その110 追う者と追われる者

「さすがにドラゴンの姿ではウロウロしていないか」

【せやなぁ。正気があって、人の姿になれるんなら攻撃する時だけドラゴンになればええだけの話やさかいなあ】

「頑張ってくれているけど無駄になるかしら?」

【そうでもないと思う。僕達がこうして並んで空を飛んでいるだけでも意味はある。黒竜が病原菌をまき散らしているなら、この状況は有り得ないと考えるはずだ】


 一日の休息を終えて、俺達は再び空の偵察を続けていた。まだ四日目ではあるが、あまり期待ができる状況ではなさそうだ。

 とはいえ、ここ最近ドラゴンと出会った回数が多いだけでフォルスに会う前はそれこそ一年に一回程度だったから本来はこんなものである。

 しかしヴィントの言うことも間違ってはいないと思う。黒いドラゴンの目的がまだ完全に判明したわけではないが、正気に戻せるという点は見逃せないはずだ。


「とりあえず今日も草原と町の上空を中心に見て回ろう」

【あいあいさー】

【ふむ、一体どこにいるのだ?】

「ぴゅー」


 フラメが下を覗き込みながらそう呟き、しがみついているフォルスが真似をしていた。命綱はつけているので落ちることは無い。

 そんな調子で今日も空の旅は続く。


◆ ◇ ◆


【……来たな】

「お、本当だ。追うか?」

【そうだな。だが、ここでドラゴンの姿になるのは悪手か】


 ブラックドラゴンは遥か上空に居るウインドドラゴンとワイバーンを見つけ、目を細めていた。

 追うにしても人の足で追いつけるものではない上に、いつ拠点に帰るかが不明だと考える。


【どういうつもりかわからんが、随分低いところを飛んでいるな】

「あれでか……? かなり高いと思うけどなあ」

【どうしてドラゴンが人間の前にあまり姿を現さないかわかるか? 基本的に視認できないところまで飛んでいるからだぞ?】


 正気を失ってもそこは変わらないが、町や山の魔物を襲うなどで降りてくることがあると語る。ラッヘが倒したドラゴンはその類のようだった。


「どうするんだ?」

【……もちろんこうする】


 ラッヘ達の姿が見えなくなったあたりでブラックドラゴンは真の姿を晒し、ヒュージを乗せて一気に空へ舞い上がった。ほどなくして雲よりも上へ辿り着いた。


「うへー……高いな……」

【落ちても知らんから気を付けるのだな。……さて、追ってみるか】

「ブラックは相手の気配で位置がわかるんじゃねえのか?」

【離れすぎるとそれは無理だ。そこまで万能ではない。こちらは気配を消さねば見つかるしな】


 そう言い放つと、ラッヘ達を追う二人。

 雲の下に影を見つけて、後はただ追うだけとなった。


「思ったんだけどよ」

【なんだ?】

「計画に支障が出るなら今、あいつらをここで攻撃したほうがいいんじゃないかと思うんだけど、どうだ?」

【ほう】


 悪くないアイデアだとブラックドラゴンは一言漏らす。

 確かに油断している今、強襲すれば少なくともワイバーンは始末できる。


 だが――


【フレイムドラゴンとウインドドラゴンを使なら拠点に戻ってからの方がいいだろう。くく……そいつらを連れていることを後悔させてやらねば】

「なんか案があるのか……? ま、オレは従うだけだけどよ」


 ヒュージはそう言って寝転がった。

 ブラックドラゴンは鼻を鳴らしたが、特になにも言わずに静かに飛んでいく。

 そこから数時間ほど飛んだ後、ラッヘ達は王都へ帰還した。


【ここが拠点か】

「フォルゲイトの王都じゃねえか。ここに住んでいるのか……?」

【人間の都のようだな】

「王様が住んでいる場所だ。もし、町中で暴れようもんならオレは極刑になる!」


 叫ぶようにヒュージが言うと、


【そうか。別にお前がどうなろうと知ったことではないがな? それよりもなるほど、人間の王が住む場所か】


 それほど興味をもっていないため王が居ることを知っていてもどこにいるかまでは把握していないのだ。

 ブラックドラゴンは屋敷に降り立つラッヘ達を見た後で山を探しにその場を去った。


「襲撃は?」

【まあ焦るな。いくら強いとはいえ所詮は人間。それに町の中に拠点があるとは愚かな奴等だ】

「?」


 山の中で人型になり、嫌らしい笑みを浮かべるブラックドラゴンに訝しんだ目を向けるヒュージ。

 

【では行こうか】

「お、おう、待ってくれ」


 余裕の表情で歩くブラックドラゴンは遠く離れた王都を見ながら胸中で呟く。


【(ドラゴン三体が暴れれば混乱をきたす。そこで人間の町が荒れれば楽しいじゃないか。受け入れてもらっているようだが、それが仇となるのだ)】


 手に病原菌を浮かび上がらせてから小さく頷く。

 そのまま王都まで歩き続け、門まで近づくと門兵に止められる。


「止まれ。冒険者か?」

【私は違うが、この者はそうだぞ】

「こいつを見てくれ」

「ギルドカードか。……問題ない、通っていいぞ」

「サンキュー! へへ、久しぶりに美味い飯にありつけそうだ」


 ヒュージがそんなことを口にしながらすり抜けたところで――


「ん? 待て、お前は――」

「おっと、躓いた!」


 ――ブラックドラゴンに声をかけようとした門兵にフェークが体当たりをした。


「んな!? な、なんだお前は!? あいつは――」


 驚く門兵達に、フェークが小声で言う。


「シーッ、ちょっと声をかけるのは待って欲しい。もしアレがドラゴンなら、ラッヘさんの居ない今、ここで暴れられたら困る」

「……む、むう……」

「町の中に入ったなら追跡はしやすい。そして向こうはこっちが気づいていることを知らないようだ。僕はラッヘさんにこのことを伝えるから兵士さんは城へ通達をしてほしい。僕はフェーク、一応ラッヘさんと陛下に謁見もしたことがある」


 庭でだけど、とは言わずに相手の出方を見るフェーク。


「事情を知っている方ですか……? 分かりました、確かにここで暴れられてはラッヘ様が到着する前におおごとになるやもしれませんな」


 それを聞いてフェークが笑顔で頷くと、そのまま二人を後をつけていく。


「……入り口で張って正解だったねえ。さて、これでお返しになるといいけど――」


 そう呟きながら追跡を途中で止めてラッヘの下へ急ぐ。

 似顔絵はまだギルドにしか渡っていないので、そうそう悪い状況にはなるまいと胸中で考えていた。

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