じゃんけんの世界大会

愛内那由多

じゃんけんの世界大会

 マイケル・レーガンは大会の前に緊張していた。

 落ち着け、落ち着け、と心の中で何度も唱えるが、一向に心拍数は下がらないし、呼吸も浅いままだ。

(この大会ですべてが決まる……。いや、決まってしまう)

 マイケルの両肩、否、。けれども、彼にその重さに耐えられるだけのメンタルはない。どんなタフな精神の持ち主でも、このプレッシャーに耐えられる者はいないだろう。マイケルはそう自問自答し、半分開き直って、緊張に耐えようとしていた。

「マイケル、調子はどう?」

 同僚のジェニファーが声をかける。マイケルは同僚の顔を見て少し落ち着いた。

「やぁ。とても緊張している。見てくれ、手が震えてるんだ……」

 マイケルは腕を少し上げて見せた。確かに震えている。

「マイケル、あなたいつもならそんな弱音を吐かないのに」

 彼女は少し落ち着かせるように、なだめるように言う。ジェニファーにしても、こんなに弱気なマイケルははじめて見るのだ。

「考えて見てくれよ、アメリカの命運が僕の手にかかってるんだぜ」

「でも……、たかがじゃんけんじゃない」

 今から行われるのは――じゃんけんの世界大会だ。参加するのはアメリカと中華連邦の二ヶ国。マイケルはアメリカ代表になったのだ。

「なんでだ、こんな大事なことをじゃんけんで決めるんだ?こういうときは、コイントスだろ、アメリカなら。コイントス大会にすればいいだろうがぁぁ」

 ジェニファーには少し錯乱しているように映る。

「落ち着いて、マイケル。コイントスにはならないわ。。だから、じゃんけんにする必要があるの」

 ジェニファーはマイケルの隣に座って、肩に手を置いた。

「ジェニファーこの大会に負けたら……」

 続けきが言葉にならなかった。負けたら、アメリカ全土がマイケルを責める。そう考えると、吐きそうになるし、平衡感覚もなくなりそうだった。

「勝つことだけを考えなさい。マイケル。なのはあなたも理解しているでしょ」

「ああ。分かってる」

「なら、勝つことと、なぜ勝ちたいのか考えるのよ」

 ジェニファーに背中を押されて、マイケルは会場に向かった。



 「それでは選手の入場です」

 司会者は声を大きくして言った。

「アメリカ代表――マイケル・レーガン選手」

 多くの人間の視線を集め、マイケルは壇上に上がった。多くの人間が注目している戦いだけあって、多くのカメラがあった。アメリカ、中華連邦のカメラがある。さらに、アジアや、ヨーロッパ各国、ソビエト、アフリカの国々etc……。おそらく世界中の国のカメラがある。

 さらに、観客も大勢いる。特にアメリカと、中華連邦の人が多い。

 マイケルはこんなに世間に注目されるのははじめてのことだった

(勝つ……。勝つ)

 マイケルはそのことだけを考えて、見られていること自体にはプレッシャーを感じなかった。

「続きまして、中華連邦代表――劉浩然リュウハオレン選手」

 マイケルは相手選手を見た。マイケルよりも背は低いが、細身のマイケルよりも、がっしりとした体型だ。

 マイケルは再び腕が震えてしまう。

(こんなことでは……ダメだ。強く……。そう勝つことだけを考える)

 ふたりは壇上で対峙する。

 見合うふたり。

「いいですか?これが世界の命運を決めます」

(僕はなぜ勝ちたいんだろう……)

「それでは、両手をテーブルの上に」

(そんなの簡単だ)

 両者はテーブルの上拳を出した。

(この国――アメリカのためだ)

 司会者はかけ声をかける。

「いいですか?Rock, Paper, Scissors, One, Two, Three! 」

 ふたりの拳が振り下ろされる。

 暴力ではない、戦いの結果が出る

 マイケルは――チョキを。

 劉は――パーをだした。

「勝負が決まりました――、勝者アメリカ代表――マイケル・レーガン選手」

 マイケルはほっとして胸をなで降ろし、壇上を後にした。

 彼は――たった1度のじゃんけんで英雄になったのだ。










 「続いてのニュースです」

 アナウンサーは淡々と読み上げる。

「じゃんけん世界大会が開催されました」

 しかし、その雰囲気は憎しみと失望のニュアンスが読み取れる。

「じゃんけん世界大会は、アメリカのマイケル・レーガン選手と、我が国の劉浩然リュウハオレン選手のふたりで行われました。その結果、劉選手は敗北し、マイケル選手が勝ち、アメリカの勝利となりました。この大会は、第七次世界大戦の代わりに行われたものです」

 劉はニュースを虚ろな目で、今にも消えかかりそうな意識のなか、眺めていた。内容は劉自身では聞き取れないが、いやという程理解できた。

「21世紀にも2度の世界大戦が起こりました。そして――世界の半分に核が落とされ、地上に人間が住めなくなりました。戦争による悲劇をなくし、人の命を守るため、人が死なない方法での戦争が考えられました。はじめはスポーツでした。」

 ぷらんぷらん揺れながら、劉はニュースを聞いている。

「しかし、スポーツでは選手の精神的負担が大きくなりすぎると問題になり、第六次世界大戦では、コイントスでの勝負が提案されましたが、戦いでの結果でなければならないとの意見から却下され、第六次世界大戦の時点ではスポーツが戦争の代わりのままでした。しかし、選手のひとりであるソビエトのミハイロ・アバカロフ選手が事故死したのを機に、別の提案をする必要が急務になりました」

 劉のズボンが濡れだした。尿の異臭もする。

「そして――今回採用されたのが、じゃんけんです。今回の第七次世界大戦はアメリカと、我が国中華連邦の戦争をじゃんけんで行うことになりました。

 我が国は惜しくも負けてしまいました。しかし、我が国は史上初めて人が死なない戦争をしたという偉業を成し遂げたのです……」

 アナウンサーはニュースの原稿をめくって次のニュースに目を通す。

「続いてのニュースです……」

 劉は首をつって自殺してから――1週間後に発見される。自殺の劉は負けたことを『売国奴』『非国民』などと、国中から責められたことだった。



 結局――人類は人が死なない戦争を手に入れることができなかった。

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