栞の旅館再生計画

neco

第1話 伝説のカナタ

「はい、弁当」


「サンキュ!じゃ行ってくる。栞の面倒、頼むぜ」


「1試合3ゴール取れたら、だっけ」


「任せとけって!」


そう言って、飛び出していくレオを見送る。

サッカー部の期待のフォワード、らしい。

見たことないから知らないけど。


栞、というのは。

横でテーブルにつっぷしてるレオの妹だ。

最近とてつもなく朝が弱い。

毎朝ぼくが起こしている。


「栞ちゃん、試合まで寝てたら?起こすから」


「…」


返事がない。

せっかく起こして連れてきたのに…

どうやら、すでに寝てたみたいだ。

そっとしておこう。



ぼくとレオは高1、栞ちゃんは中3。

昔からの幼馴染ってやつで。

両親が亡くなったのを機に。

レオの家で暮らし、料理を担当している。


あれから数時間。

すやすやと眠る栞ちゃんを見る。

そろそろ時間だけど、起きる気配がない。

これも、いつものことだ。


先にヨダレを拭いて、身なりを整える。

栞ちゃんの。

よし。

起こそう。


「レオの試合、はじまるよ」


「!」


栞ちゃんの起動ワードは、レオの試合。

試合といったら必ず見に行くくらい。

お兄ちゃん大好きっコなのだ。


ショートの黒髪が跳ね上がる。

顔は…まだ若干寝ぼけてるけど。

その他に不備はない、かな?

ぼくの整えスキルもなかなかのもの。


「はい、弁当」


「あ、ありがとうございます!行ってきます!」


「待って待って」


弁当だけ持っていこうとしないで。

お兄ちゃん観戦グッズ、忘れてるよ。


「す、すいません!行ってきます!」


「気を付けてね」


前はこんな感じじゃなかった。

敬語でもなかったし、遠慮もなかった。

あわてんぼう、ではあったけど。

そこまで抜けてなかった気もする。


いつからだっけ?

こんな感じになったのは。

栞ちゃんを見つめながら考える。

なぜか玄関で立ち止まったままだ。

どうしたの?


「あの、3点とったら、面倒みてくれるって本当ですか?」


「起きてたんだ」


「ギリギリ…っていうか、あの!どう、なんですか…?」


「これ以上の、面倒を…?」


年頃の女のコのヨダレ拭くのって。

なかなか、難易度高いんだけど…

まぁ、それを栞ちゃんは知らない。

寝てるあいだに、ルンバがやってくれてる。

とでも思ってるんだろう。


レオの応援に行ってることは。

秘密にしてる、と言っていた。

だから、冒頭のレオのセリフは。

今日も妹の面倒頼むぜ!

ってことだと思うんだけど。

なぜか点数の縛りがある。


うーん。

よくわからないな…


「…ダメ、でしょうか?」


「でも、いいよ。なんでも言って、お世話になってるし」


「やった!約束だからね!」


「あっ」


玄関ドアにぶつかる栞ちゃん。

止める間もなかった。


「あ、あはは。じゃあ行ってきます!」


「ほんとに気を付けてね」


今度こそ、ドアを開けて出ていった。

うーん。

たしかにこれは…

もっと面倒みないと、ダメかもな。


床に落ちた弁当を拾い上げる。

外を見ても、栞ちゃんの姿はない。


「足が速い…」


しかたない、ぼくも出かける準備するか。

レオの試合、見てみるのも悪くないし。



川べりの土手をのんびりと歩く。

すれ違うランナーさんと挨拶を交わしつつ。

栞ちゃんを探す。


土手下では、いろんなゲームをやっていた。

サッカー、野球、ラグビー、ゲートボール。

季節が秋に移ってから、みんな盛んだ。

ぼくは運動能力がないから、見る専だけど。


うちの高校のサッカー部は。

とくに強いとも弱いとも聞かない。

レオのおかげで、勝てる試合もある。

くらいにしか、栞ちゃんからは聞いてない。


…にしても、どこ?

レオも栞ちゃんも見つからない。

レオは背も高く、目立つ容姿だ。

すぐ見つかると思ったんだけど。


眼下のサッカーは見た感じ。

アダルトな雰囲気だ。

高校生たちには見えない。

そもそもどう見てもオジサンとかいるし。


ただ、ゴールを決めて祝福を受ける金髪。

なんか見覚えあるな。

…あれ、レオじゃない?



「栞ちゃん、はい、弁当」


「?!」


土手下に降りて、声をかける。

落としかけるタブレットをさらって。

弁当と一緒に、栞ちゃんに渡す。


「危ないよ、ほら。弁当、忘れてったから」


「…」


驚きで、固まってしまった。

栞ちゃん。

ていうか、


「なんで、みんな…みなさんも、固まってるんですか?」


栞ちゃんと一緒にいた、おじさんな方たちも。

なぜか、驚愕したまま固まってる。


「あぁー…」


やってしまったーという顔をする栞ちゃん。

やってしまってるのは、いつもだし。

気にしなくてもいいと思うけど。


「じゃ、ぼく帰るから…」


考えてみれば。

どう見ても高校生同士の試合じゃないし。

どう見ても栞ちゃんは堂々観戦してる。

これはきっと、見てはいけない場面だ。


きびすを返すぼくの肩が掴まれる。

つよい。

栞ちゃんのパワーじゃない。

振り返れば、興奮したおじさんの顔面。


「もしかして、君が伝説のカナタくんか!?」


「違います」


たしかに、ぼくの名前はカナタだ。

でも伝説になった覚えはない。


「あの、カナくん…ごめん。わたしの、せい、で…」


「気にしないで、栞ちゃんのせいじゃないよ。じゃ…」


ぼくの美点は、ポジティブなところだ。

さっきまでのやり取りを過去に流して。


「よかったら、話しを聞いてくれないか!」


帰りたいんだけど。

掴まれた肩がそのままで、逃げられなかった。


「…構いませんけど」


ポジティブにそう言って、ため息をつく。

せめて、お昼までに終わるといいな。

ぼくのぶんの弁当、持ってきてないし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る