第225話 技術
棒を取り出したタオだが、その棒はただの棒ではない。
「『変幻自在』!」
タオが慣れた様に棒を素早い突きを連続で繰り出していた所に、途中で棒の軌道が変化していた。真っ直ぐな棒に小さな変化を加えることで相手に読み取らせにくい軌道を見せていた。先読みに必要な腕の動きに大きな変化がないこともあり、反射神経が高いアルベルトであっても全てを避けきることも出来ていなかった。
「早い。日常から使い慣れている動きだな」
「まだ余裕がアルね。更にギアを上げるアルよ」
「ッ!」
ついに避け続けていたアルベルトが剣を使って防御するようになった。
「このままではジリ貧か……。街の中では使いたくはなかったが、『精霊武装』!!」
「ほう! これが貴方の本気でアルね!」
バックステップで後方に下がりながら、本来の武器に変えてから『精霊武装』を発動した。これでアルベルトには魔力を使った攻撃は通じなくなったが…………
「私は魔力を使っていないアルよ?」
「あぁ、わかっているさ。今回はこの力で倒す! 『聖火装輪』!」
『聖火装輪』の効果は魔力を伴う攻撃を反射する能力を身体全体に広げるだけではなく、自分自身を強化出来る。そして…………
「『聖火閃撃』」
「成る程! 攻撃の全てに炎を纏うことが出来るアルね! 確かにただの強化よりもそっちが厄介でアルね」
アルベルトが攻撃する際に、纏っている炎が周りへ広がることでタオは紙一重に避けることが出来ず、反撃の隙を貰えない。
普通ならこの炎を喰らってでも反撃しようとする者もいるかもしれないが、タオにはそれが簡単に出来ない。何故なら…………
「実力は充分高いが、まだレベルが低く装備も俺と比べると格が落ちる。だから、防御面に危機を感じているな」
「当たりでアルよ。まぁ、こちらが襲撃した方だから文句は言えないアルね」
「大人しく撤退するなら見逃すが?」
「まさか。楽しそうな戦いを無視する私ではないアルよ? まだ戦えるアル」
「ほう? なら、ようやくスキルを使うか?」
今まで、タオはただ1回も自前のスキルを使っていなかった。先程の『変幻自在』は武器に備えられた能力であり、タオ本人はスキルを使わずにアルベルトと戦っていた。
タオの顔付きが変わったことから、本気になったとアルベルトは察した。ようやくスキルを使うのかと思った。
「スキル? 違うアルよ」
しかし、タオは違うと答えた。なら、何をーーーー
「ふっ!」
「ッ!?」
先程の戦いと違い、タオは棒へ別の力を加え始めた。その力は…………回転。今まではただの突きだったが、回転を加え始めた先にアルベルトが押され始めた。アルベルトは炎を纏ったクラウ・ソラスで応戦するが、炎を放った瞬間に回転から生まれる気流によって散らされてしまう。
「『天輪斬』!」
「わかりやすいモーションがアルなら避けるのは簡単でアルよ」
「これぐらいのモーションであってもか」
『天輪斬』は放たれる瞬間の一瞬に光る以外で普通の振りとは余り変わらないのに、タオは避けるのは簡単と言う。普通の振りとスキルを使った振りと見分けた上で…………
「貰ったでアルよ!」
「くっ、しまった!?」
タオは棒を少し変化させ、技術だけでクラウ・ソラスに絡みつけた状態から両方の武器を遠くへ飛ばしていた。タオも武器を無くすことになるが、問題はなかった。ゼロ距離まで近付いたタオは心臓がある箇所へ貫手を繰り出したーーーー
「…………は?」
アルベルトでも武器を奪われ、隙が出来た所にゼロ距離からの貫手は避けることも出来ない。現に貫手は当たった。当たったのだが…………
「つ、貫いていない?」
「賭けだったが、今回は俺の勝ちだ。敗因はゲームの仕様に詳しくなかったことだ」
そう、タオの貫手はアルベルトの胸を貫通せず、その皮1枚分の空間に止められていた。何故なら、アルベルトはゲームの仕様に助けられていたからだ。
現在、アルベルトとタオがいる場所は戦闘が可能、不可能となる境界線がある。貫手をした右手だけがちょうど冒険者ギルドの戦闘が可能になる境界線を通過した所。ちなみに、その範囲は冒険者ギルドを中心にして、半径が家の五軒分と曖昧な説明になっていた。だから、その曖昧な部分がアルベルトの賭けになる所だった。そして、見事に勘だけで境界線を当ててみせた。
「ぐ!?」
「逃がすか。一撃で終わらせる!」
タオはアルベルトの言う通り、ゲームの仕様に詳しいとは言えなかった。ゲームはこのイルミナの世界が初めてで、自分から詳細な内容を知ろうとは思わなかった。だから、この隙が出来てしまった。
タオの右手を掴んだアルベルトは自らの右手を上げ、一撃必殺となる技を繰り出した。
「『必滅聖矛』!」
タオに対して、オーバーキルと言える程の威力が街の中で放たれた。勿論、周りにある家に被害が行かないように照準を絞っているが。
放たれて、砂煙が収まると道には大きな地割れが残されていた。そして、その力を向けられたタオはーーーー
「避けたか……」
「うふふふ、危なかったでアルよ……」
アルベルトの左手には掴んでいたタオの右手が残されていた。タオの右手がなくなっており、左手には僅かに光った跡があった。つまり、タオはここでスキルを使い、左手で右手を切り落とし、『必滅聖矛』を避けたという訳だ。そして、家の屋根上へ逃れている。
「右手が無くなった訳だが、まだやるつもりか?」
「ふふ、もちろーーーー」
「そこまでだよ」
突然に、タオの横に黒いローブを着た者が現れた。タオからは知っている者だったので驚くことはなかった。
「エジェルでアルか……邪魔をするつもりアルか?」
「教祖からの指示です。次があるから早く戻って欲しいと」
「なら、アルベルトとの戦いを止める程の価値がアルと?」
「あります。それどころかアルベルトよりも価値が高いと言えます。貴方にとってはね」
「ほぅ…………なら、いいアルよ」
タオの性格を知った上での価値があると判断。だから、タオは大人しく闘志を引っ込めた。
「すまないでアルが、帰らせて貰うアルよ」
「構わん。目的はお前らを捕らえることじゃないからな」
「でアルか。まあ会った時は覚悟をするでアルよ」
「行くよ」
アルベルトはここに来た目的を早めにやりたいので見逃すことにした。エジェルと呼ばれた黒いロープの人が何かを取り出したかと思えば、2人の姿が消え去った。
「……ふぅ、ようやくやれるか」
アルベルトは溜息を吐きつつ、残された地割れを通り過ぎて、冒険者ギルドへ向かうのだったーーーー
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