栞の旅館再生計画
neco
第1話 伝説のカナタ
「はい、弁当」
「サンキュ!じゃ行ってくる。栞の面倒、頼むぜ」
「1試合3ゴール取れたら、だっけ」
「任せとけって!」
そう言って、飛び出していくレオを見送る。
サッカー部の期待のフォワード、らしい。
見たことないから知らないけど。
栞、というのは。
横でテーブルにつっぷしてるレオの妹だ。
最近とてつもなく朝が弱い。
毎朝ぼくが起こしている。
「栞ちゃん、試合まで寝てたら?起こすから」
「…」
返事がない。
せっかく起こして連れてきたのに…
どうやら、すでに寝てたみたいだ。
そっとしておこう。
☆
ぼくとレオは高1、栞ちゃんは中3。
昔からの幼馴染ってやつで。
両親が亡くなったのを機に。
レオの家で暮らし、料理を担当している。
あれから数時間。
すやすやと眠る栞ちゃんを見る。
そろそろ時間だけど、起きる気配がない。
これも、いつものことだ。
先にヨダレを拭いて、身なりを整える。
栞ちゃんの。
よし。
起こそう。
「レオの試合、はじまるよ」
「!」
栞ちゃんの起動ワードは、レオの試合。
試合といったら必ず見に行くくらい。
お兄ちゃん大好きっコなのだ。
ショートの黒髪が跳ね上がる。
顔は…まだ若干寝ぼけてるけど。
その他に不備はない、かな?
ぼくの整えスキルもなかなかのもの。
「はい、弁当」
「あ、ありがとうございます!行ってきます!」
「待って待って」
弁当だけ持っていこうとしないで。
お兄ちゃん観戦グッズ、忘れてるよ。
「す、すいません!行ってきます!」
「気を付けてね」
前はこんな感じじゃなかった。
敬語でもなかったし、遠慮もなかった。
あわてんぼう、ではあったけど。
そこまで抜けてなかった気もする。
いつからだっけ?
こんな感じになったのは。
栞ちゃんを見つめながら考える。
なぜか玄関で立ち止まったままだ。
どうしたの?
「あの、3点とったら、面倒みてくれるって本当ですか?」
「起きてたんだ」
「ギリギリ…っていうか、あの!どう、なんですか…?」
「これ以上の、面倒を…?」
年頃の女のコのヨダレ拭くのって。
なかなか、難易度高いんだけど…
まぁ、それを栞ちゃんは知らない。
寝てるあいだに、ルンバがやってくれてる。
とでも思ってるんだろう。
レオの応援に行ってることは。
秘密にしてる、と言っていた。
だから、冒頭のレオのセリフは。
今日も妹の面倒頼むぜ!
ってことだと思うんだけど。
なぜか点数の縛りがある。
うーん。
よくわからないな…
「…ダメ、でしょうか?」
「でも、いいよ。なんでも言って、お世話になってるし」
「やった!約束だからね!」
「あっ」
玄関ドアにぶつかる栞ちゃん。
止める間もなかった。
「あ、あはは。じゃあ行ってきます!」
「ほんとに気を付けてね」
今度こそ、ドアを開けて出ていった。
うーん。
たしかにこれは…
もっと面倒みないと、ダメかもな。
床に落ちた弁当を拾い上げる。
外を見ても、栞ちゃんの姿はない。
「足が速い…」
しかたない、ぼくも出かける準備するか。
レオの試合、見てみるのも悪くないし。
☆
川べりの土手をのんびりと歩く。
すれ違うランナーさんと挨拶を交わしつつ。
栞ちゃんを探す。
土手下では、いろんなゲームをやっていた。
サッカー、野球、ラグビー、ゲートボール。
季節が秋に移ってから、みんな盛んだ。
ぼくは運動能力がないから、見る専だけど。
うちの高校のサッカー部は。
とくに強いとも弱いとも聞かない。
レオのおかげで、勝てる試合もある。
くらいにしか、栞ちゃんからは聞いてない。
…にしても、どこ?
レオも栞ちゃんも見つからない。
レオは背も高く、目立つ容姿だ。
すぐ見つかると思ったんだけど。
眼下のサッカーは見た感じ。
アダルトな雰囲気だ。
高校生たちには見えない。
そもそもどう見てもオジサンとかいるし。
ただ、ゴールを決めて祝福を受ける金髪。
なんか見覚えあるな。
…あれ、レオじゃない?
☆
「栞ちゃん、はい、弁当」
「?!」
土手下に降りて、声をかける。
落としかけるタブレットをさらって。
弁当と一緒に、栞ちゃんに渡す。
「危ないよ、ほら。弁当、忘れてったから」
「…」
驚きで、固まってしまった。
栞ちゃん。
ていうか、
「なんで、みんな…みなさんも、固まってるんですか?」
栞ちゃんと一緒にいた、おじさんな方たちも。
なぜか、驚愕したまま固まってる。
「あぁー…」
やってしまったーという顔をする栞ちゃん。
やってしまってるのは、いつもだし。
気にしなくてもいいと思うけど。
「じゃ、ぼく帰るから…」
考えてみれば。
どう見ても高校生同士の試合じゃないし。
どう見ても栞ちゃんは堂々観戦してる。
これはきっと、見てはいけない場面だ。
きびすを返すぼくの肩が掴まれる。
つよい。
栞ちゃんのパワーじゃない。
振り返れば、興奮したおじさんの顔面。
「もしかして、君が伝説のカナタくんか!?」
「違います」
たしかに、ぼくの名前はカナタだ。
でも伝説になった覚えはない。
「あの、カナくん…ごめん。わたしの、せい、で…」
「気にしないで、栞ちゃんのせいじゃないよ。じゃ…」
ぼくの美点は、ポジティブなところだ。
さっきまでのやり取りを過去に流して。
「よかったら、話しを聞いてくれないか!」
帰りたいんだけど。
掴まれた肩がそのままで、逃げられなかった。
「…構いませんけど」
ポジティブにそう言って、ため息をつく。
せめて、お昼までに終わるといいな。
ぼくのぶんの弁当、持ってきてないし。
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