その54 ファッションソムリエのフォルス

 さて、まだ一日の終わりを告げるには早い時間ということで俺達は商店街に繰り出した。


「お土産と……シャツ、かしらね」

「そうだな」

「ぴゅい?」


 重みでだらんと下がってしまっただぶついたシャツを見て困った顔で笑うセリカ。

 ジャケットは来ているのでそこまで目立つ感じじゃないけど。

 訳も分からずシャツの首元にだらりと身を乗り出し、俺の指をおしゃぶりしているフォルスを撫でる。


「やっぱりちょっと重くなったかもな」

「まあ、抱っこもできるし頭に載せても軽いけど、シャツは耐えられないみたいだしね」

「ぴゅい……」

「まあ、強度の高い服……チェーンメイルみたいな服があるだろう」

「それはただのチェーンメイルじゃないかしら?」


 セリカが呆れて言う。確かに。

 そんな中、手を繋いで歩いていると衣料品の店が目に入った。


「入ってみるか」


 冷やかしになるかもしれないが見ないことには始まらない。俺達が店の中へ入ると、若い女性がこちらに気付いた。


「いらっしゃいませ~。ごゆっくりどうぞ!」

「ありがとうございます」


 セリカが小さくお辞儀をして店内散策に入る。先ほどの若い女性の他に年配の女性も居て、カウンターで新聞を読んでいた。


「生地はかなりいいわね。お値段は私の居たお店よりちょっと高いけど、これなら納得って感じ」

「そうなのか。俺はこういうのが分からないからセリカに頼もうか」

「ふふ、一緒にいて良かったでしょ?」

「ぴゅーい」


 いくつもある棚に並べられた服を見てそんな話をする。フォルスが服に手を伸ばすのを何度か止めた。

 そこでセリカが若い女性に声をかける。


「そういえばおススメとかしてこないんですね?」

「え? ああ、ウチはそういうのやらないんですよ。わたし自身そうなんですけど、店員が寄ってきて『お似合いですぅ♪』とか言われるの嫌じゃないですか?」

「思います……!」


 それでいいのかと思ったがセリカは共感したようだ。なんでも聞いてもいないのにうんちくを語る店員が服の店には多いらしい。

 結局決めるのは本人なので、意見が欲しい時以外は話しかけて欲しくないのだと。


「まあ、そんな感じね。それでお姉さん、胸元にポケットがついている服ってないですか? シャツでもいいです」


 そこでセリカがお目当ての服を尋ねてみた。いや、無いだろうと思っていると意外な答えが返ってきた。


「あら、また珍しいものを探していますね? 子供用ならあるんですけど」

「やっぱり……」

「子供服」

「そうそう。お菓子とか入れてたりするのよ。あと、可愛いじゃない?」


 なるほど、子供はそういうのをつけていても可愛いで済まされるからか。


「ぴゅーい」

「きゃあ!? トカゲ、ですか?」

「まあそんなところだ。町中ではこいつを胸元に入れているんだが、見ての通り重みでシャツが伸びてしまうんだ」

「あーそういうことでしたか」


 若い女性が苦笑しながら頷いていた。するとカウンターに居る年配の女性が新聞を畳んで言う。


「ならポケットを作ったらいいんじゃないかい? お嬢さんと同じ服ならペアルックと言って違和感もないだろう」

「できるんですか!? いいですね! 是非!」


 年配の女性が言うには少し割高になるが特注でアップリケをつけたりしてくれるのだそうだ。


「よくわからないけど、セリカがいいならそれでいい。金は持っているから、暑い時と寒い時用でいくつか見繕ってくれるか? セリカに任せる」

「オッケー! そうと決まれば服を選ぼうっと。フォルスはどれがいい?」

「ぴゅい」


 セリカが俺の胸元からフォルスを取り出して抱っこし、棚を物色し始める。


「毛糸はどうかなー?」

「ぴゅ」

「ダメみたいですね」

「そっかぁ。やっぱりこういうのがいいかな?」


 シャツは意外とすぐに決まったが、厚手の服に好みがあるらしい。毛糸はダメらしく、生意気にも首を振っていた。


「これはいかがでしょう。綿と羊の毛で出来た服です」

「ぴゅい……ぴゅー♪」

「あ、気に入ったみたい。これにします!」

「かしこまりました! おチビちゃんが入れるポケットを作りますので少々お待ちください!」


 若い女性店員が取ってくれた服にフォルテが頬ずりをすると、大層喜んでいた。

 ともあれこれで服は問題ないだろう。


「良かったね。ちょっと深く作ってもらうから隠れられるわよ」

「む、そうだ。すまないこいつを使ってくれるか」

「はい? ……ドラゴンの鱗、ですか?」

「ああ。いざという時に攻撃されたらこいつは身を守れないから、せめてポケットの強度を上げておきたい」

「縫える、かなあ……」


 カバンに数枚入れていた鱗を思い出して差し出してみた。しかし、針が通るか分からないと言われてしまう。


「あたしがなんとかしてみるよ。まったく、ペットのトカゲを随分大事にしているもんだ」

「まあ、色々あってな。できるのか?」

「ふん、あたしを舐めてもらっちゃ困るよ」


 ぶっくらぼうだが心強い言葉だ。


「ならよろしく頼むよ」

「それじゃちょっと待ってな! あんた、待っている間にお茶を出しておくんだよ」

「はーい。……ごめんなさい、母は気が強くて」

「はは、頼もしいじゃないか」

「そうそう。私達はもう両親がいないから羨ましいわ」

「あ、ご、ごめんなさい……」


 若い女性とさっきの年配は親子だったらしい。セリカの言葉に慌てて頭を下げてきた。


「いやいや、知らなかったんだし。それにもうふっきれたからな」

「ぴゅい!」

「今はこの子とラッヘさんで家族なんです」

「へえ、それはおめでとうございます! いいわねおチビちゃん♪ あ、それじゃ少し待っていてくださいー」

「ぴゅー!」


 さて、とりあえず待たせてもらおうか――

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