第32話「このお方は神より生み出されし天使、アンジュ様である!」

 マリカ全力のツッコミも、マッチョたちの大歓声の前にかき消されてしまった。



 バンザーイ、バンザーイ、天使様バンザーイ!

 マッチョ、バンザーイ!

 眷属、バンザーイ!



 変わらずマッチョたちは何度も万歳をして天使様とその眷属の登場を喜び続ける。


 ――こりゃ、もしかして……!


 ニヤリ、とマリカが何か閃いたようなそぶりを見せた。アンジュは「マリカ……変なこと言わないでよ」と心配そうに釘を刺す。すると、マリカはどこからもってきたのか、マイクを持って話し始めた。


「……あ、あ、あ。聞こえる? マッチョの諸君!」


 元学校を利用して作られたアジトだから、放送設備もまだ生きていたようだ。グラウンドに設置されたスピーカーからマリカの声が響く。それに驚いたマッチョたちはあっという間に静かになり、直立不動でアンジュとマリカに注目した。


「このお方は神より生み出されし天使、アンジュ様である!」


「ちょっと何言っ――」慌てるアンジュの口を、マリカがマイクを持っていない方の手で塞ぐ。マリカは「黙って聞いてればいいから、悪いようにはしないわ!」という目でアンジュを見るが、当然そんなの彼女には伝わっていない。


 ――あーもう! どうなっても知らないからね!


 アンジュは半ば諦めて、マリカの話の続きに耳を傾ける。



「そして私はアンジュ様の使い、マリカである!」


 マッチョたちも話の続きを聞き逃すまいとじっとマリカとアンジュを見つめている。


「神は言った。今こそ、このアンジュ様を中心として世界を再構築せんと! マッチョの諸君、アンジュ様と一緒に新しい世界を作ろうではないか!」


 そう言うと、マリカがマイクを握った手をぐっと天に突き上げた。と同時に。



 ウオオオオオオオオオオオオオオ!

 オオオオオオオオオオオオオオッ!

 オオオオオオオオオオオオオオォ!

 ウオオオオオオオオオオオオオッ!



 マッチョたちの怒号にも似た大歓声がグラウンド中に響き渡った。神様が産んだ天使と一緒に新しい世界を作る。それはマッチョたちに、「エイジに忠誠を誓う」という洗脳を吹き飛ばしてしまうほどの衝撃を与えたのだった。


 マリカの演説から少し離れた場所で商売をしていた――といっても客はみんな玄関の方へ集まってしまって商売にならなかった――ヴァルク野村は「……マリカ、何考えてやがるんだ?」と若干不安そうだった。


「落ち着きたまえ、諸君!」


 マリカが手を下ろすと、それに呼応してマッチョたちが再び静かになる。

 と、ここまでマリカが喋りっぱなしだったが、突然の無茶振りを始めたのであった。


「アンジュ様がこれから新しい集団の名前を決定なさる! 心して聞くように!」


 はい、とマリカがアンジュにマイクを渡した。それがあまりにも自然だったので、ついアンジュもマイクを受け取ってしまった。そして「は? え、聞いてないんだけど?」と泣きそうな目をしながらマリカを見つめた。


「でぇじょうぶ、でぇじょうぶ! 何とかなるから、かっこいい名前をなんでも言ってやんな!」


 マリカは適当に言うと、アンジュの肩をポンと叩いた。もちろん、このやりとりをする前にマリカがマイクのスイッチを切っていたから、スピーカーを通してマッチョたちに聞こえることはなかった。


 アンジュはマイクを持って、直立不動のマッチョたちに向き合う。

 ――うわぁ……すっごいマッチョの数……ほ、本当に言うの?


「え、あ……」


 天使様の声がスピーカーを通してマッチョたちの耳に入る。


 ――天使様のお声……なんと可愛らしい! 眷属とは違う可憐さがある!



 ウオオオオオオオオオオオオオオ!

 オオオオオオオオオオオオオオッ!

 オオオオオオオオオオオオオオォ!

 ウオオオオオオオオオオオオオッ!


「静かにぃッ、諸君!」



 アンジュのたった一言で大歓声が上がったことに、ちょっとだけマリカは嫉妬しながら、アンジュの持っているマイクに口を近づけ、マッチョたちを再び静かにさせる。


「さ、アンジュ様。どうぞ」


 マリカの一言で、再びマッチョたちに緊張が走る。アンジュは驚きと緊張とマッチョのせいで頭が真っ白になりそうだった、いや、真っ白になっていた。頭の中がぐるぐると回りながら、ついアンジュは口走ってしまったのだった。



「あ……アンジェルズ……新しい名前はアンジェルズです……」



「聞いたかね諸君! 君たちはたった今からアンジェルズの一員だ!」

 アンジュの言葉のあと、マリカがマイクに覆いかぶさるようにして喋り、マッチョたちを煽る。



 ウオッオッオッオッ、アンジェルズ! アンジェルズ!

 ウオッオッオッオッ、アンジェルズ! アンジェルズ!

 ウォーウォーウォーウォー、アンジェルズ! アンジェルズ!

 ウォーウォーウォーウォー、アンジェルズ! アンジェルズ!



 ――アンジュルズ……英語にするとANGELS……「天使たち」というネーミングね。無茶振りしたのに、アンジュったら、なかなかセンスあるじゃないの!


 マリカもアンジェルズという名前が気に入ったようで、マッチョたちと一緒に「アンジェルズ! アンジェルズ!」とノリノリで歌い始めた。


 THREE BIRDSのケンジとリコの仇を討つために侵入した、違法筋肉集団「ニューエイジ」のアジトだったが、まさかの王以外のマッチョ全員を自分たちの味方につける――しかも新しい集団を作り上げる――という方法で壊滅させるなんて、アンジュも、そしてマリカも思ってもみなかった。



 当たり前だが、敵のアジトの中心で、物事がそんなにうまくいくはずがなかった。






 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 こんにちは、まめいえです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 「アンジュ」はフランス語で「天使」の意味があります。

 新しいチーム名は「アンジルス」でもよかったんですが、「アンジルズ」の方が「エンジェルス」や「エンゼルス」に近い発音かなぁと思って、そうしてみました。ちなみに、フランス語で天使の複数形は「アンジュ」(単数形と発音が同じ)だそうです。へ〜。

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、応援コメントをいただけると嬉しいです。

 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る