帰郷
現無しくり
第1話
車窓の景色は焼け野原で、僕の故郷だった。都会と言うには程遠く、田舎というには都会すぎた町は、影も形もなくなっていた。残っているのは、災害があったことを示す、不愉快な焦げ臭さだけだった。
「もう結構経つのに」
「数ヶ月ではそんなものですよ。復興なんてものは」
「はぁ、そんなものですか」
「そんなものです。最近は立派な避難住宅ってやつですか? そういうのも立ちましたし」
タクシー、やれてますからね──運転手がそう言って、鏡越しに笑ってみせた。
舗装がわれた道で、僕らは走っている。時折大きく揺れて、おしりが痛くなった。日本の道は綺麗で、水を滑るようなところがほとんどだから、時々びっくりして声を出してしまう。
僕が、ぼうっと外を眺めていると知っている文字が並んでいてハッとした。
「そこで止めてください」
バス停だった場所に、折れ曲がった時刻表が立っていた。タクシーはゆっくりと減速して、丁寧に駐車した。道のせいで酷く揺れたけれど、見事な手際だったのだろうわかった。
「ありがとうございます。これでお昼、少しいいものでも食べてください」
「いいのかい」
「募金みたいなものですよ」
「はは、なるほど」
運転手は人懐っこく笑いながら、マイドと言って去っていく。取り残された僕は、ここから歩くことにした。帰郷である。故郷を離れて10年。追い出された我が家に帰るのだから、土地の匂いを体に纏わせるべきだと思った。
実家はプレハブ小屋になっていた。もちろん、僕の実家は豪邸という訳では無かったが、それほど小さい家でも無かった。中流思想なんてものが昔むかしにあったという。言うなれば僕の家は、その辺のボリュームであって、生活に苦しんだ記憶は無かった。
しかし、それはそれとして、実家そのものが無くなるということは、思っていたよりもズンとくる。両親が生きていることだけが、何よりの幸運だった。
「あっ」
プレハブ小屋から出てきた母と目があって、暫く見つめ合った。合ってしまった。
「母さん。久しぶり」
母が翻して、小屋の中に消えた。二十年ぶりに見た母は、随分と小さかった。小屋の窓を見ると、親父がカーテンを捲って僕のことを覗いていた。僕が気づいたのがわかると、親父は直ぐにカーテンを閉めた。
「ごめん、連絡──してなくて」
「いいのいいの。さあ上がって──お父さん。お父さん。ヒロキですよ。ヒロキが帰ってきたんですよ」
母親に連れられて小屋に入ると、壁も何も無い一部屋だった。
「ひとまずのお家だから、狭いけどゆっくりしてってよ」
「ありがとう母さん。大丈夫」
その真ん中で、親父はどっしりと座っていた。部屋は小さな棚とちゃぶ台だけがあり、その真ん中に、作りかけの小さな仏像があった。
「ただいま。父さん」
「何が父さん──だ。俺は追い出したぞヒロキ」
「じゃあカズヒトさん。お邪魔します」
僕も親父と同じように座ってみせて、仏像を手に取る。
「カズヒトさん、仕事はあるのかい」
「ある。こんなになってもな」
「へぇ、その仕事、地域産業ってやつだと思っていたけど」
「外注もするさ。結構外人がこういうの好きなんだ」
俺だってな、ネットの一つや二つやってるんだ──そう言って親父はスマートフォンを机の上に置いて見せた。
はあ、昔気質な親父にしてはハイテクをやっている。
「確定申告やら、そういうのはこっちの方が楽だしな。お前のところもそうだろ」
「まあ普通はそうだね」
「で、何しに来た」
「顔を見に来た。しばらく海外に行くから」
「へぇ、そら大層なこった。仕事か?」
「そうだね」
母親がお茶を出してくれたので、僕はそれを1口飲んだ。渋くて熱い緑茶だった。親父がスマートフォンを手に取って、手持ち無沙汰に触り始めた。慣れているらしい。
「ヒロキ、足の調子はどうだ」
「大丈夫、走れるくらい」
「そうか」
──それを最後に静寂が始まって、僕は天井を見上げた。プレハブの天井は構造がむき出しで、いかにも寒そうな突貫工事だった。思えばあの時、病院で診た天井も、似たようなものだった。
二十年前、冬。その日は雪の降り初めで、銀世界というには汚らしかった。
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