剣聖

 剣聖というのは「剣を以って大悟を得た」人間を示す。大吾とは悟りであり、理だ。

 ネモ自身もその境地に至れてはいない。一生かけてもそこに至れたと実感できることはないのだろうと思う。


 ただ、願わくば戦って、その剣を直に感じたかったと思う。ネモの理解している剣聖と違うのだとしても、だ。


 剣に命をささげてきた身としては、高みに臨めるのであれば喜んで身を投げ出す所存である。


「ちょっと、聞いてる?」

「……あぁ」

「なら、何の話してたか教えてくださるといいのだけれど」

「……あぁ」


 耳を引っ張られる。

 痛みで思考の海から現実に戻された。


「いででで!」

「ほら、生返事じゃない」


 むくれて、腕を組むフリート。

 ネモは自分の耳をさすった。


「面目ねえ」

「はぁ、いいわよ」


 女性寮のフリートの部屋だった。女性寮ではいえ、許可があれば入れる。ミーレスの場合、主人といれば問題ない。フリートがいなければ即違反者扱いにされるが。


「どうだった、剣聖の弟子は」

「強かったな」


 少し物足りなかったが。

 死合いとしては危機感が足りない。模擬戦なのだから欠けていて当たり前なのかもしれないが。


 あれは強くなる。


「随分、楽しそうね」

「おう。また戦えりゃ最高かもな」


 やはり剣はいい。相手が強ければ強いほど心が躍る。


「……ふぅん。気に入ってるのね、ユファさんのこと」

「おう! 強えやつはやっぱいいな」


 素直に答えたのだが、フリートはどこか不満顔だった。腕を組んで、目を細める。


「言っておくけど、アナタはワタシのミーレスなんだからね。敵にあまり入れ込み過ぎないこと」

「入れ込みはしねえよ」

「どうだか。ユファさん、顔凄くいいし」

「顔がなんか関係あんのか?」


 フリートは首を振る。


「気にしないで」


 コホン、と気を取り直すように咳払いする。


「どうせだからアナタも全力でリベンジしたいでしょ? しかも刀を使って」

「できるのか?」

「できるわよ、一年に一度のチャンスが」


 フリートは得意げに人差し指を立てた。


「決闘祭。学年も身分も関係なく、自分の力を示せるイベントよ。トーナメント形式で試合が行われて、準決勝と決勝では自分の武器の使用が認められるわ。その分特別な防御魔法が施された腕輪がつけられるけどね」

「つまり勝ち続けりゃいいわけだな」

「そういうこと。参加してもいいけれど」

「けど?」


 フリートは目を伏せる。


「決闘祭は客人も多く招かれるわ。有力貴族がお抱えの騎士を見定める場でもあるの。だから勧誘もあると思うわ」

「なんでだ? 俺はお前さんのミーレスだろ」

「ミーレスはあくまで個人間の契約よ。絶対に続けなければならないものではないわ」

「そうは言ってもな」

「主人を鞍替えするにしてもお金には釣られず、主人をしっかり見定める事。あと必ずワタシにも相談すること。これが条件ね」


 てっきり、鞍替えをするなという話が始まるかと思ったのだが、意外にもフリートは鞍替えを肯定してくれるらしい。


「ま、お前さん以外主人にするつもりないけどな」


 ネモが言うと、フリートは表情を暗くした。


「嬉しいわ、そう言ってくれて」


 言葉とは反対に浮かない表情なのが、ネモにはよくわからなかった。




 ネモをミーレス用の寮に帰した後、フリートはベッドに座り込んだ。


「強すぎる」


 行き過ぎた技術は魔法と変わらない。剣聖の弟子であるユファとの戦いはそう思わせるのに十分なものだった。


 ネモは、きっとただの男爵令嬢であるフリートのミーレスに収まる器ではない。正しく導けば、より多くの人を、世界を救うことさえできる力かもしれない。


 ユファには一矢報いれば十分だと思っていた。剣聖から技を継承した者に勝てるわけがないと。


「違う」


 正直侮っていたのだ。一番力を信じてやらねばならない主人が、魔力なしでは限界があると、剣聖の弟子のレベルの魔力にはどうしようもないだろうと、諦めていた。


 後半の戦いは魔力で強化した目でさえ追いきれなかった。


 ネモはきっともっと相応しい主人がいる。それこそフォワのような特別な存在に仕えるべきだ。


 決闘祭で優勝すれば騎士の身分は約束されたものとなる。


 そうなればフリートは……


「せめて見届けられるようにならなきゃね」


 もっと戦いの行方を追い続けられるように魔力の扱いを学ばねば。


 自分の頬を叩いて、フリートは思考を放棄した。

 



──────


ここまで読んでいただいてありがとうございます。


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