その80 研究者の下へ

「見渡す限りの草原ねえ」

「こっちは森が少ないんだ。目的の町まで開けた場所が続くぞ」

【大きくなっても歩けそうだな】

「狩られるからやめてくれ」


 そんな目立つことになったら面倒だ。

 フラメはまあ空を飛べなくても口から炎を吐けるし、単純な身体能力でも強いから下手な相手だと返り討ちに遭うだろうけどな。


「そういえば研究者ってどんな人なの?」

「変な奴としか言えないな……」

「ええー……?」

「体を張って研究をしているから精度は凄い。知っているか分からないが、ヴェノムリーチの解毒薬を作ったのはそいつだ」

「え、あれを!?」


 ヴェノムリーチはいわゆるナメクジだ。人の頭くらいの大きさで軟体のくせに噛んでくる。

 さらに体を覆っている体液に即効性の毒があり、噛まれたところに体液が触れると体が痺れて高熱が出るのだ。

 そんなヴェノムリーチの体液を自ら舐めたりして実験し、体液の毒を相殺する薬草を見つけて治療薬を作ったのである。

 これのおかげで採集をする人が噛まれてもすぐに治療できるようになった。


「他にもビッグフラッターの捕まえ方を考案したのもそうだな」

「凄いわね。警戒心が強いからなかなか倒せないのに」

「でかいカラスだし、賢いからなあ」


 冒険者が倒した獲物を空からかっさらっていくという感じの魔物である。ただの罠では引っかからないのだが、あいつはそれを可能にした。


「名前は?」

「多分聞いたことがないだろうけど、ロアーナ・インセンスという」

「女の人なの!? 毒とか食べるのに」

「ああ。歳は俺の二つ下だったかな?」

「またそんな人が……」

「なんだ?」

「なんでもないわ……! もうー」


 なぜか口を尖らせているセリカにどうしたのか聞いてみるも大きな声で拒否された。まあ、怒っているわけではない感じなのでご飯を食べれば治るだろう。


【ふあ……】

「お、眠いなら寝ていいぞ? フォルスはずっとセリカの膝で寝ているし」

「ぴゅひゅー」

【そうするか。魔物も出てこないしな】


 クッションを咥えてからどっこいしょと御者台の真ん中に寝転がるフラメ。

 魔物が出てこないのはフラメの気配にびびっているからであろう。

 俺達としては特に魔物を倒す必要がないため、楽ができていい。

 雨が降る様子もないし、のんびり進めばいい。

 ちなみに引越しの時に連れていた馬二頭は雄雌で、屋敷に置いて来た。

 名前はアイラがつけて、雄はラムボス、メスはレイオーンとなった。カッコいい。


「のどかねえ。風は冷たいけど暖かいわ」

「そう考えると北は寒かったな」


 雲も少ないので日差しもあり、ほんのり暖かい感じだ。町まで急ぐのも勿体ないなと思いつつ進み、エムーンの国境を越えた。


「お気をつけて。まあ、滅竜士ドラゴンバスターどのには心配はないと思いますが」

「ありがとう。油断しないように行くよ」


 国境警備兵に挨拶をして隣国への移動を果たす。ゆっくり移動していたつもりだが、ジョーとリリアの足取りが軽くここまで二日ほどで到着した。

 国境を抜け、エムーンに入ったら二つ目の町に目的の人物は居る。


「野営が一日入るけどひとまず最初の町を目指そう」

「うん」


 もちろんエムーン王国に入っても魔物は出ないためのんびりと進む。そこでジョー達の足取りが軽いのは魔物が出てこないからだと気づく。

 気配に敏感なので快適だと歩幅も伸びるというものらしい。


「ふあ……」

「セリカも寝るか? ならみんなを連れて荷台で寝たらどうだ?」

「ん、そうする」


 休憩を一度挟んだ際にセリカ達を後ろに移動させ、俺は一人で御者台に座る。

 話し相手も居なくなったが特に困ることは無い。


「ぶるる」

「なんだ、気を使ってるのか? 元々お前しか居なかったんだ、これくらいは平気だぞ」

「ひひーん」


 なぜかジョーとリリアが一人になった俺に気を使って鳴いていた。まあ、言葉が分からないんだけどな。


◆ ◇ ◆


 そしてセリカ達が目を覚ましたのはお昼過ぎで、少し遅い昼を取ってからさらに進む。やがて陽が落ちたなと思ったころ、町の灯りが見えてきた。


「ふう、やっと到着したわね」

「かなり早い方だな。ジョーとリリアが頑張ってくれたから野営は免れそうだ」

「ぴゅーい♪」


 俺のポケットの中でフォルスが顔を出して嬉しそうに鳴く。珍しく昼寝の時間が長かったので元気いっぱいである。これは夜寝ないかもな……?

 そんなことを考えているとセリカの膝に鎮座しているフラメが口を開いた。


【そういえば国が変わったが、オレとフォルスは連れていて大丈夫なのか?】

「こっちではお触れが出ていないから本来はダメだな。できれば町は避けるべきだ」

【外で過ごしてもいいぞ?】

「そういうわけにはいかないさ。後で見つけるのも大変だし。ひとまず荷台に隠れていてくれ。巾着ドラゴンになっていれば怪しまれないだろ」

【そうかな?】

「あれ可愛いし大丈夫じゃないかしら?」


 訝しむフラメの頭をセリカが撫でていた。彼もあの姿がまんざらではないためそれ以上なにも言わず、程なくして巾着になった。


「ぴゅいー♪」

【頭に乗るんじゃない。帽子が取れてしまう】

「この姿になるとフォルスが喜ぶからやっているもんねフラメって。恥ずかしいとかはないの?」

【擬態をするのに恥ずかしいなどあるまい? フォルスも楽しそうならいいではないか】


 健気すぎる。今日はステーキでも食べさせてやろう。でも一番好きな食べ物はキャベツなんだよなフラメ。雑食という意味では人間と同じだがイメージと違いすぎる。

 そういえば町を襲われた際も別に人間を食べたりはしていなかったかと振り返る。


「それじゃ今日は宿でゆっくりして昼前に出発しよう」

「さんせーい」

「ぴゅー♪」


 町に近づき、フォルスをポケットに入れて顔を出さないように言い聞かせると、いざ入口へ。

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