第11話公爵side

「旦那様、が到着なさいました」


「そうか」


「何時もの部屋に案内しておきます」


「たのんだ」


「はい」


 執事長が部屋から出て行くと、私は煙草ケースから一本取り出すと口にくわえ火をつけた。ゆっくりと煙を吸い込み吐き出す。そして目を閉じた。



 隣の子爵領の当主、アザミ・ビブリア女子爵とは幼馴染だ。

 私にとって妹同然。


 そのアザミと婚約していた頃も、あの男は他の女性にちょっかいを出していたのは知っている。

 名門侯爵家だが領地経営に失敗して以降は没落寸前の貧乏貴族だ。その三男が事もあろうにアザミを口説き落とした。それを知ったのは彼女から婚約についての話を聞かされた後だった。


 アザミは子爵家の当主だ。

 結婚して子供を儲ける義務がある。


 子爵家に残された唯一の直系。


 シレネという名前の侯爵家子息は顔意外に取り柄がなかった。

 ただ、侯爵家の血筋は御立派なものだ。五代前には王女が降嫁している。そういう理由もあって国も侯爵家を取り潰せないのだろう。



 爵位を受け継ぐ長男以外は貴族の子弟でも平民に近い扱いを受ける事が多い。家によっては余っている爵位を受け継ぐ場合もあるが、そうでなければ自分で何かしらの仕事をして生計を立てなければならない。跡取りの兄の補佐をする者もいれば、文官や武官で身を立てる者もいる。家同士の繋がりで婿入りする場合もある。


 アザミには兄弟がいない。

 だから彼女は子爵家を継いだ。


 貴族の結婚は必ず王家の許可がいる。


 王家としては、婿の実家を子爵家が援助する事を期待していた節が有った。

 ローゼンバルク公爵家との繋がりも考慮に入っていたがな。王家も把握していた。寄り親貴族と寄り子貴族の関係以上だと。

 もしかするとその事を侯爵家の者に話したのかもしれない。

 アザミと侯爵子息シレネが結婚すると妙に馴れ馴れしく近づいてきた侯爵家の面々がいた。侯爵家の遠縁だと言う連中もいたな。まあ、私の知った事ではないが。アザミは、そんな奴らを相手にしなかったし、私が徹底的に排除した。ああいう輩は一度甘い顔をするとどこまでも付け上がる。



 アザミの夫になった男。

 彼は子爵家での対応に常日頃から不満があった――らしい。


 婿の立場で何を言っているのかと思った。

 不満を持っていながら、アザミの仕事を手伝う訳でもなく、子爵家について勉強する訳でもない。努力もせずに文句ばかり垂れ流していたのだ。

 

 妻を労らない入婿など最悪だ。


 格別悪い人間と言う訳ではない。

 だが、良い人間でもなかった。


 いつまでも独身気分が抜けない男。


 結婚した自覚がないのか。

 そもそも夫として父親としての自我が芽生えてすらいないのか。アザミに対して最低限の事さえしない。その癖、使用人達への態度が悪い。自分の言う事を聞かない者を嫌う。侯爵家でどのように育ってきたのかがよく分かる。

 

 アザミもアザミだ。

 もっと早く私に相談すればいいものを。


 私は吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。

 新しい煙草に火をつける。


 そもそも侯爵家と子爵家とでは何もかも違い過ぎる。

 身分とか以前の問題だ。


 昔ながらのやり方を頑なに変えようとしない侯爵家。

 伝統を重んじていると言えば聞こえはいいが、実際は凝り固まった思考しか持ち合わせていない旧態依然とした家なのだ。


 進歩と革新で領地を豊かにしている子爵家とは大違いだ。


 まさに水と油。


 こういった点でも、あの夫婦は根本的に合わないと思っていた。


 あの男がアザミの夫としていられたのは、彼女が夫を愛していたからだ。その一点だけだろう。それを失えば放逐されるだけ。愚かな男はその事に気付きもしなかった。


 アザミの進歩的な考え方も気に入らなかったのだろう。


 婚約期間が短かったせいか、あの子の性格を理解していなかったらしい。

 まぁ、大人しい見た目だからな。

 普通の貴族令嬢のように黙って夫の後についてくると勝手に思い込んでいた。


 笑える話だ。


 あの子が大人しく男の後ろを歩くわけがないだろう。

 寧ろ、領主として全面的に前に出なければいけない立場だ。入婿の後ろにいれば他家に舐められる。


 そういう背景を理解できない男だったな。

 入婿に向かないタイプだ。





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