第6話

 着替えや準備をして、食堂に着いたときには、すでに父王とアレク、弟のジョルジオスは待っていた。

 分家筋を除けば、私とこの三人がローレタリア王家の全員だ。

 母は弟を生んだ後、健康を害して、私が成人する前に亡くなってしまった。父王は側室もおらず、母が亡くなった後に後添をもらうこともない。


 私の方を見てジョルジは、はにかんで小さく頷く。

 今年で十四歳になるジョルジは、私とよく似た少女のように愛らしい顔立ちをしている。

 アレクや私と同じ母を持ち、十五歳で成人すればアレクに次ぐ王位継承権第二位となる。

 ローレタリアの王位継承権は直系男子優先だけれども、何よりも優先されるのは、聖剣を継承できるかどうか。聖剣こそが真に王権レガリアなのだ。


 これは、ローレタリア以外の五王国でも同じこと。

 聖剣は魔王が生まれた一千年前に、精霊から魔王を倒すためにもたらされたと言われている。魔王によって当時隆盛を極めた魔導文明が崩壊した直後。もたらされた聖剣の力で人々をまとめ上げたのが、祖王と呼ばれる五王国の開祖。


 私は、継承権を持っていない。聖剣に所有者として認められなかったから。

 聖剣に認められる基準は明確ではないけれども、最低条件は判明している。祖王の血筋であること。王家特有の莫大な魔力を有すること。

 私はこの二つを満たしてはいるけれど、聖剣には認められなかった。


 おそらくは、魔力形質の欠陥が原因なのだと思う。

 魔力の三形質のうち、自分の肉体と精神に作用する内魔力しかもたず、魔力を自分以外に作用させる心魔力も、自然現象に干渉する外魔力もまったく持たない。

 どんな人でも適性や強弱はあっても、普通はまったくないということはない。

 つまり私は、魔力障害と言う一種の障害者なのだ。


 私はジョルジに微笑み返して、自分の席に着く。

 大きな長方形のテーブルに父王が上座に座り、アレクとジョルジが向かい合い、私はアレクの隣に座る。

 隣と言っても、人が優に三人は入れる間隔が空いてはいるけれども。


「遅くなり申し訳ありません」


 私は謝罪を口にするが、厳しい顔をするものはいない。


「いや、戻ってすぐにパレードや祝典に駆り出してすまなかったね。疲れただろう」


 父王は私とよく似ていると言われる顔に、穏やかな笑みを浮かべて言う。

 実際に穏やかな性格をしているし、その治世は屈指の善政と讃えられてもいる。

 もちろん、為政者としては優しいだけの人ではないけれども。前王すなわち私たちの祖父であり、自分の父親を、戦争などで無駄な出費を増やしすぎると、裏から有力者を動かして廃位させるような人だ。


「昨夜は途中で退出してしまい、申し訳ありません」

「かまわないよ。すでに会議の準備に入っていたしね」


 父王は鷹揚に笑うが、間にいるアレクが悪い顔をして私を見る。


「まあ、しかし、昨日は飲みすぎだったな。テレサが止めに入らなければ危なかったのではないか」

「お恥ずかしいかぎりです」


 侍従や侍女が控えているので、反論もできない。

 アレクもそれが分かっていて、いじめている。


「僕も姉様には、ああいう席でのお酒は控えてほしいです」


 あら、ジョルジが私に意見を言うなんて珍しい。

 そんなに見苦しかったかしら。


「ごめんなさい、ジョルジ。王族としての自覚に欠けていました」

「いえ、そうではなく」


 なぜか赤くなって、俯いてしまう。


「姉様はお酒が入ると、その…」

「?」


 どうして言葉を濁すのかしら。

 アレクも何で笑いを堪えているの。


「くく。で、そのテレサは結局どうする?ここに留まりたいと言っていたが」

「しばらく、逗留してもらいます」

「そうか。部屋はどのあたりに用意させる?」

「いえ、私の部屋にいてもらいます」


 私とアレクがテレサについて話す間、父王がとても微妙な表情を浮かべているのが、横目に映っていた。


「随分と聖女殿と仲が良いんだね」

「はい。お友だちですから」


 本当は一方的に私がそう思っていただけで、嫌われているけれども。


 父王は私の言葉に何か言いたげにアレクを見るが、アレクは肩をすくめて返す。

 何だろう、この父王の態度は。随分と煮え切らない。政治向きのことで私に言えない、言わないことなんていくらでもある。それをいちいち気にするような人ではないはずだ。


「そうか。友人は大切にしなさい。我々にとってはどんな宝よりも得難いものだからね」


 本当に。得難いものであることを、今まさに痛感しています。


「はい、心に止めおきます。お兄様、聖女様の手形を届けていただけないでしょうか」

「分かった。すぐに届けさせよう」


 アレクは控えている侍従を呼んで、指示を出す。


「あ、それと、聖女様はお食事がまだですので、官の使う食堂を案内していただけると」

「食事を部屋に届けさせてもかまわないが?」

「聖女様はそうした特別扱いはお嫌いだそうです」


 他人の知らないテレサのことを話して、少し得意げになってしまった。

 恥ずかしい。気が付かれていないといいけど。


 アレクが追加で指示を出すと、一礼をして侍従は退出していった。

 これでテレサがお腹を空かせることはなくなったと思うと、謎にやり切った感が湧く。


 朝食はおいしく食べられそうだった。


◇◇◇


 朝食を終え、食堂を出たところを呼び止められた私は、アレクの部屋に来ていた。

 アレクの部屋は私の部屋に向かう途中なので、テレサとすれ違うかもと思ったけれど、そんなことはなかった。

 わざわざ自室に呼んだということは、人には聞かれたくない話があるのだろう。

 まあ、テレサのことに決まっているけれども。


 アレクが机の椅子に腰かけたので、私も寝台に腰を下ろす。

 机には、昨日戻ってきたばかりなのに、すでに書類が積まれている。

 王太子として、アレクは旅に出る前から政務に関わっていた。おそらくは、本格的な譲位に向けて動いているのだと思う。


「で、テレサとは上手くやれているのか」


 予想通りだけれど、相変わらず、人の聞かれたくないことを的確についてくる。


「何か変。仕方なく私のところにいるみたい。アレクは事情を知っているんでしょうけど」

「知りたいのか?」

「知りたいか、知りたくないかで言えば知りたいけど…」

「教えてやろうか」

「いい。テレサが言いたくなったら、本人から聞くから」


 そうか、と頷いたアレクの顔に嫌みはなく、どこか優し気ですらあった。

 それは、私にテレサを頼んだ時の総主教猊下に似た優しさだった。


「テレサのことになると皆おかしい。陛下もアレクも総主教猊下も」

「ほう。猊下と話したのか」

「うん。テレサのことをお願いされたけど、よく分からなかった」

「猊下がお前に?」


 アレクは首を傾げて、何か考え込んでいる。


「ティティスもおかしなこと言うし…そう、何なのあの人!」

「ティティスがどうかしたのか」

「しらばっくれて!今朝、テレサに会いに来てた。私の部屋に。勝手に!」

「いや、俺は知らないぞ」


 そんなわけはない。

 ティティスは契約でアレクの手伝いをしているだけで、俗世に干渉する意思なんてない。

 ティティスが動いているということは、必ずそこにアレクの意思が介在しているはず。


 私の疑いの目に、アレクはため息で応える。


「嘘じゃないぞ。あれはあれで、魔女の理で動いているからな」

「その魔女の理と、テレサに何の関係が?」


 目を細めただけで答えないアレクに、私は気づいてしまった。

 それが、テレサの事情に関係することだって。

 詮索しないって言ったばかりなのに。


「ごめんなさい。今のは忘れて…」


 知りたいことを、関心のある人のことを、あえて知ろうとしないって難しい。

 どうしたって、考えがそこに結びついてしまう。


「まあ、ティティスのことは気にするな。あれはテレサ個人に関心を持つことはない」

「べ、つにそんなことを気にしているわけじゃ」


 そうか、私は。

 ティティスが私よりもテレサと仲良くなることが嫌だったのか。

 私は自分がテレサの一番でないと嫌なんだ。


 気が付きたくなかった。

 自分の中にそんな醜い独占欲があるなんて。

 でも気付いてしまった以上、たしかめずにはいられない。


「…アレクもけっこうテレサのこと気にしているよね」

「ん?」

「アレクが私の人間関係まで干渉するなんて初めてじゃない」

「そうか?」


 私は自分の声が温度をなくしていくのが分かる。


「テレサをきさきにするつもりなの?」

「なぜ、そうなる」

「勇者と聖女の結婚なんていい宣伝になるじゃない。正教会は政治に不干渉だから、政治的背景をもたないのもいいよね」


 アレクが恋愛的な好意をテレサに持っているとは思わない。

 というより、自分の妃をそういう基準で選ぶ人間ではない。そう考えた時、テレサは妃として有望な存在なのではないだろうか。

 だから、私との関係性を気にするのではないか。


「穿ちすぎだな。そのつもりはない」

「本当に?」

「ああ。絶対にありえないと断言できる」


 嘘ではなさそう。

 でも、アレクが「絶対にありえない」という言葉を使うということは、そうならない理由があるということ。これも、テレサの事情に関わることなのだろうか。


「というか、お前、俺とテレサが結婚すれば義理の姉妹になれるのに嫌なのか」

「はい?冗談でもやめて」


 自分でも驚くくらいの冷たい声が出た。

 アレクも、私をからかうくらいのつもりだったのか、少し目を見張った。


「あまりテレサに入れ込みすぎるなよ」


 ティティスと同じようなことを言う。

 分かっている。

 テレサのことになると、私は心の均衡を欠いている。

 王族としての責務よりも、人としての常識よりも、テレサに向かう感情が上回っているときがある。


「分かっています」


 答えた私の言葉を、アレクも、私自身もきっと信じてはいなかった。

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