口づけ
サークルの中央で、フリートは用意された台からメダルを持ち上げる。
ずっしりと手に伝わる重さは、きっと実際のものより重く感じているのだろう。
金でできたメダルは中央に剣の意匠が施されている。
緊張で震える。
「ではフリート・モンス男爵令嬢。メダルの授与を」
「はい」
司会の男性に促され、歩み寄る。ネモがそこに待っていた。
貴族が優勝した場合は聖女がメダルを授与するがミーレスが優勝した場合は主人が行うことになっている。
といっても、基本的に貴族の中でも特に位の高い貴族のミーレスが授与を行うことがほとんどなので、一番下の男爵令嬢が授与するなど前代未聞だろう。
「ミーレス・ネモ」
「はい」
ネモは一歩前に出る。場の雰囲気がそうさせるのか、本人が珍しく真剣な面持ちだからか、顔の良さも相まって少しドキリとしてしまう。
「あなたはこの決闘祭において優勝を飾った為、その栄誉をここに称えます」
首にメダルをかける。
拍手が巻き起こった。あとは互いに観客席に礼をして退場すれば終わりだ。
「なぁ」
「何?」
小声で話しかけてくるネモに、フリートは冷や汗をかく。
一刻も早くこの場から離れたかったからだ。
「ご褒美ここでいいか?」
「何言ってるの。ここでする意味わかってる?」
確かにメダルを授与する前に身分の高い貴族の令嬢や聖女が手の甲にキスをさせることはある。しかし身分が高いから許されるのだ。授与前のあいさつだ。
フリートがもし公爵令嬢だったのならば平気な顔であいさつをさせただろうが男爵令嬢だ。決闘祭を優勝した名誉に比べれば、フリートの身分の話など笑ってしまう程度でしかない。
要は釣り合ってないのだ。そしてわざわざ位の低い令嬢にそれをするということはより強い忠誠を表すことになる。
建前ではただのあいさつだ。やっても問題ない。ただわざわざやらせるということに意味が出てくる。だからフリートはしなかった。
「はん、知らねえでやるかよ」
ネモは跪いた。
「ちょ、た、立って」
両手を振りながらフリートは慌てる。だが、ネモは跪いたまま、動かない。
「ほれ、お嬢様」
周りを見渡す。
視線が痛い。断っても失礼であるし、断らない場合は身の程知らずと思われるだろう。この大きな祭事の場に立てるだけでも光栄なのだ。
ネモは一向に動く気配がない。
腹を括るしかない。
フリートは震える手を差し出す。ネモは包み込むように手を取ると、優しく口づけをした。
ただのあいさつ、ただのあいさつ、ただのあいさつ。
呪文のように頭の中で何度も唱え、自分を誤魔化す。
立ち上がったネモと共に観客席へ頭を下げる。そしてその場から離れた。
通路の壁によりかかり、顔に手を触れる。
口元を隠した。
「……ばか」
緩みきった顔をしていた自分に、呟いた。
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