風切り人間大嫌い

ヒビキセン

風切り人間が嫌い

 ガタンゴトン。

 週末、ぎゅうぎゅう詰めの四角い箱に揺られる。

 わざわざ四角い箱とかわかりづらいよな、格好つけたかっただけなんだ許してください。

 俺は地下鉄の電車を乗り継ぎ、お目当ての本を買うために市内を目指す。


 ただの憶測だが電車内は週末ということだけあって人の表情は明るい気がする。

 ごめん嘘、人の顔なんか見ても何もわかりません、「顔があるな」としか思えません。


 「次はー難波ー」

 くだらない脳内主人公モノローグごっこをしていると、電車のアナウンスが目的地を知らせてくれた。

 基本座席に座らないタイプなのですぐに降りることができた。


 地下街に来ると人がめちゃくちゃ多い。

 人混みを避けながら目的地を目指す。

 市内に出るといろんな武装をした人が歩いている。

 頭髪のカラフルな人、思い思いに推しのグッズを身につけている人、「闇の力でも持ってんのか」って位全身が真っ黒な人(⇦俺のこと)。


 そんな沢山の人の中でも俺が唯一嫌いなタイプがいる。

 『風切り人間』だ。

 もちろん、俺が勝手にそう呼んでいるだけ。

 

 風切り人間の特徴は

 エグいくらい発達した肩、何カップあるんだよって位の大きな胸である。

 それに加えてビッチビチのTシャツと剃り込みの髪型、自信に満ち溢れた眉毛だと完成形である。

 まあ、要するにヒョロガリチビの俺とは正反対の服ピッチピチのゴリゴリ男性のことだ。

 体幹の強い奴らは人を避けることを知らない。

 まるで自分が中心だと言わんばかりに風を切って堂々と歩く、人が通りやすいようにすることなど考えもしないのだろう。


 地下街では沢山の人たちがそれぞれの目的地を目指して、色んな方向へ忙しなく歩いている。

 俺も目的の本屋を目指し地下街を歩く。

 4番出口の方向を進んでいると眼前に風切り人間が現れた。


 風切り人間はワイヤレスイヤホンで電話をしながら、大きな声を響かせる。

 「おん、おん! あっははは!」

 ダメージ受けすぎなジーンズのポケットに両手を入れて迷わずこちらに向かってくる。

 まるで鳩のようである。

 クルックーと聞こえてきそうだ。

 

 一瞬、俺と風切り人間の目が合う。

 体に緊張が走る。一瞬の勝負だ。

 お互いが体を反らしあい、道を通りやすくするのが思いやりってもんだろう。

 目が合ったにも関わらず、風切り人間は体を避けるそぶりも全くなくズンズンと歩みを進める。

 ぶつかるギリギリまで近づいたところで俺が体を反らせる。


 風切り人間に睨まれた。

 チッと舌打ちをされた。


 ああ、負けてしまった。


 奴らは自分の体の大きさを理解できていないのか全く避けようとしない。

 「マジで人多いのだるすぎ! お前どこおんねん!」

 俺の背には通話している風切り人間の声がする。

 (もしも俺が避けなかったら思いっきりぶつかっていたぞ!)

 俺は心中、腹を立てる。

 本当にぶつかりでもしたらトラブルになりかねないし、細身の俺は風切り人間の衝撃に耐えきれず吹っ飛ばされてしまうだろう。きっと肩とか外れる。

 

 嫌な気持ちにはなったが、目的地まで後少しだ。

 フードエリアをこえた先に目的の店がある。

 俺は人を避けながら早足で店を目指す。


 通販で本を買えば外に出なくて済むと思うかもしれない、だが俺は沢山の本が置いてある空間が好きなんだ。

 店員さんが独自におすすめしてくれるポップを目にして思わぬ本に出会えるかもしれない! そう思うと本屋に向かうことは必然だ。


 人の密集が減る。

 

 店が視界に入り、俺の足取りは軽くなる。

 

 俺は油断したんだ。


 風切り人間は別に男性だけに限った話じゃないってことを。


 視界の端には急にキャリーケースを引きずり歩く女性。

 胸を張り堂々としている。


 体と体がぶつかる僅かな瞬間、俺は体を回転させた。

 しかし、右足を置き去りにしてしまい、女性はキャリーケースで俺の足を下敷きにして、そのまま去ってしまう。


 敗北だ。

 

 軽くなっていたはずの足はジンジンと痛み、軽くしていたのは脳内だったと反省する。

 地下街は忙しない人たちが集まり、常に警戒していないと風切り人間に遭遇する危険な場所なんだと一瞬でも忘れてしまっていた。


 足を引きづりながらも本屋へ辿り着く。

 「あ、岩倉氏やっときましたな〜」

 待ち合わせをしていたヒョロガリノッポの井上が声をかけてくる。

 「井上よ、俺はまたも勝負に負けてしまった」

 俺はこの本屋に辿りつくまでの経緯を井上に話した。


 「いや、岩倉氏は気にしすぎですよ。 そんなの人が多いとよくあることですし」

 俺にとってはとても大きな出来事だったのに、井上は何でもないことかのように続ける。

 「そんなことよりも早く店内入りましょう、好きなことに夢中の時間のほうが良いですぞ〜」


 ヒョロガリノッポの井上は俺の肩をバシバシと叩く。

 「あとでメイド喫茶で岩倉氏の足を労ってもらいましょう〜」とハイテンションで話している。相槌を返しながら俺は思う。

 一人でいるとどうも卑屈になってしまうが、井上と会えばいつも前向きにさせてくれる良い友人だと思った。


 なんで避けてやった俺が睨まれ舌打ちを浴びせられなきゃいけないんだ。

 キャリーケースに轢かれるし散々な仕打ちじゃないか。

 風切り人間にまた遭遇たら押し負けないように、俺は体を鍛えよう。

 今日から試しに腕立て伏せを始めよう。

 圧倒的体幹を手に入れてもう避けなくてすむように。


 足の痛みは飛び、俺は勇ましく本屋に入店した。


 


 


 

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風切り人間大嫌い ヒビキセン @megane69147

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