ふる〜てぃぱ〜ら〜

そうざ

The Fruity Parlour

 急な用事で帰省した折り、実家に近い公園が黄昏にぼうっと浮かんでいるのが見えた。

 お祭りらしい。

 子供時分にはよく地元の夏祭りに出掛けたものだが、残暑も消え失せた今頃であれば秋祭りか。でも、地元で秋祭りが行われていたというのは初耳だ。

 見た目は夏祭りと何ら変わらない。いつの間にか屋台が湧き、他意のない歓声と野次馬的別腹とが入り混じっている。

「はい、いらっしゃい、いらっしゃい、美味しい、美味しい、フルーツだよ〜」

 暗がりに『ふる〜てぃぱ〜ら〜』と書かれた小さな屋台があった。作務衣さむえに薄茶色のサングラスを掛けた店主は、僕と目が合った途端、暇潰しに読んでいただろうエロ雑誌を放り投げた。

あんちゃん、一つどうっ? どのフルーツも一個百円、大盤振る舞いだよっ」

 生け簀みたいなものがあり、中に色んな果物がぎっしり山盛りにされている。西瓜、バナナ、蜜柑、メロン、苺、パイナップル、葡萄、マンゴー、桃――周囲にむっとするくらい甘い匂いが漂っている。

 だけど、見た目は頂けない。どれもぞんざいに切り刻まれ、ごちゃ混ぜにされている。そんな様子を見ている内に妙な連想が頭をもたげ、僕は胸がむかむかして来た。

「何か……匂いが」

「あぁ、ドリアンとか言うのがの中に混じってたらしくてね。フルーツの王様は匂いがきついと来たもんだっ」

 下げ渡しとは何の事だろう。仕入れとは違うのだろうか。店主のはだけた胸元から青黒い彫り物がちらりと覗いた。

「あれ? これは人参じゃないの?」

 果物の中にサラダ用の千切りみたいな物が紛れている。

「フルーツ人参ってんだ。列記としたフルーツだ」

「こっちのは、茄子のへたでしょ?」

「フルーツ茄子の蔕だ。だから立派なフルーツだ」

 よくよく見れば大根の鬚根らしきものや、長葱や牛蒡の切れ端、玉蜀黍の粒まで混入している。

「兄ちゃん、えすでーじーって知ってるかい? 今、流行ってんだよ」

 SDGsの事を言いたいらしいが、生ごみ同然の物を売り付ける事と何の関係があるのやら。

「そもそも屋台名に偽りありでしょ。果物じゃない物が混じってるんだから」

「おっと、兄ちゃん、聞き捨てなんねぇな。果物と言ったかい?」

「言ったよ」

「じゃあ、訊くけど、果物とフルーツは同じもんかい?」

「そりゃそうでしょ。日本語と英語ってだけで」

「かぁーっ、これだから素人さんは困るんだなぁ」

「何が違うのさ」

「何でもんでも直ぐに答えが分かると思っちゃぁいけないよ。自分でよっく考えてみなきゃ」

 飛んでもない宿題を課せられてしまった。口は災いの元とはこういう時の諺かも知れない。

「あれ? この小玉西瓜……」

「おっ、目聡いねぇ。丸のまんまの西瓜なんて中々下げ渡されないよっ」

 そう言って店主は自慢気に小玉西瓜をぽんぽんと叩いた。人は自慢気にされるとそれが欲しくなるものだ。こういう時にぴったりの諺はないものか。

「これも百円?」

「おぉ、あたぼうよ」

「じゃあ、これを頂戴」

「よし来たっ」

 店主は膝をぽんと叩くと、背中から細い竹竿を取り出した。果たしてその先端には釣り糸が付いていて、糸の先には釣り針が付いていた。

「さぁ、見事釣れたらお慰みだっ」


 親父はまでいんちき商売に精を出したかったらしい。長く疎遠だっからからと言って息子の顔を忘れるような馬鹿親父だ。そんな生き方をしているからヤバい連中に目を付けられて半殺しにされてそれが原因もとで頓死する羽目になる。きっとこんな人生も何かしらの諺で上手く言い表せるのだろう。

「西瓜は果物かフルーツか、それとも……」

 僕はどうでも良い疑問を巡らせながら、もうとっぷりと暮れた夜道を実家へと急いだ。

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