第29話

 魔導灯の出力を最小まで絞った薄明りの下、寝台に横たえたテレサの肢体は美しく、艶めかしかった。


 居間から寝室に横抱きに運んだテレサを、私は寝台に乱暴に放り、ドレスを脱ぎ捨てる。

 寝台に腰かけ、微かに震える指先でテレサの頬に触れると、その上から掌を重ねられた。

 掌に頬ずりをされ、その肌のきめ細やかな感触に背筋が震える。


「知ってしまったのですね」

「何を、ですか」

「わたしのことを。聖女のことを」


 テレサの静かな声を聞きながら、私は空いた手で彼女の身体に触れていく。

 髪に、耳に、首筋に、鎖骨に、胸の間に、鳩尾に、臍に。薄着の上を指を這わせて、下腹部で止め、掌を押し当てる。


「聖女とは魔王の器」

「はい」

「魔女とは魔王を封印した聖女のこと」

「はい」

「魔女は永遠の命を生きる。いつか魔王となるその日まで」

「はい」


 押し当てる掌に少し力を入れると、テレサが甘い吐息を漏らす。

 当たり前のように受け入れた態度が、憎らしくすらある。


 こんな馬鹿な話があるでしょうか。

 親も、国も、正教会も、誰も、何もテレサを守らなかったのに、どうしてそんな役割を課されなければいけないのか。

 今代の聖女はテレサだけではないのに。

 テレサ以外は私も知る名家の生まれ。貴き家に生まれ、人に、家に、民に守られて生きてきたものは、いつかその時が来たらその命を返すことが責務なのだから、何故そのものたちを差し置いてテレサが選ばれなければならないのか。


「理不尽だとは思わないのですか」

「この世の中に理不尽ではないことなんてありません」

「貴女が、テレサが何故そこまでしなければいけないのですか。貴女に何も与えなかった世界のために」

「それが与えられた役割なら、ただ果たすだけだと思っていました」


 肌着をたくし上げると、足の付け根の近くまで白い太ももが露になる。

 その太ももに触れると、テレサは声を堪えるように私の指を甘噛みする。


「貴女が望むのでしたら、私は何でもするのですよ」

「何でも?」

「終わりを望むのでしたら殺してあげます。私を望んでいただけるのしたら、この命がある限り傍らに寄り添います」


 テレサの太ももを何度かさする様に撫でた後、緩い肩紐の結び目を解く。

 解いてもいきなりはだけさせることはできなくて、そっと淡い胸の膨らみに触れる。

 睨むように、誘うようにテレサの瞳が私を射抜く。


「魔王の器を壊すと、魔王の呪体が解放されて大災厄が起きると言われています。姫さまの悪名が歴史に残ることになります」

「それが何ですか」

「わたしの傍にいるためには、王族のままではいられませんし、きっと姫さまの名誉は貶められます」

「それが何ですか」


 私のつまらなそうな返答に、テレサはため息を漏らす。

 それはもしかして、私がゆっくりとテレサの胸をまさぐっているせいかもしれない。

 掌に収まる程度の、でも柔らかな胸の先端に指が触れる度に、テレサは私の指に歯を立てる。


「…姫さまは王家の誇りを守ることに、命を懸けてこられたではないですか。その全てを捨てられると言うのですか」

「貴女が望むのでしたら」

「バルジラフの時は、わたしが行かないでとお願いしても、聞いてくれなかったくせに」

「まだ根に持っていたのですか。しつこいですね」


 あの時、戻った後にテレサにされたことは悪質だったと思っているので、蒸し返されると少し腹が立つ。

 きっと、あの夜、テレサはかなり投げやりに私との関係を断とうとしていた。

 それがどうしてかまでは分からないけれど、どんな理由でもそれだけは許せない。

 それでも苦し気な今のテレサの顔を見れば、責めることなんてできないけれど。


「あなたになんて出会わなければよかった」

「私は貴女に会うために生まれてきたのだと、自分で決めました」

「会いたい人なんていなければ、孤独の寂しさを知ることもなかったのに」

「私は貴女に会えて初めて孤独ではないと思えました」


 何も持たずに生まれて全てを自分で手に入れた貴女と、何もかもかも持って生まれたのに何も手に入れられなかった私。

 与えられた役割を心の支えにした私と、心をなくしてただ与えられた役割を果たす貴女。

 似ているようで、真逆の私たち。

 違うから、こんなにも惹かれてしまった。


「ですから、貴女は思うように望みを口にしてください。それが私の願いなのですから」

「…」


 ここまで言っても、テレサは答えてくれない。

 そうであろうとは思っていたけれど、やはり悲しくなってしまう。

 これが最後の夜になる予感に、涙がこぼれそうになる。


「何も望んではくれないのですね」


 たくし上げた肌着の間に手を差し入れて、脇腹から腰にかけてを撫でる。

 それがくすぐったかったのか、テレサの腰が軽く跳ねて、少し痛いくらいに指に歯を立てられた。

 少し恨めしそうな目を向けられるけれど、知ったことではない。

 どうせ、こんなもので済ます気はないのだから。


「姫さまは友だちにこういうことをするのですか」

「普通のお友だちの関係なんて知りませんし」


 そんなありきたりな言葉なんて、貴女の口から聞きたくない。

 倫理観何て持ち合わせていないくせに。


 背筋を腰から指先で撫で上げると、背中を逃げるように弓なりに反らすから、太ももを足で押さえつける。

 背筋や脇を愛撫するたびに身体が跳ねるけれど、逃げることが出来ず、私の指を嚙みながら声を漏らし始める。


「わたし以外にも友だちができたらするのですか」


 私の意識を逸らすために、わざと腹が立つことを言っているのかしら。


「貴女以外に私のお友だちになる人はいないのですから、お友だちはどうとか言うだけ無駄ですよ」


 それに、テレサの方から口づけしてきたのに、どうして微妙に逃げ腰なの。

 もちろん、テレサはこういうことを誘ったわけではないのでしょうけれど、私の方が誘われたと思うことは分かっていたでしょうに。

 いえ、そんなの私の勝手な思い込みでしかない。

 でも、もうそれでもいい。


 敏感らしい背中から脇を一しきり撫でまわしていると、テレサがのたうつものだから、肌着がはだけてもうお腹にひっかかる程度になっている。

 潤んだ瞳と荒い息が相まって、全裸よりも煽情的な姿に息をのむ。


 はだけた胸に唇を寄せ、強く吸って離す。

 綺麗についた花びらのような痕が、とても愛しいものに思えた。

 その痕を指先で撫でてから、今度は鎖骨の下に同じように痕をつける。

 そのまま舌を這わせて、首筋に嚙みつくつくように強く痕を残す。


「今度は、冗談ではありませんよ」


 言いながら、首筋についた痕に触れる。

 この痕が、永遠に消えなければいいのに。


 息を一つついて、私がテレサの太ももの内側に触れると、反射的に膝が閉じられる。


「あ、やっ」


 テレサから漏れたとも思えない、切羽詰まった愛らしい声。

 私はどこか醒めた心でそれを聞きながら、テレサの顔を見る。テレサは自分の出した声が信じられないといった表情をしていた。


「いや?」


 私は無理矢理、テレサの膝を割る。


「約束は破る。私のお願いも聞いてくれない。わがままばかり言わないでください」


 なんて自分勝手な言い草。

 でも、何も言い返さない、言ってくれないテレサが悪い。


「もう、泣き喚いたってやめる気はありませんから。それに…」


 差し入れた指先で内またをついと撫でてから、その指でテレサの唇を撫でた。

 滴るほどに指に絡みついた液体が、唇を濡らす。


「こんなにして、いやなんて説得力がありません」


 ああ、私は今、きっとひどく醜い笑みを浮かべている。

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