ネモVSユファ

 第三広場で、ネモはユファと対峙する。


 ネモはサーベル。腰の鞘に納めたままだ。対してユファはロングソードを両手で持ち、前に構えていた。


「サーベル使いなんだ」

「さてね」


 このサーベルとやらがどこまで刀に近いかわからない。だが、直剣よりは曲剣のほうがいいと判断したまでだった。刀よりも刀身は短く、刃は幅広で薄い。正直頼りないが武器に文句は言っていられない。


 扱いきれずに負ければその程度。


 剣聖の弟子が戦うとあって、この間の決闘より野次馬が多かった。その中で不安げにネモを眺めるフリートがいる。


 少し、心外だった。

 負けると思われている。

 惚れたといったのに。己の剣を認めてくれたのに。

 信じられていない。


 それが、悔しかった。


 口には出さない。みっともない感情だというのはネモ自身が思っている。

 剣士のやることはいつだってひとつだ。


 剣で証明してやる。


「それでは、ミーレス・ユファ・テンペストとミーレス・ネモの模擬戦を始めます。両者準備を」


 立会人であるフォワが宣言する。


「準備なんて」


 ユファが口の端を吊り上げる。


「とっくに」


 ネモは目をこらす。


「できてるさ」

「できてらぁ」


 二人の言葉に、フォワが頷く。そして手をあげた。


「では、始め!」


 手が振り下ろされると同時に、ユファが踏みこんだ。

 繰り出される突きを半歩下がって避ける。すかさず剣先が上がり、斬りふせに来る。

 今度は右に一歩。そして避けながら鞘から剣を抜く。


 鞘を引きながら刃を上に向け、サーベルを引き抜き、振り下ろす。


「おっと」


 ユファは後ろにさがる。手首を狙ったが逃れられる。


 半歩踏み込む。

 振り切った剣で突きを放つ。踏み込む動作と同時に放った突き上げだった。


 普通ならこれで終わりだ。


 表情を見る。焦りはなく、目でこちらの攻撃を追っている。瞬時に理解した。


 対処されるな、これは。


 ユファは腕を引き込み、ロングソードの鍔で突きを受ける。そこから手首を回し、剣の刃にサーベルを巻き込もうとする。


 剣の回転にあえて動きを合わせ、余裕ができたところでサーベルを引いた。それで、組み敷かれる可能性を潰す。


 攻撃を許さないとばかりに右、左と剣を回転させながら歩み寄ってくる。ネモはサーベルを右に引きながら後退した。


 回転を終わらせたユファは自然な流れで右手で剣を持ち、左手を前に出す。やや半身になった、片手突きの構えだった。


 ネモは右半身を後ろにし、サーベルを後ろの方で構える。左腕を前に出し、相手からサーベルが見えづらいようにした。


「魔力、使わないのか」


 ネモが問いかけると、ユファは唇を尖らせて唸ってから笑った。


「不公平だと思ってさ」

「使ってもいいぜ」

「えぇ、いいよ。すぐ終わっちゃうもん」

「……さぁ、そう上手くいくかな?」


 姿勢を低くする。

 攻撃しないのではない。相手に隙がないゆえに攻撃のタイミングを見計らうしかなかった。


 サーベルとロングソード。刀身の長さで言えば、ロングソードはサーベルの二倍ある。間合いの差もあった。下手に攻勢に出ようとすれば、間合いの外から打ち込まれる。


「せっかく楽しいのに終わらせたらもったいないじゃん?」

「それについちゃ、同感だ」

「しっかし、抜剣の瞬間が見えないなんて初めてだよ。何の流派?」

「知らん。記憶がねえからな」

「へぇ。面白いや」


 ユファの声が低くなる。笑みが消えた途端、ネモはユファの足元を見た。

 足が入れ替わる。


 両手突きが飛ぶ。

 ネモは腰の捻りと肩の回転、そして腕の振りを使って突きを叩き落とした。


 ネモの前方、左下方で刃を競り合わせる。突きを抑え込んだ形だ。


 そこから右足を前に出し、刃を滑らせる。


 首を狙ってサーベルを振るう。


 ギリギリまでロングソードを抑えつけた。防御姿勢はとれまい。


 サーベルは首に吸い込まれるように滑っていき――


 ――右手に衝撃を感じたと思ったら弾かれていた。


 視線を走らせる。ユファの手元には何もなかった。右拳を振り上げて、ネモの持ち手を殴ったようだった。


 衝撃に逆らわずに数歩下がる。足元にはロングソードが転がっていた。


「スゥ」


 ユファは両拳を顔の前で構えて、軽やかにステップを踏む。その顔は、武器を失った事実を感じさせない余裕に満ちたものだ。


「楽しいねぇ」

「あぁ」


 ネモはサーベルを鞘に納める。そしてロングソードの鍔を蹴った。ロングソードがユファの顔面目掛けて飛んでいく。


 それをユファは顔色ひとつ変えずにキャッチした。


「……いいの?」

「いいぜ。その代わり魔力使えよ」

「じゃ、一割程度ほど」


 ユファの脚に青いオーラが浮かぶ。


「まずはキミの両手持ちを解禁させたいかな」

「やってみろ」

「……ワクワクするね」


 視界から消えた。

 否。潜り込むように姿勢を低めたために、視界の端に移動したのを消えたように誤認したのだ。


 踏み込みと全身のバネを利用した振り上げ。

 まともに打ち合うわけがない。


 頭を下げて避けようとして、


 を予感した。


 振り上げる腕の速度が瞬間的に数倍跳ね上がる。ネモはサーベルで受けて、足を浮かせた。


 右へ体が飛ばされる。


「ニィ」


 着地を待たずにユファは距離を詰め、剣で払う。


「チッ」


 膝と肘を刃に叩きつける。

 左の膝を上げ、左肘を落とす。これによって刃を受け止めた。さらに右足を地につけて杭のようにし、衝撃を受ける。すかさず、ユファの首へ向けてサーベルを振るった。


 涼しい顔でユファはサーベルを避け、左手をロングソードから放すと拳を放ってきた。それをサーベルの鍔で受ける。


 思い切り弾き出された。


 右手の力が緩んでいると確信したネモは刃を止めていた肘を押し込むように、左足を踏み込む。それで刃を地面に叩きつける。


 余裕があればこのままへし折りたかったがそれほど力める状況と体勢ではない。頭があったところには既に拳がかすめている。


 サーベルを逆手に変えて、斬る。


 ユファはロングソードを持ってすぐさま後退した。そして頬に流れた汗を拭う。


「あっつ。脱いでいい?」

「……は?」

「ちょっと待っててね」


 ユファは紺のベストを脱ぎ、野次馬の方へ放り投げる。さすがに人に当たることはなかったが、ガシャン、と重苦しい音がした。野次馬のひとりがベストを拾いあげようとして、落とす。


「おっも!」


 重りを仕込んで戦ってたのかこいつ?


「いやぁ、こんな肩こりより胸で肩こりしたほうが嬉しいんだけどね」


 肩を回しながら、シャツのボタンをふたつほど外す。ちらりと白い肌と鎖骨が見えた。


「おじいちゃんにさ。あ、剣聖のことね」


 袖をまくりながら、ユファは語る。


「ボクには剣士に欠けてるものがあるって言われたんだ。いまだになんだかわかんないんだけど――」


 眼光、炯炯としてネモを見る。


「キミはボクに何が足りないと思う?」


 ネモは考えずに返す。


「いろいろあるけどまずは殺気だな」


 そして両手でサーベルを構えた。

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