天使はあくまで魔導聖書(グリモワール) 〜古と現代を結ぶ因縁の楔を魔法と知略で解き放て〜

小鳥遊賢斗

第一章「呼応」

前座『リリスの詩』

 その話は神代にまで遡る。

 イヴが生まれる以前、アダムの妻であった、最初の女リリス。彼女はアダムと同じエデンの園で平穏に暮らしていたという。

 しかしある時、命令ばかりするアダムに腹が立ち、大喧嘩した後に泣きながら楽園を飛び出してしまった。


 アダムは彼女を連れ戻そうと天使達を遣わした。

 リリスは憤怒して対抗し、絶対に戻らないと強く主張した。

 怒りに我を忘れ、天使に手を掛けようとしたリリス。

 彼女はかつての天使長ルシフェルによって海の底へと沈められた。


 そして彼女の眼には焼き付いた。

 下卑た不敵な笑みで彼女を見下ろす、その何物も恐れないようなその表情かおが。


 ──リリスは沈められてからというもの、光の届かない水底で涙に暮れた。

 その声はいつしか枯れ、長すぎる年月は、かつては美しかった自らの姿さえも忘れさせた。

 そして彼女は、夜眠っている間だけ、人前に妖怪として姿を現すようになった。


「アダムめ……アダムめ……」


 彼女はアダムに代わる理想の男性を創り出すため、夜中に現れては男児を攫っていく。


「また失敗したわ」


 彼女が求めたのは究極の理想。降り積もる願いと過ちは、妬みと絶望に姿を変えていった。


 彼女はふと、沈む直前に叫んだ言葉を思い出す。


『四大天使の護符を貼っていない子供は全て殺す! 私の呪いが地上を覆い尽くす時、あなた達は地獄の管理人へと姿を変えるでしょう!』


 ルシフェル……お前だけは絶対に許さない。お前を地獄に落とすためなら、なんだってしてやるわ。神代の呪文は、私にしか正確に唱えることが出来ない。混沌の時代を生きた私に、発音出来ない魔法なんて無い。


「お父様……」


 それでもリリスは神を憎まなかった。お父様があんな命令をするはずがない……。彼女は神のことを信じ続けた。

 そして彼女は願った。アダムの居る地上の楽園になんか、戻らなくてもいい。ただ純粋に、あの憎き天使長に復讐がしたい、と。

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