ネモVSリヒト

 決勝祭当日。

 興味のない演説を聞き流し、ミーレスや貴族を難なく倒したネモは決勝戦までたどり着いた。


 相手はリヒト・ヴァンゼン。


 ネモはサークルと呼ばれる決闘場に出る。その腰にはサーベルではなく刀が下がっていた。入場口をくぐると、サークルに添うように建造された観客席から歓声が響いた。流れ弾や攻撃が飛ばないように高い壁の上であるのと防御魔法が施されている。


 デュエルラインと呼ばれる初期位置に立つ。剣士にも魔導士にも不利にならない距離を計算されて引かれたラインらしい。そこで、リヒトと対峙する。

 リヒトは己の身の丈の半分ほどの長さの杖を突き立てて、その場にいた。


「魔力なしがまさか本当に来るとはな」

「お前さんも倒して、優勝してやるよ」


 リヒトはネモの言葉に鼻を鳴らした。


「やってみろ。できればの話だがな」

「用意」


 審判の声が響く。互いに集中力を高め、睨み合う。


「始め!」


 瞬間、ネモはその場から消えた。瞬く間に、リヒトの懐に入る。


「なに!?」

「──左型、一文字」


 柄頭のあたりを左手で持ち、右の脇腹付近から前方へ向かって薙ぎ払う。

 リヒトは杖で咄嗟に防いだ。しかし衝撃に耐えきれずに杖ごと殴り飛ばされる。床を転がり、浮遊魔法で体を浮かせると立ち上がった。それでも勢いは死なず、地につけた足が地面を削る。


 そこへネモは突貫した。


「──左型、頬貫つらぬき


 左片手突きだ。

 通常の突き技より伸びと勢いがある鋭い突きは容易に防げはしない。


 魔法でつくられた半透明の障壁がいくつも並び、ネモの行く手を阻む。


 が。


 まるで紙切れのように貫いた。

 勢いはいくらか抑えられた為、リヒトは首をそらして逃れる。

 その表情に余裕はない。


 リヒトは距離を詰め、杖を振り下ろす。ネモは素早く刀を振るった。


 硬いものがぶつかり合う音が響く。


「……へっ。何が魔道士だ」


 カチカチと刀が音を立てる。

 その杖にはがあった。


「立派な仕込み杖じゃねえか」


 リヒトの杖の半ばから刃がむき出しになっていた。リヒトの左手には杖であった鞘が握られている。


「魔道士が剣を持たぬ道理はない」


 青い閃光が走る。ネモは大きく後退して両手で刀を構えた。


 リヒトは鞘を放り投げ、剣を両手で持つ。そして、その周りには青い魔力でつくられた剣が四本浮遊していた。


「さっきの加速はなんだ?」

「魔力で体を強化するってぇと、強化する前後で差が生まれるってことだろ? 言っちまえば隙ってことだ」


 リヒトを指さす。


「お前はその隙を狙って魔法をぶち込んでるってわけだ」

「よくわかったな」

「ユファの剣を受けたときに思ったんだよ、流れがぶつ切りだってな。予想外の加速ってのは不意打ちになるが、理に逆らった動きってわけだ。無理が出てくる。ま、魔力なしに関係ねえがな」


 とん、とん、と爪先で地面を小突く。


「最初から速けりゃ、んな隙はできねえ。さっきのは縮地ってんだ、ただの技術さ」


 縮地法。

 前傾姿勢をとり、己の重さを利用して足を滑らせる・・・・。地面を蹴らず、特殊な足運びによって、まるで己と相手の間の地面が切り取られたかのように錯覚する。


 それをネモはやってのけたのだ。相手の錯覚と、通常ではない加速方法による不意で、魔法を練らせずに懐に潜り込んだ。


 結果的に奥の手を引き出させることになったようだが。


「んで、それがてめえの本気か」

「魔法による五剣流。ユファ相手ではどうしても近づかれてしまうからな」

「なるほど」


 魔法でしかできない接近戦。その答えが魔法でつくった剣による変則的な剣術、というわけだ。


 面白い。


 ネモは口の端を吊り上げた。


「──踊れ」


 リヒトから二本の剣が飛んでくる。ネモはそれを掻い潜りながら間合いを詰める。その先に二本の剣が待ち構えていた。


 四方八方を塞がれ、魔法の剣を弾き、避け続けるネモ。そこへ剣先を向けるリヒト。


 魔法が来る。


 ネモは飛び上がった。横薙ぎに振るわれた魔法剣の刃を踏み、包囲網を抜けた。


「遅い」


 魔法の帯が大量にネモへ殺到する。蛇が噛みつくように、弧を描きながら襲ってきた。


「しゃらくせえ!」


 ネモは刀で魔法の帯を全て切り伏せながら接近し続ける。


 帯が晴れた瞬間、魔法剣と共に突きの構えを取ったリヒトが待っていた。


 着地を狙って、突きが放たれた。


 ネモは鞘を弾いた。親指で鞘を射出し、リヒトの視界を遮る。


「ぐっ」


 上体を反らして、鞘を避けられる。魔法剣の動きが鈍った途端、ネモは刀を振るった。


 魔法剣が受けに出るが、構わず叩き壊す。


 リヒトは己の剣で受け、後ろに下がりながら魔法剣で牽制してきた。


 三本同時に斬りかかってくる。


「おらぁ!」


 三本全てを払うように刀で半円を描く。

 それで全てを弾き、リヒトへ迫る。


 そして、渾身の袈裟斬り。


「がはっ」


 斬った。

 リヒトの腕輪の石が砕ける。


「勝者、ミーレス・ネモ!」


 歓声が上がる。

 刀を肩に担ぎ、鼻を鳴らす。


「……負けたか」

「お前さん、まだ未完成だろ。今の魔法」

「わかるか」

「精度がちとわりぃな。視線で剣線が予想できるし、魔法の剣の軌道が単純すぎる」

「卒業までに完成させたかったんだがな」


 暗い表情を見せるリヒト。本当は完成させた状態でユファに挑み、勝ちたかったのだろう。


「完成させたらまたやろうぜ」


 ネモは手を差し出す。

 リヒトは驚いたように手を眺めてから、手を掴んだ。


「あぁ、次は勝つ」

「やってみろ」


 握手を交わす二人に、盛大な拍手が降り注いだ。

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