元会社員はストレス解消でPKをしちゃうぞ☆

神代零

プロローグ



 ○○区では陽が落ちても、街中はネオンできらびやかに輝いている。沢山の人が会社からの帰り道で駅に向かっている中、店に入る人々もいる。

 ある居酒屋にてーーーーーー






「ごくごく……ぷばぁっ! おかわり!!」

「はいよ」


 常連っぽい客がジョッキのビールを飲み干して、おかわりを頼む。近くにいた店員に注文していたら……


「2杯目はもう1人が来てからにしなさい」

「そーよ、美世ちゃんは数分だけ遅れると言っていたんだから、それぐらいは我慢して待ちなさいよ」


 ビールの注文を止めたのは、何処にでもいるようなスーツを着たサラリーマンの男とキャリアウーマンの女だった。この3人は中学からの親友であり、遅れている人物を待っていた。


「至福の2杯目を邪魔するのか!?」

「普通は1杯目じゃないのかね……お、来ましたね。こっちー!」

「すいません、遅れました」


 入り口のドアが開かれると、待ち人であった人物が現れた。皆がいる席に気付いて、そっちに向かおうとする。しかし、店員に止められて話していた。その美世と言う人物は何処か諦めたような表情で1枚のカードを見せると、店員は頭を下げて道を譲っていた。


「あちゃあ、また止められた?」

「そうですよ……私がいくらピチピチでも、溢れ出る大人の魅力で察して欲しいモノですよ」

「察しろと言うのは無茶だろ。スーツを着ていないと、中学生にしか見えないぞ」

「そうね……スーツを着ていても怪しいけど」

「むぅっ」


 頬を膨らませて、席に着く美世はまだ中学生に見える程の幼さに身長が140センチしかないのが、店員に止められた原因であった。運転免許と言うカードで美世が成人であることを証明出来たが、やはり容姿だけを見ると中学生にしか見えない。


「半年ぶりだが、全く変わってないな」

「半年どころか、最初に会った時から変わってないように見えます」

「もしかして、禁断の不老不死の薬でも飲んだの?」

「不老不死とか、化け物扱いをしないで下さいよ!? これはただの遺伝ですから」

「女性からしたら、羨ましい体質よね……」


 美世は薄く化粧をしているが、容姿は中学生の頃から全く変わっていない。美世の時間が止まっていて、周りが動いているような気分だ。


「そういえば、今日はスーツじゃないんだな? 仕事は休みだったのか?」

「……ふひっ、そんな会社は今日で辞めましたよ。ブラックな会社に退職届を叩きつけてやりましたよ!!」


 美世は微笑を浮かべる。悪どい笑顔を意識しているが、幼さを宿す顔には全く似合っていなかった。


「辞めたのか!?」

「あー、ついに辞めたのね」

「高校から入って、10年か。よく長く働いたものだ」


 皆は既に28歳であり、それぞれは地元から近くの会社に勤めていた。だが、美世だけは運悪く、ブラックな会社を掴んでしまい、10年は頑張ってきたが…………ついに限界がきて、今日で会社を辞めてきたのだ。少し遅れたのは、長く勤めた美世を引き止めようと上司が頑張っていたからだ。それでも、美世は辞めた。


「ふひっ、止めようとしていた上司の顔、必死すぎてスカッとしたわね!!」

「その笑顔、相変わらずね。それだから、小動物のように可愛いのに台無しにしているわよ」

「いいーのです。今は恋愛をしたいとは思わないし、ロリコンしか寄ってこないからこりごりなのです」


 合法ロリである美世はロリコンばかりに告白されていて、容姿しか見ていない男に告白されても嬉しくはないので、付き合っている人はいない。ちなみに、先程の小動物らしくはない嫌な笑顔を見せるのは、前からの友人か家族だけである。


「辞めたということは、しばらくは仕事探しか?」

「いえ、しばらくはニートしたいですね。疲れたので休んでから探しますよ」

「まぁ、お金だけはあるみたいだしね。いいんじゃない?」


 美世が勤めた会社はブラックだが、それは働いている時間に対してだ。給金は まあまあ高かったから、10年も働くことが出来たわけだ。




「まぁ、これから暇になるなら丁度いいか」

じゅん? なんか、話したいことがあるから集めたんだったけ」

「それで半年ぶりに美世と鳴海なるみに会えたのはいいですが、しょうもないことでしたら、混ぜ酒刑ですね」

「混ぜ酒は止めろよ!? 勿体ないだろうが、るいは前から変わらねえな!?」

「しっ!」


 ここが居酒屋だと思い出したのか、大声で叫んでいた潤は口を閉じて周りを伺う。幸い、こちらに視線を寄越す店員はいたが、すぐ逸らしたから見逃してくれたのだろう。

 先程、叫んでいた茶髪のイケメンが潤。混ぜ酒が趣味である七三髪の男性が累。美世と違って、ボンキュッボンでナイスボディを持っている黒髪の女性が鳴海。そして、合法ロリこと、何処から見ても中学生に見えない女性が美世。

 この4人が集まったのは、潤の呼び掛けによって。


「それで、アタシ達を集めたのは飲み会を開く為だけじゃないよね?」

「あ、ああ。美世が暇になったのは丁度よいし、乗るだろう。この前、遊びに誘えなかったしな」

「暇になると丁度よいの? この前、仕事で休日が潰れて遊びに行けなくなったのは悪かったけど……もしかして、旅行に行こうとか?」

「旅行か、ある意味はそれに近いな」


 潤はそういいつつ、持ってきた紙袋からある物を取り出す。


「それは……VRゲームのソフト?」

「そうだ! このゲームで久しぶりに冒険を楽しもうじゃないか!」






 成る程。ある意味、旅行みたいね。そうか、今は仕事をしていないから、やり放題じゃない!


「やろう!!」

「お、おう。美世はヤル気満々だな?」

「ゲームなら、また皆で気安く集まれるじゃない?」


 ゲームの内容はまだ聞いていないが、美世は暇を潰せて、また皆で遊べることに嬉しく思っていた。


「うん、もうすぐで夏季休暇に入るし、ソフトは皆の分を持ってきているからお金が掛からなくていいわね」

「ヘッドギアは前のを使えそうだな。いいじゃないか?」

「おう! そうだろそうだろ! ちなみに、このゲームは俺の会社で作っていてな、この前にβ版が終わって今週の土曜日から本版が始まるからな!!」

「私達の為かと思ったら、宣伝じゃない……」

「潤は運営側じゃないの?」

「まさか、それは上層部の奴らだけで、下っぱの俺が運営側にはいれる訳ねぇだろ」

「下っぱ……ぷっ」


 下っぱと聞いた瞬間に累は口を覆い、肩を震わせていた。


「なんだよぉぉぉぉぉ! エリート道を歩んでいる七三髪には俺らの気持ちがわかるわけねぇだろ!? いつもいつも頑張っても上がるのは給金だけで部長や課長にも上がれない、俺らの気持ちをぉ!?」

「待ちなさいよ。仲間にしないで、アタシは今年から課長になったんだから」

「なっ!?」

「そういえば、私も今日に辞めなければ、来年から係長になれると言っていたっけ。でも、下請けで仕事が更に増えるなら、それはお断りよね。……ふひっ、あの上司が慌てるような顔はおかずにしてご飯三杯はいけそうわね」


 なんと、まだまだ下っぱは潤だけのようだ。


「う、くっ、それより!!」

「あ、話を逸らした」

「うっせぇ、1つだけ条件に乗る代わり、このゲームを譲って貰ったんだ」

「条件?」

「あぁ。俺らには悪役を演じて欲しいと言うものだ」

「はぁ? それは、僕らは冒険者の敵になるのですか? 魔族や魔王側ということ?」

「あー、違うな。確かに敵は魔族や魔王だが、俺らも普通に皆と同じ冒険者からだ。つまり……」


 この先を聞かなくても、皆はもう理解していた。冒険者で悪役なんて、わかりきっている。


「盗賊、PKなどね」

「そうだ! 正確にいえば、プレイヤー達の邪魔をするのが俺らの仕事になるわけさ」

「呆れましたね。そんな犯罪のことを友人に頼むとは」

「あー、確かに犯罪者だ。プレイヤー達の嫌われ者になるだろう。だが、俺はお前達だから信頼出来るし、心根が歪まないと思っているから頼むんだよ。というか、悪役をすると約束しないと譲ってくれなかったしな」

「明後日からでは、今はもう何処も売り切れになっているわね」


 持っているソフトは返却して、新しいのを自分らで買うことも考えたが、本版が始まるのは明後日から。第二期を待つと夏季休暇で遊べない。だから、そのソフトで遊ぶしかない。


「そのソフトで悪役をやらず、普通に遊ぶのは無理なんですか?」

「あー、無理だな。多分、運営側から警告が飛ぶだろうな。これは無料で譲って貰ったからな。まぁ、いつでも冒険者を邪魔しなければならない訳でもないし、ほんのちょっとだけ助けたり、冒険を楽しむぐらいは大丈夫だろう」

「でしたら、他のゲームをやるのもありだと思いますが…………ありゃ、美世がヤル気満々になっていますねぇ」


 ずっと喋っていなかった美世が眼をキラキラしながら、ソフトの説明書を読んで、スマホからサイトを開いたりしていた。


「ねぇ、悪役だよ? 人を殺したり、泥棒したりするんだよ。美世ちゃんはそれでもいいの?」


 不穏な言葉だからなのか、美世の耳に寄せて小声で囁いていた。


「なんか、子供に説明するような言葉遣いが気に入りませんけど……。悪役、今までのゲームではやったことはないし……人殺しや泥棒ね。ふひっ、今までのストレスを解消するのに、丁度よくないですか?」

「ちょっ、そこはモンスターにやればいいじゃない!?」

「獣と人では違うんだよ! 人から受けたストレスは人に返すのが正しい! ゲームですし、実際に人が死ぬ訳でもないわよ?」


 美世はそれだけ言うと、スマホに眼を向けた。


「それはそうだけど……」

「諦めなよ。美世は言い出したら、止まらんぞ」

「貴方のせいよ……はぁっ」

「美世がやる気満々なら、仕方がない。僕らも付き合おう。しかし……」





「「ここは潤の奢りだからな(ね)」」

「なっ!? ちょ、それは頼むな! 一杯だけで2500円とか、高過ぎだろぉぉぉぉぉ!? 止めてくれぇぇぇぇぇ」


 潤の叫びが居酒屋で響き渡る。あとで店長に怒られたのは別の話である。










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