追憶 ~20世紀最後の、恋愛物語。~

一服庵 愚梟

第1話 プロローグ

「ねぇ。先生の彼女ってさぁ…どんな人ォ?」


 なんてこと聞くんだ、そう思いながら俺は、読んでいた本から顔を上げた。

 こんなことを聞く奴ァだいたい決まっている。

 それ。見たことか。


 「ねぇ。教えてよぉ!!」

 「お前なぁ。予想つきすぎてつまらんぞ」

 「はァ?」


 小学校6年生の彼女には、そんな俺の思考が読めるはずもなく、予想外の返事に素っ頓狂な声をあげる。


 俺は今、何の因果でか小学校の教師をしている。

 若い身でこんな商売をしていると、ませた女子児童がああいう質問をしてくることはしょっちゅうである。


 「では教えてやろう。それはな…」

 「うんうん…」


 「ヒ・ミ・ツ!」


 俺は彼女の執拗な追及をいつもの方法でさらりとかわすと、エエーッという声を後目にやおら立ち上がり、職員室へと向かった。


 そういえば、あいつは今どうしているだろう。

 元気でやっているだろうか…。


 確かに俺には彼女がいた。

 もう、過去の話ではあるが。


 俺たちは、ずっと前に別れた。

 そして俺は、意図して彼女を傷つけた。

 なぜ、あんなことができたのか、今でも分からない。

 けれど、確かにそれは現実だった。


 今につながる、これまでの時間のなかに、確かに存在した出来事だった―

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る