第38話 運営側回 その2
ガタンガタッ
夜中、誰も乗っていない電車がどの駅にも止まることはなく、走っている。どの車両にも人は乗ってはいない…………が、1番前の車両には複数のぬいぐるみが置いてあった。
突如に静かだった社内に音楽が流れる。その音楽は何故か、『ドン・キホーテ』だった。
『なんで、ここで『ドン・キホーテ』だよ!?』
『どうせ、また所長の趣味だろう……』
前の会議で出てきたキツネのぬいぐるみがツッコミを入れ、イヌのぬいぐるみは疲れたような声を発していた。
『って、なんで今回は夜中に開催して、電車の中とか……あと、所長のウサギのぬいぐるみがいないし』
『あら、本当だわ?』
所長のウサギのぬいぐるみ以外は全部揃っているのに。しかも、集めたのは所長なのに、本人がいないのはどうなのだろうか? 遅刻か? と考えたが、ぬいぐるみがないから違うだろうーーーーーー
『うわっ、急にテレビが…………ウサギ!?』
車内に付いている小さなテレビがドアの上にあるのを覚えているだろうか? そのテレビの全てが点灯したかと思えば…………
本物のウサギが映った。
『なんで、本物が映るんだよ!? 可愛いんだけど!!』
『そこは可愛いと言うよりも、ウサギのぬいぐるみが映るべきだろとツッコミを入れる場面じゃなくね?』
『はっ、本音が!』
『くふふっ、ワシは知っているのだよ。ワトソンはウサギが好きなのを……』
『だからー、僕の名前はワトソンではありません!! 1文字も掠っていないと言いましたよね!?』
いつものやり取りが始まったなと思いつつ、他のぬいぐるみは落ち着くまで黙っているのだった。
『なんで、電車全体を丸々と借りているんですか!? 遊びたいだけなら、VRで作って、そこへ招待すればいいだけでしょ!』
『ふっ、これがゲーム脳か……』
『駄目だ、いつもより通じない……』
話がずれまくるのはいつものことだが、今回は特に話が噛み合っておらず、なかなか本題に入れない。このまま、電車賃(借り賃)を無駄にして終わるかと思えば……
『さて、本題に入ろうか』
『切り替えが早ぇな……。ようやく、始まりますか』
1分もしない内に、本物のウサギからぬいぐるみの映像に切り替わり、キリッとした声が流れた。
『正規版になってからの、初イベントを開催したのだがーーーーーー』
『失敗と言ってもいいのかな……? 参加者のプレイヤー達は散々だったし、NPCを数十人も殺されて、ポイントは大幅に減らされていたのですから』
『まぁ、ほとんどのNPCは街の中心に集まり、入ってきた分は貴族を守る立場にあった騎士団が片付けたので、被害は少数に留まりましたが……』
『それでも、街の外に出た警備隊はほぼ全滅でポイントは予測していたより結構下回っています』
『うひっ、予定通り…………かな♪』
羊のぬいぐるみからからかうような声が流れるが、ワニのぬいぐるみはハテナを浮かべていた。
『なんだ……、その言葉遣い? って、俺はどうして警備隊が外に出ていたのか把握してないのだが?』
『そういえば、ワニはポイントの管理ばかりに目を向けていたわね』
『ワトソン、説明してやるといい』
『だから、ワトソンでは……もういいですよ。ワトソンで呼んでも』
『では、キツネよ。ため息を吐く暇があるなら、さっさと話せ』
『認めた先に違う呼び名で呼ぶなよ!? そもそも、ため息を吐いたのは所長のせいですからね!!』
また話が逸れているので、ゴリラのぬいぐるみが声を掛けようとしたが、タヌキに止められる。
『ちょっ……』
『いえ、2人は放っておきましょう。私が引き継ぎます』
『その方がいいかも~。もう夜中だし、眠いし~』
『既に声から眠そうですね。では、説明しましょう。まず、イベントが始まる前からあの人は動いていたようです』
『あの人?』
『あの人ですよ。最近、話題になっている、悪役の』
こう言えば、この場に集まっている者にはすぐ通じる。
『あぁ、あの人ですか』
『そ~。うひっ、と笑うよ~』
『それで、あの言葉遣いでしたか。……結構、気に入ったのですね……?』
『うん! あの子は私好みなの♪ 立派な悪役、ザ・悪役と呼んでもいいぐらいに!!』
『へぇっ、で、その人が何かを?』
『そこら辺は、見せた方が早いな。所長! 画面を1つ借りますよ!!』
『構わないさ』
ウサギのぬいぐるみからイベント前の映像に切り替わり…………
『おや、子供達と遊んでいますね。実に微笑ましい』
その映像はヨミが地下にある秘密の広場で子供達と遊んでいる姿があった。
『普通なら、イベント前に何をしてんだ? と思いますが、あの容姿では微笑ましいですね…………まぁ、後のことがなければですが』
『後のこと? …………ちょっ、何か出し……使ったー!?』
遊んでいた子供達だったが、途中でヨミが香水らしきの物を取り出して、皆に吹き付けていた。子供達が集まった瞬間を狙ったからか、一吹きだけで全員を眠らせることが出来ていた。子供側からにすれば、いきなり眠くなったから何が起こったか何もわかっていなかった。
『……は? まさか、レッドに…?』
『いえ、それはまだです。眠らせただけなので、レッドになるほどの罪ではなかった。その後も子供達には手を出していません』
『閉じ込めた訳でもないし……何をしたかったんだ?』
『少し早送りすれば、わかります』
そういい、タヌキのぬいぐるみからポチと音がなると、映像が早送りになりーーーーーー
『警備隊を騙したのか!?』
『そうよ。しかも、あの子には被害がいかないように第三者を使ってね』
『エグいやり方だ……なるほど、裏ではこの子が操っていたのか。しかし、プレイヤーは馬鹿じゃないだろう。警備隊を丸裸で出すことはないだろ』
『そこは、ワニの言うとおり、プレイヤーが動かない訳がない。全員がレベル10を超えたプレイヤーを20~30人程付けていました』
『ふむ……なら、どうして、警備隊がやられたんだ?』
『しばらく、映像を止めます。先にこの裏掲示板を読めば、わかります』
『PKプレイヤーの掲示板か……』
掲示板を読んで行くと、またヨミが主導しており、PKプレイヤー全員を動かしている様子が書かれていた。
『あの子は凄いよね。イベントポイントを集めるのが難しいPKプレイヤーを甘い飴を放り込むことで、自分の舞台で踊らせたんだから~』
『黒幕とか似合いそうな役どころだな。他の仲間も動いて、中から掻き乱していたな』
これで、最低限は悪役として働いたと言えるだろう。…………ヨミだけはまだまだ動いているが。
『ん? PKプレイヤーを使って、奇襲で警備隊を守っていたプレイヤーを排除したのはいいが、まだ何かするつもりか?』
『まだ門はあったでしょ?』
『1つだけで終わらせず、次に行ったのか。本当に呆れるな……』
『ここからは私達もこれ以上はないぐらいに驚いたわ』
次の門へ向かったとなればーーーーーー
『…………馬鹿なのか? なんで、敵陣に1人で突入はーーー』
『あ、ツツジがやられたわ』
『早すぎだろ!? って、『回収』の使い方、何なのだ!?』
『回収』を使ったヨミの戦い方は運営の人もそこまで思い付いてはいなかったのだ。
『そこからはモンスターも混ざり、無双状態で終わったな』
『……やはり、アルティスの仮面を出すのは早すぎたんじゃないか? モンスターの近くにいるのに、無視されているぞ』
『レベルがあの子の方が高いし、『意識誘導・集』でプレイヤー達を選択出来ていてーーー』
『『認識障害・惑』で自分の存在を惑わしていることでーーー』
『『隠蔽・絶』と『無音・断』で五感による察知を無効しているからーーー』
『なんだ? リレー小説みたいなことをして…………まぁいいか。全てを上手く使ったお嬢ちゃんはモンスターをけしかけつつ、奇襲し放題だな。で、何人倒した?』
アルティスの仮面と言う国宝クラスの装備を付けていたといえ、全てのスキルを上手く使ったヨミは確実に高い能力を持っているとわかる。
『えぇと、36人ですね』
『結構多いな……。既に42人だから、成績が40勝を越えたから報酬が入っているよな?』
『えぇ、5勝で掲示板のニックネームを決められる権利でしたが、次は20勝ずつで報酬が入るようにしてあります』
『つまり、20勝と40勝の報酬が贈られている訳か』
今回のイベント、プレイヤーにとっては苦い結果になったが、PKプレイヤーのヨミ達はプレイヤーを倒した際に手に入れたアイテム、お金、ヨミが出したクエストの報酬がある。更に、PK勝利数で決められた報酬も貰えるので、勝ち組だったのはPKプレイヤーであった。
ちなみに、仲間のジュン達はイベントポイントがショボかったのでいい報酬は貰えなかったが、後からヨミに手当て金を貰っているから、損はしていない。
『今回のイベントはプレイヤーにとっては苦い記憶になったが、次のイベントでは更に頑張ろうと動くだろう』
『では、次のイベントはいつにしますか?』
イベントを準備するのに、こちら側も頑張らなければならないので、早くても2週間後、遅ければ1ヶ月後だと思っていたがーーーーーー
『1週間後だ』
『…………………』
『『『『ハァッ!?』』』』
所長の無茶により、イベントは1週間後と決まるのだった。
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