第35話「あたしが開発した新薬、その名もM2NR-iなのです!」

 エイジは手にしていた双眼鏡を投げ捨て、離れからグラウンドに向かって走っていた。


 ――G-M2NRを飲んでゴリマッチョにならないはずがない。どうして普通の人間に戻ってしまうんだ!


 彼は自分の作り出した薬に絶対の自信を持っていた。臨床実験も済ませて、効果を目の前で確認した。それなのに――。


「はぁはぁはぁ……」

「エ、エイジ様! いったいこれはどういうことでしょうか?」


 息を切らせて配布マッチョたちの前へとやってきたエイジは、やはり目の前に広がる光景を信じることができなかった。いや、信じたくなかった。遠目から見ていたとおり、G-M2NRを飲んだ部下マッチョたちはみな、ごく普通の人間の姿に戻っていたのだった。


「おい、薬を間違えているんじゃないのか?」エイジが詰問する。

 

 それに椅子マッチョが「いいえ! 確かに理科室にある薬品製造機から出てきたものを持ってきております!」と錠剤を掌に乗せて、エイジに見せながら答えた。その目からも、嘘はついていないように思える。

 

 エイジは自分のポケットから、持っていたG-M2NRを取り出す。そして、椅子マッチョの掌の上のG-M2NRと比較してみる。確かに、見た目的には大きさも含めて何らおかしなところはない。


 ――だとしたら個人差があるというのか……いや、そうだとしてもグラウンドにいた大勢のマッチョが全員普通の人間に戻ってしまうなんて考えられない。

 

 それでも納得のいかないエイジは、椅子マッチョが掌に乗せていた薬を掴み、隣にいた監視マッチョの二人の口の中へ強引に押し込んだ。


「エイジ様!」

 椅子マッチョが心配そうに言うが、エイジは知らん顔だった。


「この薬が本物のG-M2NRならば、こいつらもお前のようにゴリマッチョになるはずだ」

「ええ! きっとなるはずです、ゴリマッチョに!」


 しかし。


 グアアアアああああっ!

 オオオオオオオ……おおおおっ!


 そんな声を出して苦しみだした監視マッチョ二人も、他のマッチョたちと同じように普通の人間に戻ってしまったのだった。「はっ? わたしはどうしてここに……?」とかなんとか言いながら。


「なぜだ、なぜだ、なぜだぁぁぁぁっ!」

 さすがのエイジも大きな声を出して、怒り狂った。


 ――薬の作成に間違いはなかったはずだ! 今、私の目の前にいる椅子ゴリマッチョが何よりの証拠じゃないか! なのになぜ!



「ふふふふふ! その疑問に、あたしが答えてあげましょう!」



 建物に設置されたスピーカーから、可愛い女の子の声が響く。そう、マリカの声である。エイジたちより少し高い場所から見下ろすようにして、可愛いくまのぬいぐるみがマイクを持って喋っているのだった。その隣には、どうしていいかわからず無表情のままの赤い髪の少女――アンジュも立っていた。


「そこのゴリマッチョさんが持っている薬……実はG-M2NRでは! あたしが開発した新薬、その名もMNR-iなのです!」


「M2NR-iだと?」


 エイジが新薬という言葉に反応して、声を荒げた。


「iとはなんだ、iとは!」

「知りたい?」と、マリカがじらす。アンジュは、私は関係ありませんからねとでも言わんばかりに、遠くの空を眺めている。


「M2NR-iは! と読みます!」

「マ……マッチョにならなーいだと?」


「そう! あたしが研究室に忍び込んで、製造方法をちょちょっとイジってみたの! そしたらほら! 効果抜群じゃない!」


 得意げな表情で語るマリカに対して、エイジがわなわなと拳を握り締めながら震えていた。


 ――製造方法をちょちょっとイジってみた……だと?


「M2NRは私が天才的な頭脳を持ってしても、何度も失敗を繰り返し作り上げたものだ! それを作り替えただと? しかも完全に人間に戻す薬に?」


「そ。ご丁寧に、コンピュータの中に薬の成分や製造過程が保存されていたから、それを見たらすぐにわかったわ! んで、ちょちょっと成分の配合を変えて、こっそり稼働させてたってわけ!」


 ――つまり、椅子マッチョが持っている薬がM2NR-iマッチョにならな〜いで、私が持っているのがG-M2NRゴリマッチョにな〜るということか。


「ははっ、はははっ!」


 エイジは思わず笑い出した。まさかこんなくまのぬいぐるみが――どういう原理で喋ったり動いたりしているのかもわからんが――いとも簡単にM2NRを改良するなんて。しかもマッチョを普通の人間に戻すというこれまでとは真逆の効果を持たせて。天才的な頭脳を手に入れたエイジだったが、それを遥かに上回る天才がいたことに気づき、もう笑うしかなかったのだった。


「なっ、何がおかしいのよ!」

 そう言うマリカを、エイジが真っ直ぐに見つめる。


「お前はぬいぐるみのくせに、私よりも遥かに優れた頭脳を持っている。それは認める。認めざるを得ない」


 次に、エイジは自分の掌にある5錠のG-M2NRを見つめ、ぐっと握り締めた。


「だがな、この週末世界を生き抜くためには頭脳だけではダメなのだ。強靭な筋肉。それがないとこの世界では生きていけないのだ!」


 そう言うとエイジは、自分の持っている5錠のG-M2NRを一気に飲み込んだ。それには隣にいた椅子マッチョも、マリカも、そして我関せずのアンジュまでもが驚いた。


「フッ、フオオオオオオオ!」


 エイジは白目を剥きながら、興奮状態になり叫んだ。そして、痩せ細っていた彼の体がだんだんとパンプアップしてきた。着ていた白衣は簡単に破れ、体は一回りも二回りも大きくなっていく。筋肉に張りが出てきて、そこに血管も浮き出てきた。


「あなたたち!」


 突然、椅子マッチョがアンジュとマリカの元へとやってきた。彼に戦う意思は見られなかった。それよりも、困惑し、何かを訴えようとしている表情だった。


「ここから逃げたほうがいい。エイジ様はG-M2NRを5錠も飲まれてしまった。ただのゴリマッチョではない、恐ろしい怪物が生まれるかもしれません……」








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 こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 以前登場したM2NRマッチョにな〜るは、ユーサン・ソウンド(有酸素運動を文字ったキャラクター名)に次ぐネーミングセンスの素晴らしさだと自負しておりましたが、今回のM2NR-iマッチョにならな〜いもまた、なかなかいい出来だと思っております。

 薬の名前も、なんとなく派生した感じが現れているではありませんか。な〜んて。

 どうぞ、笑ってやってください。

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