「大丈夫ですマスター。体内環境の調整は完璧。レーナ様がリラックスして過ごせるように快適な温度にしてアロマの香りもさせてる。それにマッサージまでしてるんだよ」


「へえ~」


 レーナは体をジタバタさせてもがいている。


「にしてはレーナ、苦しそうだけど」


あらがっているんだよ。快楽を受け入れることに」


「か、快楽!?」


「受け入れてしまえば気持ち良くなれるのにね……さあもう解析も終わる」


「ね、ねえ、快楽ってなに?」


「解放……」


 ジェービーの体が膜のように広がり、レーナが体外に解放される。


「レーナ!」


「ハア……ハア……ま、マスター……危なかった……」


「苦しかったのか? ジェービーめ、苦しませたらタダじゃおかないって言ったのに」


「いえ……なんて言うか……えっと……苦しくはなかったです……」

 

「そうなのか」


 苦しそうだったのに苦しくなかったって、どういうこと!? 気にしない方がいいのかな……


「あ! わたしのことよりジェービーをみてください」


 膜状に広がっていたジェービーがかたまり、やがて人型を形成する。半透明な体に色がついていく。


 そしてジェービーはレーナの姿に変身した。


「ハーイ、レーナでぇす♪」


 レーナの姿でウィンクをして投げキッスをするジェービー。金色の髪のサラサラツヤツヤ感や青い瞳のきらめき、肌のきめ細やかさ、胸のふくよかさ、テラテラした水着の質感まで再現されている。


「おお……!」


「ジェービー、わたしの姿ではしたない真似をするのは許しませんよ!」


「はいはい、わかっておりますレーナ様」


「ちょっとふたり並んでみて」


 並べてみると全く同じ。外見だけで見分けをつけるのはとても難しい。とはいえおれにはふたりの「名前」を能力を介して見ることができるから、見わけはつくけど。


「すごいもんだね、そっくりだ」


「ありがとうございます。どっちがレーナ様かわかります??」


「さすがにそれはわかるよ」


「え!? おかしいな。完璧に擬態したはずなのに」


「ジェービー、ちゃんとしてください!」


「ちゃんとしたんだけどな。マスターは《わかる人》なんだね……たまにいるんだよなあ」


「おれにはの……」


 能力があるからと言いかけたところで、ジェービーが「そうだ!」と言った。


「マスターの姿にも擬態させてくれませんか? そうすればレーナ様がぼくの擬態の精度を判定できるでしょ?」


「ダメです! あんなはしたない真似をマスターにさせるわけには……」


「レーナ、おれ、やるよ」


「マスターいけません!」


「大丈夫だよ」


 ちょっとジェービーの快楽……もとい擬態には興味あるし。


「よし決まり。マスター、服はどうするの」


「レーナの水着を着る」


「っ!! いけません! それではまるで変態です!!」


「さすがマニアだね」


「レーナは二度と着てくれないから、もったいないからおれが着る」


「すいませんでした! マスターにいただいたものを二度と着ないなどと口走ってしまいました! 定期的に着ますから! だからどうかお考え直しを」


「いやこうなったらレーナの水着を着ないと気が済まない」


「いーやー!! マスターが堕ちるー!!」


「まあまあ、レーナ様。大丈夫ですよ。ぼくの体内が危なくないことはレーナ様自身がよーくわかってらっしゃるでしょう?」


「別の意味で危ないんですよ!!」


「前にレーナが言ってたじゃないか、いい意味で壊れたいって」


「そういう意味じゃないし、わたしはそのままでいいって言ってくれたじゃないですか」


「そこまで言うならしょうがないか。水着は諦めよう。ところでレーナ、いつまでその格好でいるつもり?」


「そ、そうですね着替えないと……」


 レーナが水着を脱ごうとする。


「待って目隠しのカーテンを買うから」


「あ、ありがとうございます。ほんとうはみんなの前で着替えるの恥ずかしかったんです」


「レーナ様は奥ゆかしいなあ」


「うるさい! 黙れ淫獣!」


 カーテンのなかでレーナが着替えているうちに、ジェービーに頼む。


「この際お前の水着でいいから着させてくれ」


「マニアですねえ」


 ジェービーが水着を脱ぐ。おれはそれに着替える。着替え終えたときには、ジェービーはすでに別の水着を纏っている。


「擬態の水着ですから何度でも元通りにできるんです」


「なるほどな。それよりどうだおれの水着姿は」


「ダボダボですね。特にバストのところが」


 レーナ(ジェービー)が着ていたから伸びてしまったのか。


 そのときカーテンが開いて着替え終わったレーナが出てきた。水着に着替えたおれをみるなり、


「あーっ! マスターなんてお姿に! この陰獣! マスターに何をした!」


「ヤバい、ジェービー急げ!」


「はーい、いただきまーす」


 おれはジェービーの体に包み込まれた。


「うわーん! マスターが陰獣に堕とされるー!! 返せ返してよぉ!」



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